(本書の犯人、トリック等のほか、モーリス・ルブランの短編、横溝正史の『夜歩く』、「悪魔の降誕祭」のトリックに触れています。) 『囁く影』(1946年)[i]は、ジョン・ディクスン・カーの戦後第一作ということになる。冒頭には、第二次大戦直後のロンドンの様子を垣間見せる描写があり、そぼ降る雨のなかを、主人公の青年が街並みの変わりように感慨を覚えながら、クラブへ急ぐ様が描かれている。もっとも、彼は、伯父の遺産を受け継いで、何不自由ない生活を手に入れた幸運児で、なにをぜいたく言ってんだ、という気もする。 主人公が急いでいるのは、ディテクション・クラブをモデルにしたかのような「殺人クラブ」で、著名な学者…