(トリックや犯人は明かしていませんが、ちょくちょく暗示的なことは書いています。) 9年ぶりのフェル博士シリーズで、博士はアメリカで探偵の腕を振るう。『墓場貸します』(1949年)のヘンリ・メリヴェル卿に続くアメリカ上陸だが、H・Mのようなおちゃらけたところは微塵もない。それどころか、終始真面目な表情を崩すことなく、冗談ひとつ言わない深刻さである。 『死者のノック』(1958年)[i]は、ディクスン・カーの小説の変化を如実に表わしている。戦後のミステリの動向として、ゲーム性が薄れ、シリアスな人間ドラマの傾向が強まるが、カーの作品も紆余曲折を経つつも、その方向に向かっていった。本書はそうした変化の…