いったい幾つの山の夜をこいつとともに過ごしたのだろう。 彼は少し気難しい。火をつけるのはコツが必要だ。チューブに入ったメタか、固形のエスビットか。はたまたティッシュをこより状にまいて、そこにスポイトで少しガソリンを垂らすか。このプレヒートさえうまくいってくれれば、少し開いたノズルの先端から「シューッ」という気化したガソリンの音が聞こえてくるのだ。ほどなくプレヒートの火が引火する。ここからは、さあ、大変だ。彼の一人舞台。独壇場。 孤独の山の夜は彼が作る猛烈な燃焼音と、すぐに怒り狂ったように真っ赤に燃えるノズル蓋のお陰で、たちどころに小さなテントを前にした「君と僕」だけの世界になる。頼もしい燃焼音…