
大和型戦艦は1番艦の大和と2番艦の武蔵はその名が良く知られている。だが大和型にはもう一つあり、それが第110号艦、のちの信濃であった。日本海軍は艦隊決戦思想を持っていたが、航空母艦による航空機が威力を発揮していた。太平洋戦争開始となる真珠湾攻撃ではそれが証明された。太平洋戦争開始後、大和および武蔵が就航したが、当初の日本は東南アジアから太平洋まで広く進出する。だがミッドウェー海戦で敗北し空母4隻を失うこととなった。そのため、大和型戦艦として建造されていた第110号艦(信濃)は空母へ転換されることとなったのである。信濃の開発は急がれたが、戦時動員による人手不足で熟練工も足りず不具合も多い。そんな…