騎旅《きりょ》は、はかどった。 丹波を去ったのは、先おととい。 ゆうべは近江《おうみ》愛知川《えちがわ》ノ宿《しゅく》だった。 そして今日も、春の日長にかけて行けば、 美濃との境、磨針峠《すりばりとうげ》の上ぐらいまでは、 脚をのばせぬこともないと、 馬上、舂《うすず》きかける陽に思う。 「おううい、おおいっ」 呼ぶ者があった。たれなのか、まだ遠い声である。 又太郎と右馬介とは、 「はて?」 手綱を休めて、きき耳すます。 たしかに、二度めの声も、 「高氏どの。高氏どの」 そう呼んだように思われる。 ところが、近づいたのを見れば、 まったく見も知らぬ人間だった。 緋総《ひぶさ》かざりの黒鹿毛に乗…