野球選手・指導者。登録名「好応」「道旺」。
右投右打、ポジションは投手。背番号は17番。
鹿児島県日置市出身。
伊集院高、鹿児島市電を経て、1955年、西鉄ライオンズに入団。3年間で1勝もできなかった。
1958年、広島カープに移籍、6勝を挙げる。
同年9月19日、長嶋茂雄に幻の本塁打*1を打たれる。
1959年には11勝し、投手陣の柱の一角を担った。
速球とカーブを基調としたオーソドックスな右の本格派で、10完封のほか、25完投も記録。1960年代のカープを支えた。
1967年5月10日、ウエスタンリーグで完全試合達成。同年、現役引退。
実働12年間の通算成績は401試合に登板、55勝72敗、防御率3.71。
現在は郷里の鹿児島県伊集院町で、スポーツ店を経営。
2005年より、鹿児島ホワイトウェーブのコーチを務める。
2006年、初代監督定岡正二の離脱により監督に昇格。
*1:一塁ベースを踏み忘れた本塁打。