感情はココロの穴に少しずつ湧いてきた水だった。その水のたまった穴に、何かを放り込んだら、その水の動きで感情が揺れる。試しに石でも投げこんで見たら、感情はちょっとゆれた。また試しに釣りでもしてみたら、感情は生き物を作って、釣り竿をゆらした。今度は裸で飛び込んでみたら意外と温かかった
命を持てあましているから、先が見えない段ボール迷路を作って、巨大化した迷路を見せて自己満足する。持てあましている命は、私利私欲で時間を費やし、必要のない生産物を手に持って、ココロのスキマを埋めようと、落ち着きを無くす。ああ、時間は過ぎれば過ぎる程に、秒針の音を忘れて、腹だけがへる
ごみは、ごみじゃ無かった時間を振り返らない、ごみ箱の中は楽しそうじゃないか。ごみじゃ無かった頃は、窮屈な時間だったけど、誰かに使用されて捨てられた瞬間から、ごみ箱の中の天国へたどり着く。たまに、ごみ箱に行けなかったモノ達が、街をさまよっては、見向きもされないでいるごみ、いい世界だ
不機嫌はどこから来て、どこで消えるのか。誰かの不機嫌を預かったら、返す時期を考えなくてはならない。急に出てきた不機嫌は、急に誰かに渡してしまう事になる。不機嫌には期限があって、どこかで消える。それは単純にいい事が起これば不は消える。消えた不は誰かの機嫌を探しては、うかがい見ている
猫でありたい。猫は自身が猫だとは思っていないだろう。こちらが音を立てて、猫を振り向かせ、じっと見つめ合った時に、猫は猫だと思っていない目で、こちらを、まばたきもせずに見ている。その目に負けたくない人間は、目をそらさずに、じっと見て動きまでつけだすが、猫はピクリとも動かず、見ている
ばくちを打つ場所は、心のどこかに隠れている。その場所は、自分でもよくわからない気持ちのどこかで、隠し扉があるはずだ。何かを始める前に、まずその隠し扉を探すのが先決だ。その隠し扉が見つからない以上は、ばくちを打つ事ができない。ばくちが打てなければ、その夢や野望、願望はすくわれない。
アタマがかゆい。かゆい所に手が届いているのに、かゆいという事は、何も解決する訳では、なさそうだ。なぜ手が届くのに、何もかわらないのかは、手が届くモノが多くなったからだと、そのかゆみは答えた。かゆみはよく知っている、モノに手が簡単に届くと、その欲望は増え、そしてゴミとなりフケが出る
早起きして自分を起こすには、理由が必要なのか。早起きして何かをする理由があると、カラダは、おっくうな動きになって、あやつり人形のように糸で腕や足を、ひっぱる。それを何度か繰り返して、やっと本気で頭を上げる。ところで早起きまでする理由とは、早起きに関係の無い事が多い事に、ふと固まる
肌寒い感覚は心から来るわけではないだろうが、心も寒くなる気がする。まだ体が暑いのか寒いのかの砂時計をひっくり返しながら、慣れた頃に、砂時計を暑いにする。ひっくり返すのが面倒になった時に砂時計は、寒いのまま厚着をして、部屋の窓を全開に、少々怒りながら、太陽に向かってにらみ、無視する
メモ紙は、減っていく。これまでのメモは、完了すれば捨てられる。メモゴミの回収をしている脳は、こんな事まで、メモするのかと笑うが、メモゴミ回収が追いつかない脳が、メモが増える理由だとは気づいていない。メモ紙が無くなれば、脳のメモゴミ回収の仕事は終わる。脳は、仕事が減り、ぼんやりする