200ページほどの『銀の匙』を教材にし、中学の三年間をかけて生徒と一緒に読んだ先生と言えば、もうお分かりと思うが、旧制灘中学校の国語教師、橋本 武さんである。この授業を受けた生徒たちが灘中・灘高を全国に知らしめることになる。中勘助が書いたこの自伝的物語は、子どもの目で見た子どもの世界が描かれている。例えばある駄菓子の話が出てくると、その授業のために橋本先生は、その駄菓子を探し求め、生徒全員に食べさせたという。橋本先生は、こんなことをおっしゃっている。「教壇に立つようになって、自分自身は中学校で先生から何を得たかと問うと、何も残っていない。授業の様子すら浮かんでこない。がくぜんとしたね。」 これ…