カール・ゴッチと死の秘宝

2014-08-05

[]徴用船とかじいさんのこととか 10:27

僕のじいさんは戦争で死んだため一度もあったことがない。

ばあさんは、じいさんは戦艦大和にのって、日本のために戦って死んだ。と、

小さい僕に何回か説明してくれた。


そのばあさんも、もうこの世にはいないし、

うちの父はじいさんの話はしたがらない。

誰かが、じいさんの話を父にしようとすると、

機嫌を悪くしその場から去ってしまう。


ばあさんの葬式の時に、親戚や叔母に、じいさんの事をきいてみた。

結論から言えば、僕のじいさんは戦艦大和にのっていなかった。

それに、死んだときは兵隊でさえなかった。

一度兵隊にはなったらしいが、足を悪くして帰ってきたらしい。


その後、じいさんの実家の船が、南方への輸送船として徴用されることとなり、

その船に次男のじいさんが乗ることになった。

実家とどのような約束があったのかはわからないが、

国としては徴用した船を動かす人間が必要で、

実家としては徴用された船を管理する身内が必要だったんだろう。


結果、撃沈されて亡くなったらしい。たぶん。

船が沈んだという記録はあるらしい。

人が救助された・死んだという記録はない。

戦争中の輸送船の死亡者なんて誰も気にかけないのかもしれない。


徴用された船は、49トンの漁船だったらしい。

49トンというと、かなり小さい。

たまに芸能人が、TVで船に乗って釣りをしてるけど、あれくらいか、その想像よりも一回り小さいくらい。


最終的にその小さな漁船で、島伝いに南下し、ニューギニアまでいったらしい。

ただ、じいさんがいつまで生きていたか、今もどこかで生きているのかはわからない。


同じような境遇の方の本を読んだが、

戦時中、輸送船に護衛船はほぼつかなかったそうだ。

また、兵隊と違って徴用船に乗ったただの民間人なので、武器は持たない。

上陸して戦闘に巻き込まれたらただの足手まといにしかならなかったらしい。


ばあさんの死後、徴用後に、じいさんからばあさんに宛てた手紙が見つかった。

九州佐世保から出された2通の手紙だった。

父はまだこの手紙を読めていない。


僕が小さいころにばあさんが、

じいさんが船にのっていくことを何度も止めたと涙ながらに語ってたことがある。

今思えば、戦艦大和じゃなくて徴用船の話だった。


じいさんが亡くなったとき、父はばあさんのおなかの中にいた。

今回の手紙に、ばあさんの体を気遣った記述があり、それはおそらく、

父がおなかにいることをしっていたことを意味していると思う。

父はまだこの事を知らない。たぶん。

何せばあさんは戦艦大和のような嘘をつく人だったから、

ばあさんから聞いた話でも100%は信じていないだろう。

いつか父が自分であの手紙を読んだ時に、

やっと信じられるんじゃないだろうか。




なんてことを考えてたことが最近あったんだけど、

本当かどうかわからない毎日新聞の記事で、

「民間船:有事の隊員輸送 船員を予備自衛官として戦地に」という記事があったので思い出した。

今度やるなら、いろいろちゃんとしろよな。

輸送船団に護衛艦つけろよ。

それと、勝てよ

あと、なんかいろいろごめん

2014-06-12

[]美輪明宏仮面ライダー 10:49

最近、息子と一緒に仮面ライダー鎧武というものを見ることがある。

たくさん仮面ライダーが出てくるんだけど、

仮面ライダー ブラーボ」というドリアンをモチーフにしたライダーがかなり異色だった。

おねえキャラでごつくて、なんかコメディリリーフ的なキャラクターでもあるんだけど、

恰好などが少し若いころの美輪さんににてる。(おねえキャラだからかもしれないけど)

f:id:StickOut:20140612103652j:image

そしてしゃべり方は普段の美輪さんというより、メケメケを唄ってる美輪さんに似てる。

D

仮面ライダー ブラーボ -> ブラーボ -> シャンソン -> メケメケ -> 美輪明宏

美輪さん似のおねえだから、「仮面ライダー ブラーボ」という名前なのか、

仮面ライダー ブラーボ」という名前だから美輪さん似のおねえのキャラクラーを作ったのか・・・

最終的には、劇場版 仮面ライダー鎧武で、

美輪明宏ブラーボの師匠仮面ライダー メケメケ」として大活躍するような気がします。


久し振りの更新が、心底どうでもいい内容だった。

2013-10-23

[]うそだけど 11:30

人生についていろいろと考えることがある。

TVをぼんやりと眺めながら、

車の運転をしながら、

晩御飯を食べながらなど。


ある日、晩御飯を食べながら考えをめぐらせていると、

食卓の鮭が目に入った。

いろいろと考えた結果、たどり着いた結論は、

「朝定食で鮭が安く食べられる理由、

早起きはサーモンの得」

というものだった。

僕は長生きがしたい。

とにかく長生きがしたい。

長生きをしていればそのうち

もっとおもしろい事を思いつくことができるんじゃないだろうか。

そんなことを考えながら 100歳くらいになって

「早起きはサーモンの得 を超える朝ごはんダジャレはできなかった。」

そうつぶやいて最後の時を迎えたい。

あとかわいい女の子と何回か浮気したい。

うそだけど

2013-10-22 いいとも

[]いいともタモリの使命 14:18

いいともが3月で終わるそうで。

http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20131022-1207699.html


あの頃から少しずついろんなものが変化してきたけど、

友達の輪だけは変わらなかった。

毎日12時になると、タモリが歌いながら登場する。

タモリは少しだけ踊って、きれいにお辞儀をする。

踊り疲れたタモリ友達の輪を覗き込む。

少ない例外はあるものの、タモリはほとんどの場合友達の輪の外側に立っていた。

友達の輪をみつめるタモリは、どのような目をしてそれを見つめていたのだろうか。


既に友達の輪は失われてしまった。

いつ失ってしまったんだろう。

誰もが大人になるにつれて、友達の輪というものを信じる力が弱くなってしまう。

それでもタモリ友達の輪に寄り添う。

いつしか覚めてしまうであろう子供たちのために、タモリはそこに立っていた。

まるでパントマイムのように、子供たちに存在しない友達の輪を見せ続けていたのかもしれない。


それが一変したのが今年の友達の輪の廃止だった。

次代の子供たちに友達の輪というものの存在を認識させ、それを確信させること。

そしていつか彼らが世の中に本物の友達の輪を作り上げること。

それこそが国民的番組となったいいとも、そしてタモリの使命だった。

友達の輪がなければ、いいともを存続させる意味はない。

他のくだらないバラエティ番組と何もかわらなくなってしまう。

どのような経緯で番組の終了が決定したのかはわからないが、

友達の輪の廃止がその大きな原因となっているのではないだろうか。


いつか僕が肉体を失った時、

僕の意識と友達の輪はあの頃のタモリの待つスタジオに飛ぶだろう。

その時のために、自分なりの友達の輪を少しずつでも良いものにしていければと考えている。


うそだけど

2013-05-16

[]並盛を2つ 09:59

たまに吉野家に行く

最近ブクブクと太りだした僕は

吉野家で特盛を頼む時、並盛を2つ頼んだ方がいいんじゃね?と思うことが多くなってきた。

もちろんそういう場合は、特盛を頼んでるんだけど、いつか並盛を2つ頼んでしまうような気がする。


そんな僕をみて僕のまわりの人はなんていうだろうか。

しかし、その言葉を受けるべき僕は今の僕ではない。

並盛を2つ頼んでしまう未来のぼくだ。


並盛を2つ頼むようになった僕は、果たして僕という存在なのだろうか。

自分でも気づかないうちに、外見はそのままで、

中身だけが理性をもたないおそろしい存在にすりかわってしまっているんじゃないだろうか。

ふがふがと音をたてながら並盛をかきこむだけのそんざいになってるのかもしれない

そんなそんざいは嫌だな

じょじょに理性をなくしていく僕をみてまわりはなんていうかな

しかし、そのことばをきくのはぼくじゃない

なみもりを2こたのんじゃうみらいのぼくだ

だからきにしないでいい

ぼくはとくもりをちゅうもんします

ついしん

もしぼくがなみもりを2つたのんだとしたら

アルジャーンのおはかにはなたばをそなえてあげてください

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