長岡秀星

(アート)
ながおかしゅうせい

宇宙画、未来画を特異とするイラストレーター。米国在住で、カーペンターズやEW&Fらのアルバムジャケットを手がけた。

1936年 11月26日長崎市生まれ。3男、父は長崎港税関勤務。
1945年 原爆爆心地の山里国民学校より、父の出身地長崎県壱岐へ疎開。
1955年 高校3年の時、小学館発行「中学生の友」新年号の巻頭カラー挿絵に送稿し採用される。最初の仕事。
上京、東京武蔵野美術大学に入学。1ヶ月後より雑誌、出版物の仕事を始める。
1958年 コマーシャルアーティストとして独立。
業務多忙のため大学中退。
1967年 大阪万国博覧会準備グループに参加。
1970年 渡米、ハリウッドにアートスタジオ設立。
1972年

1980年 アルバムカバー、映画広告の仕事が増える。
カーペンターズ、ELO、アース・ウインド&ファイヤー、ジェファーソン・スターシップ等のアーティストの作品制作
1981年 NHK出版社より画集「長岡秀星の世界 パート1」を出版。
NHKスペシャルドキュメント(1時間特別番組)を放映。
新宿伊勢丹にて「長岡秀星展」を開催、10万人を集客。
その後15大都市で2年に渡り開催し、大成功をおさめる。
1982年 スペインの2万年前の原始絵画「アルタミラ洞窟」永久封鎖が決定、最初で最後のテレビ撮影がTBS放送により行われ、日本側からの唯一の立会人となる。
「アルタミラ洞窟」イメージポスターと番組制作に参加。
1984年 絵物語「迷宮のアンドローラ」を集英社より出版。神戸そごう、銀座プランタンにおいて展示会、大成功。
1985年 画集「長岡秀星の世界 パート2」を出版。つくば科学博公式ポスターと政府出展館の展示物の制作を行う。
出版記念展示会を新宿伊勢丹はじめ各都市で開催。
1987年 長崎県「旅」博覧会公式ポスターを制作。
1991年 TBS放送による日本人初の宇宙特派員計画のための作品を制作。作品は宇宙飛行士秋山豊寛氏がロシアのミール宇宙ステーションに持参。史上初の宇宙に出た芸術作品となる。無事帰還後「宇宙讃歌展」が銀座三越を皮切りに全国各地で開催。絶賛を浴びる。
F1日本グランプリの公式ポスター制作。作品テーマのアイルトン・セナはドライバー、チーム、エンジンメーカー3部門完全優勝を果たす。セナ氏と長岡氏のサイン入りリトグラフがフジテレビより発売され、即完売する。
1993年 アメリカの出版、広告での制作が増え、ほとんど在米。
1998年 制作10年におよぶ念願の大作、絵物語「アナバシス」の完成へ向け、最終段階の制作に入る。
1999年 3月25日、日本の大手CD-ROM制作会社シンフォレスト社より、「長岡秀星作品集」を発売。
壮大な宇宙をテーマに制作した、絵物語「アナバシス」の完成にむけ、今年からその発表と出版、展示会の開催などの活動に大きな意欲を燃やしている。

2015年6月23日、死去。

このタグの解説についてこの解説文は、すでに終了したサービス「はてなキーワード」内で有志のユーザーが作成・編集した内容に基づいています。その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。問題のある記述を発見した場合には、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

関連ブログ