著作権法改正の歴史を振り返りながら読みたい一冊

先日の著作権法学会の発表があまりに刺激的だったゆえに、思わずその場でAmazonに飛び、買ってしまった一冊がある。

残念ながら今サイトに飛んでいっても、新品は品切れになっているようだが、中古は出品されているようだし、図書館等で入手できる機会もあると思うので、ここでご紹介しておくことにしたい。

著作権法改正の政治学―戦略的相互作用と政策帰結

著作権法改正の政治学―戦略的相互作用と政策帰結

著者の京俊介氏は、現在中京大学で専任講師を務める新進気鋭の政治学者。

専門は政治過程論だが、研究のターゲットにしているのは、古典的な「政治過程論」のテキストでは正面から取り上げられることが少ない「ロー・セイリアンス(low-salience)」の政策分野*1で、さらにその中でも「著作権法改正」の政策形成過程に注目して研究を続けてきた、という、我が国では稀少価値の高い研究者だ。

そして、京氏が「著作権法」をターゲットとして行ってきたこれまでの研究の一つの集大成としてまとめられたのがこの本、ということになる。

博士論文等がベースになっているゆえ、なのだろう。冒頭から、既存の政治学行政学と比較しての研究の位置付けや著者の立ち位置が非常に丁寧に説明されており、一応は政治過程論をかじったことのある自分のような人間であればもちろんのこと、政治学には全く触れたことがない読者にも、著者の問題意識や研究の目指す方向がきちんと伝わるようになっている。

また、日頃、法学系のややこしい文章*2に頭を痛めている人々にとっては、本書のすっきりとした筆致は、実に爽快に感じられるに違いない。

初の著書、ということで、初々しさが随所に感じられる本ではあるのだが、特殊な政策形成過程、という観点からも、政治学と法学の架橋、という観点からも、極めて野心的なテーマに取り組んでいるのだなぁ・・・という雰囲気も同時に伝わってきて、個人的には好感が持てる。


・・・で、自分がこの本を購入するにあたって、一番関心があったのが、学会発表の際には端折られていた、「著作権法改正」の個々のトピックに関する分析のくだりである。

京氏の政策形成過程分析のアプローチは、ゲーム理論に基づいて分析モデルを構築し、その均衡点から「利益集団」、「政権党」、「官庁」という三種のアクターの行動と政策帰結について、

◆「誘因なし仮説」
利益集団の要求に応えたときに政権党が得られる利益が政策案修正コストより小さい場合には、政策帰結は官庁の理想点および政策案と一致する。
◆「情報十分仮説」
利益集団の要求に応えたときに政権党が得られる利益が政策案修正コストより大きく、かつ、官庁が利益集団のロビイングコストに関して適切な判断を行うために十分な情報をもっている場合には、政権党による政策案の修正は行われず、政策帰結は官庁の政策案と一致する。
◆「情報不十分仮説」
利益集団の要求に応えたときに政権党が得られる利益が政策案修正コストより大きく、かつ、官庁が利益集団のロビイングコストに関して適切な判断を行うために十分な情報をもっていない場合には、政権党による政策案の修正が行われ、政策帰結は官庁の理想点および政策案と一致しない。
(以上、本書79頁より。)

といった仮説を立てる、というもので、京氏は、本書の中で取り上げた「写真の保護期間」、「レコード製作者の保護水準」、「応用美術の保護」、「レコード二次使用の範囲」、「映画の著作者・著作権者」、「レコード貸与権の創設」、「私的録音録画補償金制度の導入」、「音楽CD還流防止措置の導入」、「私的録音録画補償金制度の見直し」といった具体的なトピック*3のそれぞれについて、「利益集団の要求」、「政権党の利益」、「ロビイングコスト」、「政策案修正コスト」、そして「官庁の持っていた情報」といった要素を考慮しながら、いずれかの仮説に当てはまる、ということを次々と論証していくのだが、ここでは、自分が想像していた以上に、当時の報道や審議動向等が丁寧にフォローされており、一つひとつがとても興味深い分析になっていた。

もちろん、一つひとつの分析が全て正しいのか?(仮説にあてはめるために、少々無理のある理屈を立てているのではないか?)という視点で眺めれば、いろいろと突っ込めるところはあるように思う。

特に、「官庁(文化庁)の政策的な理想点」がどこにあったか、という、仮説を検証する上でのキモになる部分が(政府提出法案が露骨に修正されたような場合を除き)元々見えにくいものであること、さらに、それを推測するにあたって「組織存続のために法律の整合性を追求するという目標をもつ」という、「常にあてはまるものではないのでは?」という突っ込みを受けそうな仮定が用いられていること*4、が、読者を若干モヤモヤさせる面があることは否めない。

また、著者自身も今後の課題、としているように、本来、この種の法律の政策形成過程に大きな影響を与えている「司法」機関の影響力についても分析の対象とした方が、分析により深みが出るのは間違いないところだろう*5

だが、そういったところを考慮してもなお、これまでの著作権政策が形成されてきた過程について、充実した背景資料をもとに新しい視点から俯瞰することのできる本書の意義は、決して失われるものではないと自分は思う。

そして、平成21年改正から今年予定されている改正に至るまで、ここ数年激しく議論されてきた“権利制限の一般規定”導入に向けての法改正の複雑な動きが、本書のアプローチによってどのように解析されるのか、興味は尽きない。

なお、本書の終わりの方では、「ロー・セイリアンスの政策形成過程において民主的コントロールを実現させるためには」ということで*6

「官庁の政策選好を一般の有権者のそれとできるだけ近付ける仕組み作りが必要となる。つまり、政治家を動かせるほどに組織された、官庁のもつ政策選好とは異なる利益を政策に反映させるだけでなく、一般の有権者の利益を政策に反映させることが官庁の究極的な目標である組織存続につながるようなインセンティブ構造を作ればよい。」(240頁)

という提案もなされているところ。

挙げられている具体例が「パブリック・コメント手続き」というあたりに、どうしても、まだまだ・・・感を抱かざるを得ないし、今の時代であれば、上記のような「インセンティブ構造」に期待するよりも、「政治家に対する働きかけが有効でない」という前提を覆すことに期待を賭ける方が前向き、という見方もありうるだろうが、いずれにせよ、著作権法改正に強い利害関係を有する「利益集団」に対抗するためには、「有権者の利益を集約した」という体裁を整えないことにはスタートラインにすら立つことができないわけで、「新しい著作権法」に思いを馳せるのであれば、常にその辺を意識していかねばならない、ということになりそうだ*7


ちなみに、京氏がご関心を示されるかどうかは分からないが、同じ「ロー・セイリアンス」の政策分野でも、論点があまりに拡散され過ぎていて、「利益集団」ですら働き掛けの方向を見いだせない(その結果、官庁、というか、それとタッグを組んだ一部の“立法政策集団”の選好に従ってことが進みつつあるように見える(苦笑))「債権法改正」のような分野もあるので、一応ご紹介するだけして、今回の書評の締めくくりとさせていただくことにしたい。

*1:京氏は本書の中で、「一般の有権者にとって他のイシューよりも重要性が低いために、そのイシューに対する関心がほとんど集まらず、それゆえ選挙の争点にならない政策分野」と定義している(京俊介『著作権法改正の政治学:戦略的相互作用と政策帰結』5頁(木鐸社、2011年)。

*2:当ブログも人のことは言えない。反省・・・。

*3:さらに「補論」として「コンピュータ・プログラム著作権の創設」における通産省と文部省の激しい綱引きの様子も紹介されている。

*4:京氏は、「コンピュータ・プログラム」をめぐる法改正の例を挙げ、「予算や規制権限を獲得できない」にもかかわらず文化庁がプログラムの法的保護を著作権法で行うことに固執したこと等から、文化庁の行動規範について上記のような仮定を立てているのだが(90頁参照)、仮に予算や許認可権限がなくても“自分の縄張り”と認識するトピックについてはなかなか手放そうとしない、というのが官公庁(に限らずあらゆる保守的な組織の)“本能”ではないかと思われ、「法律の整合性の追求」という建前は、そういった野性的な組織の本能を包み隠すための単なるオブラートに過ぎないのではないか、と個人的には思うところである。また、文化庁の持ち込んだ原案を内閣法制局が修正する“原理”としては、この説明が一番しっくりきそうだが、本書の中では、この内閣法制局の行動が政策形成に与える影響(ここ数回の改正が不完全なものに終わった“戦犯”として、著作権業界での注目度は俄然高まっている)にまで突っ込んだ分析はなされていない。

*5:もっとも、「コンピューター・プログラム」に関する分析(107〜108頁)や、貸しレコードをめぐる問題(153頁)の中で、司法に関する動きが政策形成に与えた影響、についても若干言及されてはいる。

*6:おそらく、著者の究極的な問題意識は、「ロー・セイリアンスの政策分野においてもできるだけ民主的な政策決定を行うために、どのような制度改革を行えばよいか」というところにあるのだろう、と思われる(27頁参照)。

*7:学会では、比較的威勢の良い“リフォーム”論も飛び交っていたが、問題は「学会の外」にまでどれだけその問題意識を浸透させられるか、なのではないかと思う。

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