『交渉力』


 『交渉人』という映画があった。サミュエル・L・ジャクソン 主演、1998年公開のアメリカ映画だ。日本でもフジテレビの『踊る大捜査線』シリーズで交渉人、ネゴシエーター役をユースケ・サンタマリアが熱演した。米倉涼子主演のドラマ『交渉人〜THE NEGOTIATOR〜』も映画化され、交渉を専門とする職業のあることが広く知れ渡った。
 「交渉負けするな」上司から部下へ、ビジネスの現場では普通に出される指示だ。妥協したら負け…部下は悲壮な覚悟で交渉に臨む。しかし本書によると交渉とは勝つか負けるかの勝負ではない。利害が異なる者同士が議論によって何らかの合意を導き出すのが交渉。従って交渉には納得できる範囲の譲歩は当然ついてまわる。その譲歩を最小限にするため、交渉力が問われるのだ。
 アメリカには交渉を研究する機関があり、交渉理論が研究されているという。交渉が学問対象になるのだ。一方日本人は交渉を勝ち負けととらえ、強硬な対決姿勢で臨むかと思えば、勝つ見込みがないと知ると、淡泊に諦めて卑屈になってしまう。交渉を駆け引きや謀略と同じと考え、卑怯なもの、潔くないものとする文化があるかららしい。よく言われる日本人の交渉下手はこういったことに起因しているという。分かる分かる。本書では交渉を法則性やメカニズムをもつ、学習可能な社会行動としてとらえる。つまり、口八丁手八丁、海千山千の老練な手練手管ではない、頑張れば誰でも身につけられる技術だというのだ。交渉とは何かを明らかにし、そのプロセスとメカニズムを丁寧に解説している。そして交渉は人間同士のやりとり、感情を無視できない。非理性的な部分をコントロールすること、交渉相手との交流が交渉に与える影響などにも言及していて、幅広い内容となっている。
 商社の営業である自分にとって交渉は身近なものだ。会議室のテーブルを挟んで向かい合い、いざ交渉!というのもあるが、そんなのばかりではない。工場の前で立ったまま「社長、例の値段もうチョットなんとかなんないー?」といった軽い調子のものもあるが、これも「今の価格では購入できません。安い価格を再提示してください」という意思を伝えていて、商品購入を巡る交渉の一部なわけだ。そうすると相手はフォークリフトのハンドルを回しながら「納期3ヶ月後でOKなら10円負けるョ」うーん、3ヶ月後じゃぁ話にならない。「数量20万個に増やすからさー」「20万個なら納期5ヶ月!!」おーっと、相手が一枚上手だ。交渉力が足らないぞ!

交渉力 (講談社現代新書)
作者: 中嶋洋介
メーカー/出版社: 講談社
発売日: 2000/06
ジャンル: 和書