アジアな空間

日常の出来事や、アジアに関することを書き綴ります。

アジアな空間 その1128 茶屋さんまわり の巻

 昨日は台湾で最も古いというお茶屋さんに行きました。
「振發茶業」です。古いと言うだけあって、確かに茶壺が思いっきり歴史を感じさせてくれます。包装も白い紙に青のインクで茶種をスタンプ。レトロでいいです。
 お店の奥さんも、優しい感じで好印象。カウンターの上に、「先日の震災へのお見舞いをありがとうございます。お礼の気持ちにティーバッグを差し上げています。」というメッセージが置かれていました。日本人客への感謝の気持ちのようです。



 今朝は、ホテルから徒歩5分ほどのところにある、これまた古いお茶屋さんに行きました。
「金徳春茶荘」です。ここは、京都の家みたいに、間口が狭く、奥に長〜〜〜いお店でした。
 店主はおじいさん。これまたいい感じのおじいさんです。温厚を絵に描いたようなお顔でした。

 このおじいさん、
「ワタシ 昭和9年生まれ。国民学校4年生。戦争終わるまで。」
と幼少期の思い出を語ってくれました。でも、管理人、胸中思いっきり複雑でした。
「お父さん、日本時代、大変でしたね。」
と言うと、
「そんなことない。日本、先生、みんないい。少し怠け、げんこつ1つ。子供、一生けんめい勉強する。本当です。先生、厳しい、でも子供、勉強よくできる。戦争 とき、いつもね、今頃 時間、アメリカ 飛行機 日本に空襲行くよ。銀色の飛行機、フィリピンから行くよ。あとまた戻ってくる。私たち、いつも 見る。あぁ、また行ったなあ、空襲・・・。台湾も空襲、私たち、田舎に逃げる。疎開したよ。私、9人兄弟。まだ小さいから、母と一緒に逃げる。空襲で死んでない、たくさん人、マラリアで亡くなったよ。母も、その時ね、キニネない。だから、私たち草、台湾の草、手首に包帯で巻く。戦争、終わった。アメリカ、飛行機からビラ撒いたよ。戦争終わったって。私、姉にそのビラ持ってった。姉、英語上手から。姉が言ったのは、「大平近了。もう戦争ない、心配ない。大丈夫」

 穏やかに笑みを浮かべながら語るおじいさん。



 戦争は管理人にとって、遠い昔々の出来事で、両親も戦争に行っていないので、聞いた話の知識です。インドネシアでも、高齢者から幾度となく戦争の話を聞かされました。でも、この台湾のおじいさんとは、語り口が全然違います。
 日本の国の地域として治めたところと、侵略されたという地域では、同じ戦争の時代を語っても、大きく違うことを、今朝の出会いで痛感しました。

「あなた、パパ 何歳?私、昭和9年。同じか?元気か?」
と、同じ世代を案ずるような問いに、なんだかしみじみ人生の歴史、生きた証を感じました。


 ところで、私がお茶屋さん巡りをするのは極めて珍しいことです。今回、出発間際に台湾大好きな友人からお茶を買ってくるよう頼まれたのでした。あまりよくわからない管理人、思いっきり不安でした。でも、こうして、新しい出会いがあり、頼まれごとも悪くないなと思いました。