『ハメット』

ずっと探していた音楽を、ユーチューブで見つけた。
それは、ヴェンダース監督の82年の映画、『ハメット』の主題曲で、ジョン・バリーが作曲したものだ。



この映画は、テレビかビデオで、一度見たことがあるだけで、実は内容もよく覚えていない。
ただ、とても印象に残っている台詞があるのと、この音楽もずっと心に残っている。
監督のヴェンダースは、あまり名を知られていない頃、西ドイツからハリウッドに渡ってこれを作ったが、制作のF・F・コッポラとどうしても意見が合わず、散々なトラブルになったという裏話ばかりが有名になった「迷作」である。

題名のとおり、作家のダシール・ハメットを主人公に、彼がまだデビューする前、探偵社で働いてた頃の物語(架空)である。
あらすじは、ここに書いてあるようなことである。
http://movie.goo.ne.jp/movies/p7123/comment.html

ぼくが印象に残っている台詞というのは、ここには出てこないが、冒頭で旧友(かつての先輩探偵)が、ハメットのもとを突然訪ねてきて、協力を頼むくだりに出てくる。
そこで、この旧友は、かつて彼が、まだ駆け出しの探偵だったハメットの危地を救ったことを持ち出して、強引に協力を求める。
その台詞は、おおむねこういう風だったと思う。


『あのとき、お前は、もしいつか助けが必要なことがあったら、何でも言ってくれと、俺に言った。
 今がその時だ。俺を助けろ。』


映画では、その昔の場面の回想と、回想するハメットの表情が映し出される。
そして、このへんがぼくの記憶が曖昧なのだが、結果的に、ハメットはこの申し出を(意識はせずに)引き受けるような形になって、話が展開していったと思う。
ともかく、上の台詞は、非常に印象深く語られる。
それは、「恩着せがましい」要請ではあるのだが、ハメットにとっては、「恩を返す」という行為ではなく、まるで神の声のように、無根拠に到来した命令のようなものだったとも考えられる。
ハメットは、その強引な要請に応じる義務はないと考えつつも、結果として、その声に引き寄せられるようにして、厄介事の渦の中に入っていくのだ。


さて、映画で描かれたハメットというと、最近も彼を主人公にした作品があったと思うが、どうしても思い出されるのは、実際の伴侶であったリリアン・ヘルマンの自伝を映画化した『ジュリア』(77)のなかで、ジェイソン・ロバーツが演じたハメット(をモデルにした人物)である。
そこでは、ジェーン・フォンダ演じるヒロインが、バネッサ・レッドグレーブの演じる親友で反ナチの闘士の女性ジュリア(これ以上の適役もないだろう)を救うために、ヨーロッパに向おうとするのを、伴侶のハメットが見守る姿が、やはり印象深く描かれていた。
言うまでもないが、この時期、ハメットもヘルマンも、非合法のアメリ共産党員であったことは、今では大変よく知られている。


それで思うことは、上に書いた『ハメット』における、旧友(神?)からの要請にさらされるハメットの姿というのは、ヴェンダースにとって、『ジュリア』に描かれたヘルマンの姿へのオマージュのようになっているのではないか、ということである。
もちろん、二つの映画に描かれた状況には、政治的であるものと、まったく私的であるものという違いがある。
だが、その二つのことを区別しないということが、ヴェンダース(またドゥルーズ)に代表される、80年代のヨーロッパの表現や思想の大きな特徴だったのではないか。
そこで、『ジュリア』以上に、『ハメット』では、旧友からの要請(声)は、倫理的な色彩を帯びるのである。
そういう意味の「脱政治性」(またある種の倫理性・宗教性)という点で、『ハメット』は、時代を象徴するような映画になってたと思う。