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FULL MOON PRAYER このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

16/06/19

砕け散るところを見せてあげる / 竹宮ゆゆこ

救いの手すら拒絶する、虐めても良い変わり者だとクラス空気の中でなっていた少女を、受験を控えた残り少ない学校生活の中でも、どうしても放っておけなかった少年彼女ヒーローになろうとした少年と、彼との出会いで諦めることをやめた少女が虐めに立ち向かう物語は、いつしか彼女を虐げていたもっと大きな事実に行き当たって。

アップテンポキャラクターの掛け合いと動き出したら止まらない物語はこれまでの作品でもあった竹宮ゆゆこらしさで、理屈を超えたその先のドライブ感が圧倒的。ですが、今回はそれが向かう方向がとにかく辛い向きになることが序盤から見えてしまうので、読み進めるのに苦しいものがありました。ああこれはダメだと思っても、振り落とされないようについていくのがやっとのような。

二人はまだ子供で、手の届かない敵がいて、それをUFOだと呼びます。それを撃ち落とそうと奮闘して、これ以上はというボーダーを分かっていても踏み越えて、それでもまたUFOはついてまわる。どうしようもないと分かっていても、計算妥協もなく立ち向かうのはなぜか。

まあ理由なんて、救いたいと彼が思ったからで、彼女笑顔を彼が見たかたからで、彼女がそれを信じて行き詰まっていたところから足を踏み出す勇気を出したから。だからやっぱりこれは、愛の話でしかない訳で。

帯でも少し匂わされているのですが、この作品には構造上に大きな仕掛けがあります。それは物語のものをひっくり返すようなものではなく、撃ち落とせたかどうかで終わらせないためのものだったのだと思います。どうしようもないはどうしようもなくても、それは単に失敗で終わるものではない。愚かであってもそれが愛であるならば、それは誰かの心に残ってずっと繋がって、その人が走りだすための力になるのだと、そういう物語だったのだと思いました。

16/06/14

一家に一人千尋くんの時代が望まれます

少年メイド1〜9 / 乙橘

少年メイド 1 (B's-LOG COMICS)

少年メイド 1 (B's-LOG COMICS)

かわいい、みんな良い子、やさしい世界。つまり尊い。

アニメを毎週尊い尊いと言いながら見ていたので、これは原作も読まねばとまとめ買いをしました。いやしかし原作も尊い。

本家から勘当されたシングルマザーの母と二人暮らし少年小宮千尋。貧乏ながらに幸せ生活を送っていたものの、無理な生活が祟ったのか母が急に倒れて、そのまま亡くなって……という重たい導入から始まる物語。幼くして天涯孤独の身となった千尋ですが、叔父である衣装デザイナー鷹取円に引き取られることになり、始めは嫌がっていたものの、脳天気な母の働かざるもの食うべからずの遺言に従って、家事一切を引き受けることで家に住まうことに。ということで少年メイド爆誕(メイド衣装は円作)。

設定が設定だけに千尋が立ち直るまでに暗くなったり、本家との確執で重くなったりしそうなのですが、そこは匂わせつつも持ち前の前向きさで明るく描いていくのが良いのです。偏執的に掃除大好き家事万能な千尋の周りの人々も個性的で、人見知りで家事ダメダメだけどデザイナーとしては天才な円に、しっかり者で円の秘書である桂一郎。元円許嫁で桂一郎のことが好きな美耶子、クラスメイト日野めっちゃ良い奴)とその家族たち。円が衣装を作っているアイドル有頂天ボーイズ。それぞれにアクが強い面々でありながら、とにかく徹底して悪人がいない。大人子供も老若男女問わずかわいいですし、特に政宗くんや花ちゃんと言った子どもたちの邪気の無さったらこれが天使か。

世間からちょっと外れていながらも、人の縁に恵まれて前を向いて何気ない日々を生きていく、この優しさ、温かさが、本当にこういうのに弱くてちょいちょい涙腺にくるものがありました。何でも自分でやろう、人に迷惑をかけてはいけないと思っていた千尋が少しずつ周りの人たちに頼っていく様子、排他的に生きてきた円が千尋を通じていろいろな人と関わりを持つ様子。そういう、家族ではなかった人たちに擬似家族的な絆が生まれて彼らが変わっていくという話にも本当に弱くて……。

祖母ちゃんと円の関係だったり、まだまだ火種もあるお話ではありますが、ただこの子であればきっと良い未来が待っているんじゃないかと、そんなふうに思える作品です。

16/06/06

大橋彩香ワンマンライブ2016 「Start Up!」@Zepp DiverCiy

1stアルバムを引っさげての待望の1stライブ、やっぱり歌はすごく安定していて、のびのびと楽しそうに歌う姿がとにかく印象的で、とてもシンプルに元気になれる良いものを見たなあと思いました。可愛い! 元気! 笑顔最後ちょっとだけ涙! みたいな、これぞ大橋彩香というイメージ通りな陽性の感じ。へごっているとまでは行きませんが、ぐにゃぐにゃするMCもなんというか普段通りで、最後最後にはけるときに「下げてくださーい」とスタッフに主張する決まらなさまでとてもらしいライブだったと思います。

そしてそれ以上に感じたのは、大橋彩香という人がやりたいこと、表現したいものがよく見えた1stだったということ。いつもにこにこしていて仕事は真面目にそつなくこなすというイメージに、ここ最近発言アルバムの中身、そしてこのライブに至って、奥行きができたというか立体的になった、そんなふうに見えたライブだったと思います。


それで、ちょっと長くなりますが、なんでそんなことを思ったか、という話を。

私は声優で誰のファンなのと聞かれるとへごのファンですと答えるのですが、最初島村卯月役の声優に決まって存在を知って初期のデレラジを聞いてた頃は特段好きな訳でもありませんでした。シンデレラで見ても常に崩れない肝の座った子だとは思っていましたが、それ以上には。

面白いなと思ったのは、てさぐれ!部活もので周りの影響で割と何でも喋って良いと思ったのか、イケメン好きの二次元オタクだのどんちきだののキャラが立ってきて、小学生レベルの下ネタ荻野可鈴ときゃーきゃー騒いでいた辺りから。その流れでラジオのあどりぶが始まってからもずっと聞いているのですが、そうしているとだんだん分かってくることがあって。

アイマス仕事の時とかソロデビュー決まっての活動とかを見ていると、いつも笑顔でポンコツで孫っぽいなんて言われる愛嬌全振りで濁点多めの喋りが特徴的なのですが、なんだかそれだけじゃない感じがあるのです。裏表がある訳ではなさそうですが、正体がつかめない感じというか。

で、ラジオを聞いてると闇エピソードがぽろぽろ出てくるし、興味がある話題イケメン、ペペロン、猫)以外の時は基本ダウナーだし、まず他人に興味が無いし冷めてるし私基本真顔です、みたいな感じが漏れ出るし本人もそんなこと言うし。相方巽悠衣子がそんなもの気にせずに距離を詰めてくるタイプなので最近姉妹のように仲良さそうなのですが、最初の頃は割と露骨にその辺が出ていたように思います。深入りしないさせないの空気が、あまり何かを信じてない感じというか、若干の諦念が滲むような印象すらあって、演者としてアーティストとして笑顔で前面に立つ活動とのギャップが凄く不思議に思えていました。正直に言えば、こういうタイプの人がなんでそんな活動を? という疑問すらあって。

私自身が、自分自身表現者とする人たちには、技術はもちろんですがその生き様というか、その人自身物語を見せて欲しいと思ってしまう質なので、それが何だかピースが欠けたような印象としてずっと残っていました。


それで、その辺りが少しずつ自分表現として開かれて、見ているこちらからすると像を結んでいったのがここ最近活動なのかなと。「笑顔なんて誰でもできる」と泣くデレアニでの演技を自分に重なると言ったり、ラジオで「最近人間性を取り戻してきた」と言っていたりと。

そしてその流れで、本人も制作にかなり関わったという1stアルバム

このアルバムについてのインタビューで歌うことは苦手で人前で歌うのも嫌だったという話をしているのですが、それも踏まえて『RED SEED』という曲を聞くとかなり踏み込んでいるというか、攻めてきている印象があります。そしてこれを本人がインタビューで「本心」と言っていることの意味は大きいんじゃないかなと思うのです。

曲順で前の曲である『ENERGY☆SMILE』が表面とすれば表裏一体の裏面みたいなこの曲は、その笑顔活動をひいた視線で見て息が詰まるようにも感じながら、それを踏まえた上でも、誰かのもとに届いて笑ってくれるといいなと歌い続けることを謳う曲。つまり歌う理由を歌った曲で、ここにきて欠けたいたピースが繋がったというか、彼女表現する「大橋彩香」という物語が見えたように思いました。


で、ここまでが前段。となるとライブで期待していたのは、この『RED SEED』という曲で何を見せてくれるかだった訳ですが。

結論から言うと特に何も見えなかった。かっこいい曲のゾーンで歌われたのですが、その中の一曲であって、良かったけれど特別な何かではなかったから少し肩透かしな感じもあったのです。ただ、ライブが進んでアンコールラストの『流星タンバリン』まで行って、大変な勘違いをしていたことに気がつきました。

インタビューでも、この後のMCでも、皆に笑ってもらいたい、皆に元気になってもらいたいと語っていた彼女ライブ表現するのは、そりゃあそっちじゃないだろうと。考えてみれば当たり前のことを、この曲での楽しそうな笑顔と、そして何を歌うのかを歌ったような歌詞で思い知った感じでした。

そして、本当のラスト自分のワガママでもう一曲やりたいですと歌った、アルバムリードであるABSOLUTE YELL』。会場全体の幸せなそうな空気と、ステージ上で見たことがないくらい楽しそうにしている姿が、一曲目で歌われた時とは随分変わっていて、この1stライブにおいて一貫して表現されてきたものと、それがオーディエンスに伝わった結果を示した、大橋彩香の歌はこれ! というパフォーマンスだったと思います。本当に、ライブ全体を通しても最後のこの曲が一番良かったです。

MCの中での「皆さんと信頼関係を築いていきたい」という言葉。なかなか自分表現しないタイプのように見えていた人が、自ら作っていった最初ワンマンライブで語るその言葉にはやっぱり特別意味があると思っていて、その信頼関係の先に表現者としての彼女から一体何が出てくるのか、それをもっと先まで見ていかねばと思うようなライブでした。とても良かったです。

16/06/03

どこまで行っても人間の興味って人間ってなんだというところに尽きるのかなあとか。

明日、機械がヒトになる ルポ最新科学 / 海猫沢めろん

ヒトと機械境界を探って、7人の科学者インタビューをしたルポルタージュ最前線での研究をしている人たちの話は、まさに今までの常識が溶けていっている現場という印象で、とても興味深く読めました。

当たり前ながら専門的な話はこれを読んだけできちんと理解できる訳はないのですが、全体的な流れをすごくざっくり言うと、ヒトっていうのは環境の中でインプット-処理-アウトプットする人の形をしたものであるということが機械をヒトに近づけようとする中で見えてきたという話なのかなと。そしてインプット-処理-アウトプットという意味では、別に機械もヒトもそれ以外の動物も大して変わる訳じゃないという。

そう考えると、SR代替現実)はインプットに働くものの話で、3Dプリンタ機械機械という形を作れるかという話、アンドロイドは形とコミュニケーションインプットアウトプット)のインタフェースの話で、AIディープラーニングでヒトの処理に近づいたという話、ヒューマンビックデータインプットアウトプットの膨大なデータ分析して法則化したもので、BMIインプットアウトプットを繋いで化かすという話、受動意識仮説幸福学は心とか意識とか呼ばれるもののその中での位置づけといった話だったのかなと思います。例えば機械によるヒトができることの代替拡張や、バーチャルインプットアウトプット環境から切り離すっていう話も、同じような枠組みの中で理解して良いのかなと思いました。

個人的には今まで、人間、というか自分の心(意識)はやっぱりなにか特別位置にあるんじゃないか、みたいな考え方が強かったので、こういう、特に受動意識仮説みたいな考え方はああなるほどそうかあと思うところがありました。何が正しいのかはわかりませんが、自分意識環境から切り離して考えると、最終的に自分意識以外の存在も信じられないけど殴られれば痛いし一人でいると寂しいよね、それでも自分意識は一番特別じゃなくちゃおかしいよね、みたいなどん詰まりに行き当たると思うので、こういうふうに考えていたほうがずっと気楽で良いのではないかと思います。

あと、ヒトが処理をするときに後から副産物がごとく立ち上がってくる意識、みたいなイメージ面白いなと。反射的な動きではない、記憶時系列の順序立てと推論みたいなものを踏まえた動きを処理するときに、なんかついでに生まれた物語自分意識みたいな考え方は、物語のないところにでも物語を見出すのが大好きな人間らしいし、何よりロマンがあると思います。人の数だけ物語がある! みたいな。

それは主観主体ではないというような話だと思うのですが、だからといってそれが嘘だから価値だと思わないし、色々な人の主観がいっぱいある世界より、色々なものが影響し合いながらわさーっと動いている世界で、なんか特殊な処理で動いている人間の上に意識という物語がおまけのように浮かんでいるという方がイメージしやすいなあと。

機械はヒトになれるのかという話では、まあ何を持ってヒトと呼ぶか次第ですが、ヒトもそれ以外の生き物も機械も同じような枠組みで動いてるけど大分中身が違うというのはしばらく続いていくのかなと何となく思ったり。というより、いつかヒトと同じようにインプットして処理してアウトプットする機械が生まれたとして、その頃にはインプットアウトプット機械拡張されたヒトの方がいて、そもそも何がヒトなのか、みたいな問答が始まるだけじゃないかという気もするのでした。それはそれでSF! という感じでワクワクする未来像にも思えますが。

16/06/01

しまむら父が妻の実家に泊まりゴロゴロするわけにもいかず、かといって田舎ですることもなく、結局馬鹿丁寧に洗車をしているっぽいのがリアルすぎてちょっと笑った。

安達としまむら 6 / 入間人間

「周りとの関係を真っ平らであろうとしすぎる。高さがあることを不自然に思う。あんたはうちの娘の子供とは思えないくらい誠実な子だよ」

誰にでもどこまでもフラットだった、いつからかそうなっていたしまむらという人が、祖母とその家の老犬との関わりの中で、少しだけ心の秤を傾けることを思い出す。それが何に繋がるかといえば、彼女安達自分に向けている感情がなんなのかを自覚して、その上でその存在に重みをつけることを選んだ訳で。

しまむら内面が、子供の頃から大の仲良しで今では動くこともままならない老犬になった祖母家の犬との関係を通じて描かれる前半。そしてしまむらの変化が、安達との関係を確実に変えていく後半。安達世界しまむらで閉じていて、彼女視野を広げようというアドバイスも拒んでいて。それを真向かいに受け止めるなら、正直ちょっとこの先の二人の行末にはハラハラする部分もあるのですが、なにはともあれ良かったね安達と、そして同じくらい一歩を踏み出したしまむらに良かったねと思いました。

まあ、しまむら安達を優先するようになったからといって性格が変わるわけではなく、日野と永藤も変わらないだろうし、ヤシロもあんな感じだろうし。ただ、安達さんが私だけを見てな人なのでどうなるかなと。あと、樽見さんに関してはマジでやばそうで。修羅場というか血を見ないと良いねというか。

それにしても前半は入間人間真骨頂という感じでした。古い家、朝の空気、その場の匂いや温度まで感じられそうな描写子供時代現在、元気だった親友の犬は年老いてもう会うのは最後の機会かもしれなくて。この郷愁と切なさ、どうにもならない無常の中で割り切れるような答えはなくても、少しだけ前を向いて生きていく感じ。こういう空気感を描かせたら本当に抜群だなと、改めて感じる一冊でした。