7月17日は、 江戸幕府が始まる3年前の1600年に、 細川ガラシャがなくなった日です。 (細川ガラシャは光秀の娘) 細川ガラシャは、明智光秀の三女・玉子で細川忠興の正室です。 1582年に玉子の父・明智光秀が「本能寺の変」を起こし主君・織田信長を討ちますが、すぐに秀吉に討たれ死亡します。 そして細川忠興の正室であった玉子は、謀反人・明智光秀の娘ということで 丹後半島の奥地にある細川領内に幽閉されてます。 (軟禁の時、キリスト教と出会い洗礼) 天下人となった豊臣秀吉は、1857年に大坂城を築きます。 この時、細川家の屋敷も大坂城の三の丸に作られます。 玉子もそこに住むことを許されますが、外出を…