それは決してそよ風ではなかった。高速道路を走るトラックの荷台だった。幌はかかっているが捲れた布から大きな塊が見えた。番号札のついた耳が風に揺れていた。黒い肌の中に埋まったような真っ黒な瞳が少し動いた。高原のそよ風なら気持ちよかろう。しかしそこは幹線の高速道路だった。トラックは力強いトルクで登り坂の自分の車を追い越していった。僕はなぜかクルーズ・コントロールのスイッチを切った。トラックは直ぐに前方に遠ざかって行った。 もう十年も前だろうか、僕は友とともにクロスカントリースキーを履いて山道を登山していた。そこは冬季閉鎖された林道で真冬にスキーを履いて歩く者など皆無だった。仮に居るとしたら酔狂ものだ…