今日は誕生日。 二十代までは、 来るのが待ち遠しくて嬉しかった。 三十を越えると、 いつの間にか来ている。 気づけば、 人生の半分は過ぎてしまった。 時間に追われる日々だった気もする。 それでも、 技術の発展と一緒に生きてきた。 ポケベル。 Windows。 PHS。 携帯(ガラケー)。 スマホ。 YouTube。 Apple。 タブレット。 AI。 振り返ると、 いろいろなものが変わってきた。 よくわからない。 でも、悪くない時代だった気もする。 あなたはどうだろう。
道ばたのたんぽぽが、 白くなっていた。 黄色い花だったはずなのに、 いつの間にか綿毛になっている。 少し前まで春が来たと思っていたのに、 季節はもう次に進んでいる。 気づかないうちに、 季節は少し進んでいた。
ドラッグストアの飲料棚を 見て回る。 飲みたいもの。 まだ飲んだことがなく、 少し興味をそそられるものを探す。 けれど、あまりない。 異常に甘い飲み物が 多い気がする。 安い買い物なのに、 これほど悩むとは思わなかった。
春になると、 風の匂いが少し変わる。 冷たさの中に、 やわらかさが混じっている。 同じ道を歩いていても、 季節が変わったことに気づく。 目に見えるものより、 先に風が教えてくれる。
コンビニのレジに並ぶ。 自分の前に一人。 すぐ終わると思ったら、 支払い方法で少し止まる。 あと少しなのに、 その数十秒が長く感じる。 何でもないことなのに、 妙に記憶に残る時がある。
春になると、 山菜が顔を出し始める。 道路脇に車を止めて、 採っている人を見かけることがある。 季節を感じる光景でもある。 でも、ふと思う。 そこ、私有地じゃないのか。 人が勝手に入ってくると困る場所もある。 草刈りの時に一緒に刈ってしまうこともあるし、 管理している側からすれば気になる。 春らしい風景なのに、 少しだけ複雑な気持ちになる。
快晴の日。 陽射しはずっと刺さり続けている。 外に出た瞬間にわかる。 曇りの日。 刺さってはいるはずなのに、 その時は気づかない。 雨の日。 刺さっていないと思ってしまう。 でも、時間がたてばわかる。 陽射しは、 見えない時でもそこにある。
徒歩30秒のコンビニで珈琲を買う。 近いから、 ほとんど自分の台所みたいなものだ。 飲みたいと思った時に、 すぐ行ける。 店に入って、 いつもの珈琲を選ぶ。 レジを済ませて、 外に出る。 たったそれだけのことなのに、 少し気分が切り替わる。 家で飲む珈琲とも違う。 店で飲む珈琲とも違う。 コンビニの珈琲には、 日常のちょうどいい温度がある。 ただ、少し高い。
昨日、ドラッグストアに行った。 入口までは、まだ少し距離があった。 それなのに、 自動ドアは一度閉まり、また開いた。 誰もいない。 そのまま歩く。 近づくと、 今度は自分を待つように、 また閉まりかける。 これで二回目。 ただのセンサーか、 それとも何かの気まぐれか。 私には見えないものが通ったのか。 少しだけ、 見られているような気がした。
近すぎて、ほぼ冷蔵庫みたいなものだ。 飲み物がない。 何かつまみが欲しい。 そんな時にすぐ行ける。 行きつけだから、店員さんや店長とも顔見知りになる。 たまに小さな出来事が起こる。 印刷機が止まったり、 深夜に虫が入ってきたり。 ただ買い物をするだけの場所なのに、 なぜか少しだけイベントが起きる。 近いから便利。 でも、それだけじゃなくて、 ちょっとした日常の風景になっている。 今日もまた、 何かあるかもしれない。