放たれた銃弾は大砲方(砲手)の腰に当たります。東町奉行跡部良弼は、味方を鼓舞しまた周囲に奉行方の勝利を知らしめるため、従者に命じ、敵の大砲方の首をとり、槍の穂先に貫いて先に進ませました。(下の写真は赤穂浪士の行列のときのものですが、この時は生首を刺して進んだのでしょう)射殺された大砲方は梅田源左衛門といい、彦根の浪人でした。 大塩方に参加した一団には、大砲が心理的な拠り所だったのしかしが、操作する大砲方が打ち取られたことで、拠り所を失ったのでしょう、この一撃で総崩れとなり、その場に武器を捨てて逃げ出します。 槍の穂先に打ち取った首を・・ 跡部良弼の落馬について調べたところ以下の文章がありました…