首都の防衛のため、東京湾口に海上要塞として建設された人工島。面積34,000平方メートル。1892年着工、1921年竣工。15cmカノン砲4門と10cmカノン砲8門を装備した。 1923年の関東大震災により損傷・沈下したため放棄された。以後は波浪による崩壊が進んで暗礁化。浦賀水道での航行の妨げになったため、現在は撤去工事が進められている。