人生は解析接続.

大栗さんに呼んでいただいて、Caltechに一週間滞在している.毎日楽しく議論させてもらって、とても嬉しい.思えば、初めてCaltechに呼んでいただいたのは、ここから車で2時間ほどの場所にある、カリフォルニア大学サンタバーバラ校でポスドクを始めた時だった.大栗さんに呼んでいただいて、むちゃくちゃ緊張しながらセミナーしたことを覚えている.目の前にはWittenが座っていて、これ以上の幸福は無いのではと思ったものだった.今、Caltechの理論部は大変美しく改装され、巨大な黒板が鎮座している様子は理想郷のようだ.

議論と一言で言ってもいろんなものがあるしいろんなやり方があるが、大栗さんのコメントはいつもcriticalだ.つまり、自分が見て見ぬ振りをして来たところをズバリと突く速球である.一瞬で自分の研究が死ぬこともある.今回も死ぬかと思った.セミナーの前日に非常に良い一撃をもらい、必死に計算したおかげでその一撃を有意義に活かすことが出来て、セミナーの内容が物理的に成立した.こんな風に死活問題の議論というのは非常にスリリングで、自分の科学が研ぎすまされて行くのを肌で感じることが出来る.僕の考えて来たことに真摯に向き合って下さった大栗さんに感謝したい.

ゆったりしたCaltechの議論スペースに身を委ねて、コーヒー片手に細いチョークを握ってすらすらと黒板に式を書いていると、流れている時間が違うことに気付いた.なんでだろう、とよく考えてみた.気付いた一つの理由は、日本と時差があるのでメールが日中に全然来ず、思考が途切れないということだった.当たり前のことだが、日本ではひっきりなしにやってくるメールをやっつけるため、思考がとぎれとぎれになっていたのだ.そんな当たり前のことを、しかもいろんな人に言われて頭では知っていたのに、実感できていなかったということは、残念だ.

ぼんやりと、まばゆいCaltechのキャンパスを考え事をしながら歩いていたら、途切れ途切れになっているのは物理の思考だけではなく自分の人生そのものだということに気付いた.

かねてから、人生は解析接続だと思っている.人生は複素平面のように実二次元では無いが、進んで行くと時々特異点にぶつかる.そこで解析接続をして、特異点を迂回し、更に先に進んで行く.見通しが良ければ非常に広いパッチを当てることが出来る.しかし見通しが悪ければ、パッチは小さい.最近、パッチが非常に小さくなっている気がする.そして、人生が細切れになっている.これは、大変まずい.パッチを大きく、そして大きな特異点も迂回できるように見通しを立てたい.それが、楽しい人生と言うものだろう.

複素解析は奥が深い.