『害虫の誕生』


 ガイチュウのタンジョウ??害虫が卵から孵化することではない。そもそも「害虫」というコトバは19世紀までは日本語の辞書にはなかったという。それじゃぁ害虫が日本にいなかったのかというと、そんな事はない。ノミやシラミ、作物に害を与える虫は昔のほうが多かったのだろうが、人と虫との関係は今とは少し違ったようだ。この本では日本人の中に「害虫」というコトバと概念がつくりあげられ、「害虫」は駆除すべき、という常識がすりこまれる過程を追う。そして、今ではありふれている殺虫剤や農薬がつくられるようになるまでにはどんな紆余曲折があったかについて、実に丹念な調査の結果を紹介してくれる。

 ちなみに江戸時代の日本人は農作物へ被害を与える虫を退治できるとは思っていなかった。虫はとても困るのだけれど、天気を変えられないのと同様、人間のコントロール外ととらえていた。そして、さらに虫の害を「神罰」とさえとらえており、神様に「罰」を与えないで下さい!とお願いするしかなかったのだ。これに対して西洋人は自然の秩序を乱す「害虫」の方こそ「神罰」を受けるべきと考えたらしい。正反対なのだ。

 そういえば、夏のキャンプでよくブヨに刺された。人にもよるのだが、ブヨに刺されると足がパンパンに腫れる。自分はいつも足首周りをさされたのだけれど、それこそ靴を履けないほど足首が腫れる。そしてモーレツに痒い。そんな時に考えたことは、自分達は人より虫の方が多い所へわざわざ来ているのだ。ここでは人間が部外者なのだから、刺されても仕方が無い・・・。モーレツな痒さと戦いながらも納得していたように思う。あれあれ、江戸時代の日本人の発想と同じではないか。さしずめ西洋人的考えならば、「キャンプ場はお金をとって営業するレジャー施設なのだから、危険な虫は管理者の責任において駆除すべきだ!」などと論じることになるのだろうか。思わぬところで自分の中の日本人を再認識してしまった。

 害虫を駆除する方法を研究する学問は応用昆虫学と呼ばれる分野らしい。本書では学問の一分野が誕生し、発展していくには、いかに世間のニーズの影響をうけざるを得ないかということを語っている。学問は浮世離れした象牙の塔の中で完結させてもらえないのだ。

害虫の誕生―虫からみた日本史 (ちくま新書)
作者: 瀬戸口 明久
メーカー/出版社: 筑摩書房
ジャンル: 和書