五世紀のインドの代表的知性のひとりに仏教哲学者 ヴ ァスバンドゥ(Vasubandhu 世親)がいる。彼の初期の大著『阿毘達磨倶舎論』(アビダルマの庫 Abhidharmakśa : abbr.AK)全九章は説一切有(Sarvāstivādin)のなかで も保守的路線 をとるカシミール系ヴィバーシャ学徒(Kaśmirā - Vaibhāṣḥika)の教義を体系化した学説綱要書の決定版として名高い。しかし、それに劣らず際立つのは、そういう有部の保守的学説の根幹部を痛烈に批判してやまない或る急進的な学説が著者自身の賛同つきで同書内に導入され、対置されているという事実である。有部陣営にとって、 …