事例2題(6月23日追記あり)

 前エントリーでも少し触れましたように、人権擁護法案は司法制度改革の一環として位置付けることができますし、また、差別事象に対する簡易迅速な救済制度が人権擁護法でなければならないというわけでもありません。
 司法制度改革といえば、今年の4月1日から改正行政事件訴訟法が施行されました。
 このうち、新設された「仮の義務付け」(行訴法37条の5)について、少し述べてみます。

「仮の義務付け」とは

 従来から「義務付け訴訟」は“法定外抗告訴訟”として解釈論上認められてはいましたが、現実にはあまり活用されてきませんでした。
 「義務付け」が認められる場合は、「行政が何らかのアクションを起こさないことが違法だ」ということが前提になりますが、事案によっては「不作為が違法=ある処分をすべき」と一義的に決まるものもあるでしょうし、必ずしも一義的には定まらないものもあります。(例えば、廃棄物処理場における不適正な廃棄物保管に対し、処理場の許可取消処分と廃棄物除去命令のどちらを行うべきかについては行政庁の裁量であり、一義的には決められないということです。)
 ですから司法としては、「何もしないのは違法である」とは言えても、行うべき処分が一義的に決まっていない限り、なかなか「義務付け」まで踏み込んで命じることができなかったのです。
 今回の法改正では、「義務付け訴訟」を抗告訴訟の一類型として明文化し(同法3条6項)、行うべき処分が必ずしも一義的に定まっていなくてもよい(「一定の処分」というある程度幅広い要件を満たしていればよい)とすることで「義務付け訴訟」の間口を広げました。さらに

  1. 労働者災害補償保険等の公的保険・年金や生活保護などで、資格認定や保険給付等の処分を求めることが本案判決までの生活の維持に必要である場合
  2. 保育所への入所や通学校の指定の処分を求める場合など、処分がされないまま本案判決までに時間が経過すると、保育や教育など訴訟の本来の目的を実現することが極めて困難になる場合
  3. 特定の日に公共施設の使用許可等の処分を求める場合など、本案判決の確定前に処分がされないと訴えの利益がなくなる場合

 などの場合には「仮の義務付け」(同法37条の5)をも認めることができるようにしたのです。

 この改正を受けて、先日このような決定が徳島地裁から出されました。

<事例1>

藍住の障害女児に入園許可 地裁仮決定「裁量権の乱用」
http://www.topics.or.jp/News/news2005060805.html
 両足に障害を持つ藍住町内の女児(5つ)が同町立幼稚園への入園を拒否されている問題で、女児の保護者が同町を相手取って入園許可を求める「仮の義務付け」を徳島地裁に申し立てていたことに対し、同地裁の阿部正幸裁判長は七日、「不許可としたのは裁量権の乱用」として、園長に入園を認めるよう命じる決定をした。
 決定によると、阿部裁判長は「幼稚園教育は幼児の心身の成長や発達のために重要な教育で、入園申請があった場合は合理的な理由がない限り許可すべき」と位置付け。その上で「障害を有する幼児には、一定の人的、物的な配慮をすることが期待される」とした。
 申し立てのあった女児の移動介助や安全確保などについては「教職員の加配をすれば克服可能」とし、「財政上などの理由から教職員の加配が困難だとはいえない」とした。また、現在は体験入園のため他の園児より早く退園していることについても「必要以上に女児に差別感を抱かせ、成長の障害となる恐れが十分ある」と判断した。
 町側は▽バリアフリーに配慮した施設でなく、施設改修は財政上不可能▽教職員の加配は、財政上困難▽他の園児への教育の質が低下する▽現在認められている体験入園の方が好ましい−などと主張したが、阿部裁判長は「合理的な理由ではない」として退けた。
 この問題では、女児の保護者が二〇〇四年度から正式入園を求めたが、町が拒否。このため、保護者は入園許可を求める訴訟を起こすとともに、「仮の義務付け」を申し立てていた。〇四年五月から、保護者同伴で午前中のみという条件で体験入園をしている。
 地裁決定について、女児の保護者は「うれしい。本人は退園時間まで友達と一緒にいたいと言っているのに、いつも悲しい思いをしながら退園している。町は決定に従ってほしい」と話している。
 これに対し、石川智能藍住町長は「体験入園など町としてできる限り対応してきたつもり。町の言い分が認められなかった。受け入れ態勢を整えなければならない」とした上で、「予算と人事の問題もある。内容をよく検討し、対処したい」と話し、入園許可の具体的な時期については即答を避けた。
 《仮の義務付け》行政事件訴訟法の改正で今年四月から申し立てが可能になった制度。行政事件で仮の決定を求める場合、従来は行政が行った処分の執行停止を求めることしかできなかったが、新制度では行政に対し「入園許可」などの決定を求めることができるようになった。

 このような争訟制度が活用されるようになれば、差別に起因した公権力による人権侵害事件の処理はある程度促進されるでしょう。但しこの事件の場合でもそうですが、ある処分(この場合入園許可決定)を行うためには人員の加配や施設改修など予算を含む種々の措置が伴いますから、どこまで「義務付け」が認められるべきなのかについては今後事例が積み重ねられる中ではっきりしてくることになるだろうと思います。

 ところで、人権侵害事象は本件のような継続的関係の下で現われるものだけにとどまらず、一回的な関係において現われてくるものもあります。例えばこのようなケースはどうでしょうか。

<事例2>

視覚障害者の入場拒否 神奈川・江の島の温泉施設
http://www.asahi.com/national/update/0608/TKY200506080349.html?t
神奈川県藤沢市日帰り温泉施設「江の島アイランドスパ」が5月、健常者の付き添いがなかった視覚障害者の男女5人に対し、バリアフリーの施設ではないことや他の客からの苦情などを理由に、利用を拒否していたことが分かった。5人が加入する「東京視力障害者の生活と権利を守る会」は2回にわたり、「社会参加の妨げ」と文書で改善を求めたが、施設側は「健常者の付き添いは必要」としている。
 同会によると、全盲の男性3人と弱視の男女各1人が5月5日、ハイキング帰りに施設を訪れた。窓口の職員や支配人が「施設はバリアフリーになっていない。健常者の付き添いがなければ安全を保証できない」と入場を断った。さらに「障害者に付き添えるスタッフが少なく、以前、視覚障害者が1人で利用した時に『施設が対応せず、客に障害者の世話をさせるのか』と指摘された」と説明。健常者の付き添いは、パンフレットやホームページ(HP)に明記されていなかったという。
 同会は後日、電話で抗議、要望書を出した。その後、先に入場を拒否された弱視全盲の男性2人を含む4人が付き添いの健常者と一緒に施設を利用した。弱視の男性(44)は「単独利用できる他の温泉施設と変わらず問題はなかった」と話す。同会は今月6日に改めて要望書を出した。
 同会事務局長の山城完治さん(48)は「同様施設で門前払いの例はない。視覚障害者を単独で受け入れる工夫もなく、他の客からの苦情を理由に断られれば、社会参加が阻まれる」と改善を訴える。これに対し、アイランドスパの岡本秀樹支配人は「差別で拒否したのではない」と強調。パンフレットやHPで健常者の付き添いを明記していなかった不手際を認め、「表現方法を検討したい」と話す。しかし単独利用については、「プールと床に段差がないなど構造上の問題もあるので、今後も健常者の付き添いをお願いしたい」と理解を求めている。
 厚生労働省社会参加推進室は「視覚障害者だからといって一律に入場制限をするのは好ましくない。健常者と同様に対応してほしい」と話している。

 事例2の「日帰り温泉施設」は民間施設ですし、入浴拒否は継続的関係の下でおこなわれたものではなく一回的なものです。このようなケースにおいて、もしも司法的解決を目指そうとするならば、入浴拒否によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料を請求するという事後的な損害回復請求の形式をとらざるを得ないように思われます*1
 原告としては慰謝料が欲しいわけではなく、視覚障碍者にも配慮した施設運営を行って欲しいと訴えたいのですから、不法行為の枠組み(損害賠償)では直接的な問題解決を求めることが困難であるということになります。こういったケースでは、必ずしも司法的解決がなじむとはいえないのかも知れません。

2つの事例を手がかりに

 以上、「どのような解決が望ましいか」という実体判断についてはひとまず脇に置いた上で、紛争処理制度のありようを考える素材として2つの事例を取り上げてみました。
 事例によっては強制的かつ一刀両断的な解決(「義務付け」「差止」「賠償」といったもの)が妥当しない場合もあることを考えれば、任意的かつ柔軟な紛争解決のルート(「あっせん」「調停」「勧告」といったもの)を設けておくことにも一定の合理性があるといえるでしょう。
 ただ、全くの任意に基づく制度では紛争処理機関として充分に機能を果たすことができないということは、「個別労働関係紛争」に関して各都道府県労働局に設置された紛争調整委員会によるあっせん制度*2があるにもかかわらず、新たに労働審判制度*3が創設された*4 ということからも窺い知ることができるように思われます *5

追記(6月23日)

障害女児が初通園 藍住町受け入れ、バリアフリー進める
http://www.topics.or.jp/News/news2005062205.html
 藍住町立幼稚園に入園を拒否され、徳島地裁の仮の決定を受けて入園が決まった両足に障害のある同町内の女児(5つ)が二十一日、母親(38)とともに同町住吉の藍住北幼稚園に初通園した。女児は「友達とずっと一緒にいられて楽しい」とはしゃいでいた。
 午前八時すぎ、歩行器を使って同幼稚園に来た女児は、玄関で玉川三代園長から「おはよう」と声を掛けられると、「おはようございます」と笑顔で返事した。二階の教室で担任教諭が「新しいお友達です」とクラスの園児に紹介。少し緊張気味の女児に級友一人一人があいさつした。女児は、みんなとしゃべりながら昼食を取った後、退園時間の午後一時半ごろまで園庭で遊ぶなどして帰宅した。
 女児は昨年五月から約一年間、週三回、藍住東幼稚園で午前中だけの体験入園をしていたが、通常の退園時間まで残る本格通園は初めて。
 母親は「本人は朝六時から起きて、喜んでいた。本格通園まで長かったけど、願いがかない、親としてもうれしい」と感激の様子。玉川園長は「みんなと同じ幼稚園生活が送れるようにしたい」と話した。
 同園は、玄関に仮設スロープを設置するなど順次バリアフリー化を進める。七月からは加配教諭を配属する予定で、町が募集している。
 この女児の入園問題は、保護者が求めた女児の正式入園を町が拒否したため、保護者が四月、徳島地裁に入園許可を求める訴訟を起こすとともに、「仮の義務付け」を申し立てた。今月七日、地裁が入園を認めるよう命じる仮の決定をしたことを受け、保護者は藍住北幼稚園に入園願書を提出。町は十三日に受け入れを決めた。(徳島新聞2005年6月22日付)

 事例1の続報です。どうやら町は即時抗告をしなかったようですね。

*1:小樽市の外国人入浴拒否事件では、3回にわたる入浴拒否に対する慰謝料請求という形で訴えが起こされています。

*2:個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律

*3:労働審判法」

*4:労働審判法は平成16年4月28日に可決成立した法律で、平成18年4月ころに施行される見込み。

*5:http://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050331