灯籠の内側にもう一つ筒型の枠を入れ、そこに切り絵を貼って影絵のように見せる。またその内側の枠には風車が取り付けられていて、灯をともすと熱でくるくる回るようになっている。現物は廃れても、臨死状況でのパノラマ視体験の比喩として21世紀に語り続けられている。
なお、臨死状態での比喩における「走馬燈」は、人は瀕死の状態になると、記憶の中から助かる術を高速で検索し、それが過去の記憶を一気に思い出させることになる。これが「走馬燈」のメカニズムである。
かなり昔、たぶん小学生だった頃、母方の祖母の家に回転灯籠が飾られていました。お盆の時だったと思います。 祖母の家は、すぐ隣で、自宅と区別がつかないくらい毎日行き来をしていました。
毎朝ジョグしてる公園のコースの最後の1㎞地点。ここをランナーや散歩の人がみんなで太陽の方に向かってる時、三途の川を渡って黄泉の国に入るって行ってる感じなんだよな・・・と思ってる場所。ひまわりも花を太陽の方に向けてるし。人々が太陽のほうに吸い寄せられていく感じがね。 ちなみに、黄泉の国の様子はわからないけど、一度ダイビングでエア切れして臨死体験したことがあります。その時、走馬燈を観ました。映画館(もしくは水族館の大型水槽)のようなところにすわってて画面いっぱいに懐かしい映像が流れました。私の場合は小学生時代でした。きっと人生で一番楽しかった映像を観ることになるのでしょう。なので死ぬときはまたあれ…
こんにちは、暖淡堂です。 アリスⅣ以降のアルバムへの思い入れが強すぎて、その直前のアリスⅢに対する評価が微妙だったのですが、この「走馬燈」は好きでした。 アリスの曲としての、一つの完成形のような気がします。 特に堀内さんの声が、細めのファルセットから地声のシャウトに近いものまで、自由自在に散りばめられています。 谷村さんのバックアップも柔軟で、重なると、倍音の多い深みのあるコーラスになっています。 中学生や高校生の頃、この二人の声を聞きながら、憧れていました。 毎日ギターを弾きながら歌っていた頃は、それなりに声も出ていました。 それでも、そもそもの声の違いの差は埋められませんね。 自分の声の限…