森 鷗外(1862 - 1922) 森鷗外の戯曲『日蓮聖人辻説法』を読んでみた。困ったことになった。 読売新聞記者として劇評の筆を執っていた正宗白鳥は、おゝかたの芝居を酷評したのだったが、口を極めて褒めちぎった舞台がたったひとつだけあった。鷗外作の『日蓮聖人辻説法』だ。それまでは音曲や舞踊の型を重視した、情緒的かつ耽美的な舞台が主流だった歌舞伎を、主題・台詞を重視したドラマに改良しようと図った鷗外が、力を尽して書きおろした台本だったという。 初演は明治三十七年(1904)四月、劇場は歌舞伎座だった。配役は日蓮を市川八百蔵、日蓮に問い訊ね説法を受けて劇中で新たな帰依者となる進士善春を市村羽左衛門…