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Kitajskaya’s Raccomandazione このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-09-03

Congratulations/あいのデータ

 昨日に続いてのエントリー、書けるときに書いておこうと思いまして・・・。
 先日テレ朝テ系の金曜の深夜ドラマ「あいの結婚相談所」が終了しました。このドラマ、成婚率100%ただし「入会金200万円、恋愛禁止」を謳う結婚相談所を舞台に依頼人のカップルと元動物学者で結婚相談所長の藍野真伍が繰り広げる笑いあり涙ありのハチャメチャなコメディで、主人公を演じたのがミュージカルスターの山崎育三郎さん。紹介したCDはこのドラマの中で山崎さんが歌い踊った2曲が収められています。
 一度聞くとその曲が頭から離れられないことってありませんか?実は私にとってこれらの曲がそう、ドラマを見終わったらしばらくこの曲が頭の中で駆け回っていました。山崎さんはミュージカル界のプリンスと呼ばれるだけあって踊りは抜群にうまいですね。ちなみに山崎さんの奥さまは元モーニング娘の安倍なつみさんだそうです。
 娘が山崎さんのファンで録画していたのを何気に見ていたのですが、山崎さんのぶっ飛んだキャラクターに嵌ってしまいました。それにしてもたった6話で完結なんて・・・・。視聴率は芳しくなかったとは聞いていますが、脚本もしっかりしていてドラマとしては面白かったし、何しろミュージカルとテレビドラマをコラボレートした画期的な試みだと私は思っていたんですがね!?
 残念ながら最終回を迎えた「あいの結婚相談所」のリンク先はこちらです。
金曜ナイトドラマ『あいの結婚相談所』|テレビ朝日

2017-09-02

中国と韓国は息を吐くように嘘をつく

 

中国と韓国は息を吐くように嘘をつく

中国と韓国は息を吐くように嘘をつく

 この第3ブログ“kitajskaya’Raccomandazion”も最後の更新からはや1年と2か月余り、ブログ開設当初はせめて1月に1記事は更新しようと決意はしたんですが、やはりダメでしたね・・・。時間はあるのですがどうしてもやる気が起こらず、ついついこのブログをほったらかしていました。
 この本も実は今年の5月か6月に記事にしようと思っていたのですが・・・。
 「中国韓国は息を吐くようにをつく」、著者は元産経新聞記者でコラムニスト、最近では保守系論客と知られる高山正之さん。高山さんの書籍は以前にもこのブログで紹介していて、今回も書面のあちらこちらで予想に違わずの“高山節”が炸裂しています。私はどちらかといえば考え方が右寄りな方なので、高山さんの論評には賛同することが多く、中には読んでいて「そうなんだよ!」思わず叫んでしまうこともあります。(ちょっと危ない人ですね!?)この本は月刊誌「正論」で高山さんが連載されているコラム「折節の記」をまとめたものです。
 高山さんはまえがきで次のように述べています。 

 物事は多くの場合、見かけとは違う。トランプのシリア攻撃だってそうだ。彼は毒ガスの悲惨さに怒り、正義のミサイルを撃った。が、その米国こそが実は毒ガスの兵器マニアなのだ。
  〜中略〜
 トランプが政権維持を認めたアサドがわざわざ危険を冒してまで毒ガスを使う理由は何もない。誰かの意図による自作自演の可能性は高い。
 こういうときはその国が過去どんな振る舞いをしたか、そしてその事件でcui bono(誰が儲かるか)を考えると見えないものも見えてくる。

 本のタイトルには「中国」と「韓国」とありますが、内容は「中国」「韓国」のみならず日本や日本人を平気で「嘘」をついて騙す不逞な輩を徹底的に切り捨てています。特に朝日新聞高山さんが産経新聞の記者出身だけあって、当時から朝日新聞の醜悪さと恥知らずな面を目のあたりにしていたようです。随分前に沖縄サンゴ礁に「KY]と落書きされた事件がありましたが、当時の朝日新聞沖縄県西表島珊瑚に落書きがされているとし、「珊瑚を汚したKY,精神の荒んだ心・・・」などと記事にし、日本人のモラルの低下を批判しました。この事件はご承知の通り朝日新聞自作自演捏造記事で、事を重く見た朝日新聞は関係者にお詫びをし、当時の社長も引責辞任しました。しかし高山さんは一連の朝日新聞のお詫び行動について「精神のすさんだ心」の日本人には一切謝罪していないと憤りを隠していません。
 実はそれより遡ること数年、高山さんは朝日新聞の書いた捏造記事により当時の朝日新聞のお偉いさん自ら産経新聞に乗り込まれ脅迫を受けたことがあるからです。中国戦線で日本軍がたいた煙幕の写真を日本軍が「毒ガス」を使用した証拠とかいた朝日の記事に、明らかに捏造とわかるのに当時の朝日新聞の権勢を恐れ尻込みする中、当時社会部のデスクになりたての高山さんが記事にしました。怒った朝日新聞、当のお偉いさんは高山さんに向かって「『朝日』に逆らうとはいい度胸だ。」、当の高山さんも引かず「有難うございます。」怒りが収まらない朝日新聞のお偉いさん「こんな新聞社は潰してやる。」という白熱したやり取りがあったとか・・・。結局写真自体が以前出版された写真集にあったものと判断、それは間違いなく煙幕だという事実がわかりました。ただ朝日新聞は訂正記事を出したもののこれもまた謝罪はしていません。
 朝日新聞を例に挙げましたが、タイトルとなった「中国」や「韓国」、それに冒頭に述べた米国などこの本では日本を騙し陥れる本当のワルが誰なのかを痛快なタッチで解き明かしてくれます。そして私たちの日本や日本人を貶める連中の意図を知り、物事の裏側に隠された「意図」を見抜き、彼らの甘い戯言に乗らぬように自らが考えて行動することがこれからの日本には必要となってくるでしょうね。
 最後にこの本のまさに最後の最後に“稲田朋美苛めの裏に朝日新聞”というくだりがありますが、その中で高山さんの中学生だった娘さんが「この外人3人娘は凄い。苛めの天才だ。」とし、そこらの中学生に苛め方の手本を見せているようだと、稲田朋美さんを国会質問で罵倒した蓮舫さん、福島瑞穂さん、辻元清美さんの名前を挙げていますが、まさにさもありなん。前々からこの3人は国会質問には人としての尊厳を無視する質問に名を借りた人格攻撃ではないかと思っていたので、この考えは自分だけではなかったので、見ている人は見ているんですね。ただあの3人がこの本を読んで自ら首を垂れるとは到底思えませんけど・・・・。


高山さんはDHCテレビで「放言BARリークス」という番組に出演しています。毎回ゲストとお酒を酌み交わし本音で語り合う番組です。
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2016-07-24

ひとりぼっちを笑うな

 この本は以前から読みたかった本で、何か月か待って、やっと藤枝市図書館から借りることができました。
 著者の蛭子能収さん、シュールな作風の漫画家で最近ではTVのバラエティ番組によく出演されています。最近ではテレビ東京系の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」という番組で俳優の太川陽介さんとコンビでますます人気を博しているようです。
 私は蛭子さんが好きという訳ではなく、むしろ逆。嫌いとは言わないまでも敬遠したいタイプです。テレビでしかその人なりはわかりませんが、テレビから映し出される印象は貧相な出で立ち、いつもへらへら笑っていて気持ち悪いし、時折見せる無神経な発言など、私にとっては出来れば少し距離を置きたいと思う人間で、以前どこかの放送局のバラエティ番組で、高田万由子さんの発言に対して彼女を小馬鹿にしたような小言を発して高田さんの怒りを買ったのに謝りもせず平然としていた事があり、それを見て「この人自分のことを棚に上げ、随分無神経なことをいう人だなあ!」と思ったことがあります。もっとも本人は著書の中で「他人に余計なことをしない」、「誰かに嫌われていると思わない」と述べていますが・・・。
 「ひとりぼっちを笑うな」、タイトルが刺激的ですが、この本を書くに当たり、蛭子さんは昨今の「友だち」偏重傾向に疑問を呈していて、プロローグで以下のように述べています。 

 僕は昔からひとりぼっちでいることが多かったし、友だちみたいな人もまったくいませんが、それがどうしたというのでしょう?ひとりぼっちでなにが悪いというのだろう?というかむしろ「ひとりでいること」のよさについて、みんなにもっと知ってもらいたい。友だちなんていなくていい。ひとりぼっちだっていいんじゃないかな。

 蛭子さんは、幼少時よりお母様と二人暮らしの生活をされていました。お父様は漁師でほとんど家におらず、兄弟もお姉様とお兄様がいましたが、年が離れており、一緒に過ごした記憶があまりないとか。幼少時から家に籠って少年漫画に嵌り、青年時代には映画に嵌っており、一人で楽しめる遊びが好きでした。つまり孤独が当たり前の状態で存在しており、そうした少年時代を送った蛭子さん、長いこと他人の干渉がなく自由に時を過ごしていたため、友だちの自体が却って鬱陶しくなり、自分の自由な時間を脅かす厄介なものと考えるようになりました。蛭子さんは友だちの存在を否定しているわけではありません。ただそれ以上に自由であることの方が大切であると述べられています。
 それは昨今の風潮である連帯至上主義にも疑問を投げかけており、特に2011年東日本大震災が発生した後、“”という言葉が巷で声高に叫ばれていましたが、それに対しても蛭子さんは釈然としない思いを綴っています。

 でも“絆”ってどんなものなんでしょうか?正直なところ、僕にはちょっとそれがよくわからなかったんですよね。あと「がんばろう日本」という言葉も、よく耳にしました。でも、がんばるって、一体なにをどうがんばればいいのだろうって。(中略)
 だから、あくまでもその人それぞれがやれることをすればよいのであって、「絆」や「がんばろう」という言葉を、むやみやたらに強調しなくてもいいのではないかと考えているんです。
 あくまでも人は自由だから、絆の外にいる人、がんばらない人がいてもいいし、それを「間違った考えをするな!間違ったことをするな!」「それでもお前は日本人か!」「人でなし!」と説教や強要をするのは好ましくない。現実には他人を心配することのできないくらいに余裕のない人だってたくさんいるし、関心があまりない人がいるっていうことも認めないといけない。

 また蛭子さんは「群れる」ことについて嫌悪に似た感情を吐露し、誤った方向に向かった時の凶暴性について警鐘を鳴らしています。 

 グループを作ると、そのなかには必ずリーダー的な存在の人が生まれるものです。“グループにはまとめ役のリーダーたるものが必要”だという組織論的な考えは理解できますが、その人がもし、性格の悪い人だったら、グループはメチャクチャになるでしょう。そこは、本当に気をつけたほうがいいポイントだと確信しています。
 グループというのは“集団”だから、どこかしらで安心感のようなものが芽生えるかもしれません。人間は結局のところちっぽけで弱い生き物ですから、きっとその安心で「自分はひとりではないんだ」「みんなといればまもられる」と思って勇気づけられるのかもしれない。野生動物の多くがそうであるように、生き物は「群れる」習性があるから、人間だって同じことなんでしょうね。
 でも、グループは必ずしもいいものではなくて、ときとして凶暴になる恐れがあります。ある種、おかしな方向にいってしまったら、それはもう歯止めが利かなくなると見ているんですよ。

 ネットの書評によれば、もともと蛭子さんはこの本を書くことには乗り気ではなかったようですが、広島県呉市で起きた「LINE」上の口論をきっかけに起きた殺人事件に心を痛め、友だちと揉めて殺されるのなら友だちなんかいらないんじゃないか、ひとりぼっちでもいいんじゃないかと思い、書くことを決めたそうです。
 私自身、友だちはいないし、行動もほとんどひとりです。だから蛭子さんの意見は共感できます。蛭子さんのように私も子供のころはやはりひとり遊び、実際には双子の弟がいたので二人遊びの方が多かったのですが、外で遊ぶより家の中にいる方が多かったです。両親も今でいう成績至上主義の“毒親”で、何かにつけ出来のいい弟と比較されたこともあり、激しい劣等感に苛まれ、ますます陰に籠っていました。
 もともと内向的な性格もありましたが、小中学校では居ても居なくてもいいような軽い存在だったように思います。恐らく相当影が薄かったのではないかなあ!?高校になると周りとどうしても打ち解けることができず、いつもぽつんとひとりでいました。多分高校生活の大半は教室でほとんど喋らなかったと思います。話しかけてくれる人もいませんでしたしね。そういう意味で私の青春は本当に暗かった!!
 だから今も集団行動が苦手でいつの間にか輪の中からはぐれてしまうパターンがほとんど。何とか輪に入ろうと努力はするのですが、なかなかうまくいかず常に疎外感と劣等感に悩んでいました。またこの本で書かれている“大皿料理が苦手”なことや“食事会や飲み会が嫌い”なことは私もそうです。蛭子さんは自由が脅かされるのが嫌でそういった類の集まりを敬遠していますが、私の場合は集団の中の孤独に耐えられないという悲しい理由からです。
 ただ蛭子さんの心境になるには心の平静さが必要ではないかと思います。特にサラリーマンの場合、飲み会を断るにはちょっとした勇気が必要、同僚からの陰口や上司の嫌味に耐えねばいけません。私はほとんど最近は飲み会には出ていませんが、それは所属する組織に不満があり、やってられないと思い、ある重要な飲み会をすっぽかしたことがきっかけ。以降どうにもなれと開き直ったので、周囲の雑音を気にすることがなくなりましたし、あいつはそういう奴だと半場呆れられています。まあその代りに失ったものも多かったのですが・・・。鬱陶しい人間関係から解放されるには私のように開き直りが必要ですが、心の弱い人にはこれはかなり難しいことではないかなあ?
 さらにこれは重要なことだと思いますが、蛭子さんはひとりで自由でいるにはお金が必要だと説いています。また“ニート”や“ひきこもり”に対しても厳しい見方をされています。そしてたとえ嫌な仕事でもコツコツと地道に働くことを奨励しています。

 ただ、「ニート」というのは、どうなんだろうな・・・・・・?それはもう“労働意欲が‬ない”ということですよね。あと、「ひきこもり」みたいな人も理解できない。他人と接触するのが嫌なのかな?でもそれは現実的には許されない生き方ですよね。いつまでも親の世話になるわけにはいかないし、誰かに迷惑をかけながら生きていくのは、自分自身も精神的にきついでしょう。なによりも、それは本質的に自由ではない。自分で働いてお金を稼いでこそ、誰に憚ることなく自由でいられると、僕はそう思うんです。

 これって当たり前のことですが、その当たり前が人間なかなかできないですよねえ!?
 この本を読み終えて、蛭子さんへの心象が大きく変わったということはありませんが、蛭子さんの意外な一面が見れて面白かったです。この本はいわゆる教則本や指南書の類ではなく、どちらかと言えば、ゆるーいエッセイのような感じ、それが蛭子さんらしいのですが、平易な文章で一気に読めて、読んだ後に心にあったわだかまりのようなものが解けて爽快な気分にさせてくれました。一部、それはちょっと違うんじゃねえと思われるところもありますが、それはご愛嬌。人間関係に疲れたサラリーマンや交友関係に悩む学生さんには読んでもらいたい一冊だと思います。  

2016-02-08

蒋介石の密使 辻政信

 辻政信という人の名前を知ったのはもう15年くらい前のこと。井沢元彦さんの著書の中で辻政信はノモノハン事件の際、戦争を煽るだけ煽って、戦いが大敗するやその責任を部下に転嫁、捕虜になったものに対しては卑劣にも自決を供していた卑劣な人物として紹介されていました。当時の井沢さんは腐敗した官僚制を批判する意味で辻政信を例に取られたと思いますが、私としてそのような破廉恥な人間が旧日本軍にいたことがショックで、特アの連中が戦前の日本を口汚く罵るのも一理あると諦観していました。
 今回紹介するこの「蒋介石の密使 辻政信」、日本の歴史上、迷惑この上ない辻の半生を幼少期から記述。また焦点とされる戦後の辻の逃避行の真相も詳細に描かれています。著者である渡辺さんは、ブックカバーの紹介文に以下のように書かれています。

■「魔の参謀」といわれた男の、もう一つの「顔」
 辻政信ほど、常人の理解を超えた人間も珍しい。一介の参謀にすぎない彼が、各所で上司を無視して無謀な作戦を主導し、敗戦に導いたばかりか、陰謀、虐殺、偽命令などの事件を次々に引き起こす。だが、なぜか責任を問われることなく、また次の作戦に姿を現わす。周囲からは蛇笏のごとく嫌われながら、戦後は大ベストセラーを連発し、圧倒的な人気をもとに国会議員にも当選。最後は議員の身分でラオスに潜入し、そのまま消息を絶った。

 辻政信の常軌を逸した行為は枚挙に暇がないくらいですが、武士道継承した日本人にとっては到底理解できない人物で、スケールこそ違いますが、“狂喜スターリンヒトラーに通じる側面があり、特にヒトラーとは極端とも思える禁欲主義とエキセントリックな性格は酷似していると思います。
 度重なる愚策により日本を破滅に追い込んだ辻政信、彼はそれに飽きたらず更に日本を奈落の底に落とします。それがこの本のタイトルにもなった「蒋介石の密使」。戦局の行方を知っていたかどうかは定かではありませんが、辻は戦中から蒋介石に接近、戦後は一目散にその庇護の下に入ります。辻は著書である「潜行三千里」において、戦犯として連合国から追跡されるながら辛くも逃げ切ったことを誇らしげに語っていますが、何のことは蒋介石に匿われていただけのことだったんですね。この小物ぶりにはちょっと笑ってしまいました。それにしても、作戦の遂行に失敗した軍人たちに自決を迫った張本人がいの一番に敵の軍門に下るとは・・・。その破廉恥さには絶句するばかりです。
 さて蒋介石といえば、多くの日本人が「戦後日本の恩人」といったように好意的に評価されています。これはこの本で渡辺さんも述べられていますが、とんでもない誤解で、蒋介石こそがあの悪名高い「南京大虐殺」をでっち上げ、精神的に日本を隷属させようとした張本人とも言えます。その極悪人ともいえる蒋に尻尾を振ってすり寄った辻、彼は日本を破滅に追いやったことに飽きたらず、日本を敵に売った、本当に許し難い人間です。
 ではなぜ日本軍は辻の暴挙を止められなかったのか?これは私の読解力不足なのか、この本でその明確な答えを探すことはできませんでした。ただ辻は声が大きく、行動力もあり、押しが強かったとされています。私は声も小さくしかも押しが弱いのでやっかみ半分なのですが、軍隊に限らず民間企業でも声が大きく、押しの強い人の意見が往々にして罷り通るのはよくあることです。ただ何かあったときは自浄作用が働きますが、当時の日本軍はそうした機能が働かないほど機能不全に陥っていたのでしょうか?またこれは現代社会にも言えますが、当時のメディア、特に新聞ですが。必要以上に辻の行動を礼賛していたと考えられます。パフォーマンスに長けた人間はいつの時代もメディアに重宝されますからね・・・。
 最後になりますが、この本で日本軍の意外な事実がわかりました。1945年8月に日本は連合国降伏し、敗戦となりますが、こと中国戦線に至っては連戦連勝、負けなしだったとのことです。圧倒的な兵員とあり余る資金や武器の援助をアメリカを初め連合国から受けておきながらの体たらく、さすがに当時のアメリカ大統領ルーズベルトも堪忍袋の緒が切れ、蒋介石軍事統帥権軍事顧問のスティルウェルに明け渡すことを要求しています。その他、日本と中国の戦中戦後の秘話は随所に出てきており、日中関係を考察する上で読んでおきたいと言える一冊だと思います。

2016-02-07

孤独の中華そば「江ぐち」

 久しぶりに記事を更新します。思えば4か月ぶり!?

孤独の中華そば「江ぐち」

孤独の中華そば「江ぐち」

思わず自分も食べたくなる、飲みたくなる!はてなブログお題「あなたの『行ってみたいお店・レストラン』」結果発表!(http://r.gnavi.co.jp/g-interview/entry/gohan/2875)について記事を書く

 年末にはてなブログみんなのごはんの共同企画である「あなたの『行ってみたいお店・レストラン』」に応募し、どういう訳か入選しまた結構なお品(熊本の馬刺し)を戴きました。先日お品が届き、家族と一緒に舌鼓を打ちました。月並みな表現で申し訳ありませんが、柔らかな歯ごたえと口に入れた時に甘味うまみが広がり、美味しかったです。はてなダイアリーで書いて申し訳ないのですが、この度は本当にありがとうございました。
 その時の記事です。 
わが青春の一杯、って大げさですが?中華そば「江ぐち」はうまかったなあ!? - 五つの池の喫茶店

 この記事を書くときに参考にしたのがこの孤独の中華そば江ぐち
 社会人の時くらいに「江ぐち」のラーメン店員さんについて書かれた本を読んだことを思い出し、Amazonで探しました。探し出した本のタイトルは「近くへ行きたい秘境としての近所-舞台は“江ぐち”というラーメン屋。」吃驚したのは作者があの「孤独のグルメ」で有名な久住昌之さんだったことです。ただ残念なことにこの本は絶版になっているようで、「江ぐち」閉店を機に出版されたのがこの本でした。
 久住さんは前書きで以下のように述べています。 

 この本は、1984年つまり昭和59年に、ボクが書いた『近くに行きたい。秘境としての近所―舞台は“江ぐち”というラーメン屋。』という本が元になっている。
       〜中略〜
 とにかく、当時、ボクの行きつけのラーメン屋「江ぐち」のことを、店員に全く取材もせず、友人達と勝手に想像してあれこれ書いてしまった一冊だ。
 当時ボクは、マンガ家としてデビューして3年目で26歳だった。
 25年前だ。ケータイインターネットもなかった時代だ。
       〜中略〜
 そういうわけで、この本は一軒のラーメン屋とボクの、四半世紀にわたる記録である。結果的に、ボクが25年もかけて作った本になった。 

 江ぐち三鷹駅南口にあったラーメン屋で、学生時代三鷹市に住んでいた関係からよく食べに行きました。この店を初めて知ったのは、女友達だった人の弟さんが三鷹市内の高校に通っていて部活帰りによく食べている美味しいラーメン屋があると聞いたからです。学生時代はかなりの頻度で通い、社会人になっても最初のうちは中央線沿線に仕事の拠点があったため、移動の時はわざわざ三鷹駅で降り、江ぐちによってラーメンを食べていました。住まいが横浜に移った時も、あの味が忘れられずに年に何回かは江ぐちに通っていました。結婚し、調布に越したときは嫁と一緒に行ったこともありました。ただ21世紀に入り、職種が変わり、生活拠点が東京から静岡に移ったため、江ぐちにはいかずじまい、すっかり江ぐちのことは忘れていました。今回ブログ記事で思い出したのですが、残念なことに江ぐちは2010年1月31日に閉店していました。 
 久住さんはあとがきで次のように書かれています。

 「江ぐち」の閉店の一週間は、それはスゴイ騒ぎだった。地下の店の前から地上に出てさらに長い行列ができた。麺がなくて泣く泣く帰る人もいたようだ。
 mixiでもtwitterでもすごい話題になっていた。ボクの日記が、知らぬ間にニュースに引用されたりした。
 名古屋や、京都や、岡山から、江ぐちラーメンを食べるだけのために上京した人もたくさんいたそうだ。みんなそれぞれの「江ぐち時間」が忘れられないのだ。
 「泣きながらラーメンを食べる人を初めて見ました」
 という報告もあった。思わず笑って、同時に涙がこぼれそうになった。

 今はもう存在しない「江ぐち」ですが、その後継というかその味を受け継ぐ形で2010年5月に同じ場所に「中華そば みたか」がオープンしました。基本的に麺もスープも「江ぐち」とほとんど変わっていないようです。
 さてこの本ですが、想像だけで江ぐちのことを事細かく記載しています。江ぐちの店の作りにはじまり、メニューとかそこで働く3人の職人さん達とか。今さらというべきでしょうか、久住さんの観察眼や想像力はもの凄いですね。それがあの「孤独のグルメ」に繋がったと思うと合点が行きます。
 特に3人の職人さんについては本当にこんなこと書いて大丈夫?と思えるほど際どいことも書かれています。当初、久住さんはお店の名前は伏せてくれと嘆願したそうですが、その願いは叶わず、この本が出版されても、久住さんは内心はびくびくしながらも江ぐちに通われたとか。でも出版されていたことは結局3人にはバレていて、「よく見ているなあ」と感心されていたそうです。3人のお人柄が偲ばれますね。
 後日談として3人のうちの一人アクマと呼ばれていた横倉道彦さんの娘さんと久住さんのエピソードが出てきますが、その話には思わず泣けてきました。その他にもいろいろな「江ぐち」ワールドが描かれており、これは単なるラーメン屋の話にとどまらず、何というか、そこに集う人間のドラマが凝縮されたような本です。読み終わって面白かったがちょっと切ない気持ちを感じる、心に残る私にとっては一冊でした。
 最後に3人の職人さん、タクヤと呼ばれいた井上修さんははてなブログでちょっと書きました。もう一人オニガワラと呼ばれていた江口伸弘さん、本ではコミカルに描かれていましたが、私は江口さんがラーメンを作る時間帯によく当たりましたが、江口さんの作るラーメンは美味しかったですよ。