1913年(大2)樋口隆文館刊。上下2巻。作者の須藤南翠は幸田露伴や森鷗外に少し先んじた屈指の文筆家だったのだが、文学史上ではかすかな痕跡しか残っていないのが不思議だ。物語は明治後期の日露戦争直前の東京で、旧士族の家に後妻の連れ子として入ったヒロイン操の結婚話をめぐる恋愛模様が描かれている。純文学作品か中間小説かに仕分けるのは無意味な気がする。文体は漢文調ではあるが、丁寧でしっかりしている。特に情景描写は第一級で、その筆力には唸らされる。ちょっとした仕草から見える思わせぶりや感情の機微を巧みに描いているが、煮え切らない感情が堂々巡りをしているのは実にじれったい。日露戦争での提灯行列や戦傷者の帰…