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だから問題はコミュニケーションにあるんだよ by com-lab このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012-01-01 お年賀

[]今年もよろしくお願いします


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あけましておめでとうございます。


昨年は、139回の取材をさせていただきました。研修・セミナーは5回開かせていただきました。そして年末には、また取材・構成で関わらせていただいた本を1冊、上梓することができました。本当にありがとうございます。


3月11日、14時45分。あの日は、東京・六本木のマンション最上階で取材をしておりました。阪神大震災のときも大阪・本町のマンション最上階で、このまま建物が傾いて倒れてしまうのではないかと思うほどの揺れを感じました。しかし、東京の揺れは、まったく異質でした。


ここは最新の耐震マンションだから。ここが倒れるときは、どこにいてもダメだから


そうおっしゃる取材相手の言葉に従い、テーブルにしがみつくしかなかったことを思い出します。揺れが納まって外を見ると、東京タワーが微妙に歪んでいるのがわかりました。お台場の方では煙が上がっていました。とんでもないことが起こった。はっきりとわかりました。


不可逆的とか、非線形的といった言葉が頭に浮かんだことを思い出します。とにかく、その前と後では、まちがいなく世界が変わったこと。たぶん元の世界には戻れないこと。携帯電話地震緊急通報におびえながら、ほとんど眠ることができないままに一晩を過ごしたホテルで、そんなことをぼんやり考えていました。


翌朝、朝6時過ぎの新幹線京都の家にたどり着き、じっくりテレビを見て初めて、津波の被害のすさまじさを思い知りました。その後のことは、あえて申しますまい。自分には帰るべき家があり、家には家族が無事にいる。そのことの幸せを思い知りました。


震災の影響は仕事にも及びました。


けれども、新たな出会いがあり、そこから思わぬ広がりが生まれました。生涯賭けて取り組むべきテーマとも巡り会うことができました。すべてまわりにいる方のおかげです。昨年ほど、人との出会いの素晴らしさ、大切さを思い知った年はありません。


「人」という字は、人と人が支え合っている姿を表している。知識として知っていたことを、実感する一年となりました。人とお会いして、その方からお話しを聞かせていただける機会のあることが、どれだけ貴重であるかを改めて思いました。皆さま、ありがとうございました。


そして、今年も、一つひとつの出会いを大切に生きていきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。




昨日のI/O

In:

『うつとよりそう仕事術』酒井一太

Out:

マーケティング本原稿

昨日の稽古:

2011-12-31 お尻のくぼみ

[]浅田次郎的クッションへこみ


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部屋のまわりをお尻の型が一周


浅田次郎先生のエッセイにあった一節だ。先生は畳の上にあぐらをかき、ちゃぶ台で原稿を書かれていた。すると何が起こるか。ずっと同じところに座っていると、畳が自分のお尻の形にへこむそうだ。


へこんでしまうと座り心地が悪くなる。ゆえに少し場所を横にずらして座る。しばらくすると、そこがまた同じようにへこむ。何しろ一日、何時間も原稿書きに努められるのだ。畳もどんどんへこむというもの。


そしてある時、部屋に入った先生は気づかれた。何とお尻の形が部屋を一周していることを。つまり、そうやって座り続けて、原稿を書き続けることで先生は、素晴らしい(などと私がいうのは誠にもっておこがましいが)作家となられた。


で、昨日、ふと自分が家の仕事スペースで使っているイスを見ると、なんと自分のお尻の形にくぼんでいるではないか。思えば、ここで、たくさんたくさんキーボードを叩いてきた。今年は原稿用紙にしてざっと6900枚分ほどキーを叩いている。


もっとも、その半数以上はテープ起こしであり、自分が書いた原稿とはいえないものだ。けれども私の仕事にとっては、テープ起こしは必要な作業である。世の中にはテープ起こし派、テープ聴くけどメモしか取らない派、そもそもテープなんか聴かない派、最初っから人の話を聴いていない派(さすがに、これはないと思うけれど)がいる。


以前はメモ派だったが、それでは書いた原稿の深みが今ひとつ欠けることに気づいた。それ以来、とりあえずテープは必ず聴く。そして、できる限り自分用のメモを起こすことにしている。そんなこんなで、今年もたくさんキーボードを叩いてきたわけだ。


文字数にすると276万字ぐらいになる。バリバリのプログラマーと比べたら、どちらが多いのだろうか。というか、そもそもプログラマーは文字を打っている感覚がないだろうし、自分がうった文字数を記録しておくなんて人もいないだろう。


私の場合は、原稿は文字数制限がある場合が多く、エディターでいつも文字数を表示させているために、何となく記録しているのだけれど。去年は320万字だった。比べると今年は15%ぐらい減っている。地震の影響もあって、いくつかの仕事がなくなった。とはいえ、新しい仕事、一生涯かけて追ってみたいテーマと出会うことができた。


来年も、このお尻の型にすっぽりとはまって、ぽちぽちと良い原稿を紡ぎ出していきたい。どうぞ、よろしくお願いします。




昨日のI/O

In:

『うつとよりそう仕事術』酒井一太

Out:

マーケティング本原稿

昨日の稽古:

2011-12-27 富雄道場

[]一つの区切り


合計6人


ちょうど10年前のこと、私の師がある方から道場を一つ引き継がれた。その方は本格的に空手指導をするつもりで生徒募集をかけたのだが、思うように生徒が集まらなかったのだ。そこで仕方なく、その方の弟子筋にあたり、私の師でもあるNさんに後を引き継いでもらえるようお願いされた。


生徒がいないんです。なので、誠に申し訳ないですが活気をつけるために稽古に来てもらえませんか

と声をかけられた。その道場は、当時住んでいた家から近く、クルマで5分かかるかどうかの場所にある。稽古回数が増えるのは大歓迎である。そこで息子と二人で最初の稽古に出向いた。


その時の人数が私たち親子を含めて6人だった。師、小学生の女の子が二人、幼稚園の男の子が一人である。道場となった中学校の体育館はあまりに広く、初心者の3人はとまどってほとんど声も出ていなかった。幸い、息子は幼稚園児ながら、何ごとに対してもまじめにがんばるタイプである。彼が一生懸命声を出し、私も彼を見習って声を張り上げた。


つられて幼稚園の男の子も思いきって声を出してくれた。そんな状態で空研塾・富雄中学道場はスタートした。


やがて師はいろいろと忙しくなられ、自宅が近かった私が指導を任されることになった。子どもの数はすこしずつ増えていき、最盛期には30人ぐらいが通ってくるようになった。幸い、一般部の熱心な方がいつもご夫婦で指導を手伝ってくださった。


当初は体育館で稽古をしていたので、マットやバレーボールなどの備品もどんどん使わせていただいた。マットで前転や後転、側転、時にはちぃ〜てん、くうてんなども取り入れ、バレーボールを使った膝ぬきの稽古などにも挑戦してみた。


数年後、当時の師範代が辞めたときには、月曜日に富雄道場で指導し、木曜日と土曜日には別の場所で指導することもあった。何しろ急に師範代が辞めてしまったために、指導体制が整わなかったのだ。何人かいた指導員の中で、いちばん時間を自由にできるのが自由業(=自営業)の私である。ということで、一時は週に3回の稽古指導を受け持っていたのだ。


この頃、稽古を優先するか、仕事第一で行くかを悩んだ末、稽古を取った。結果的には、これが後々にボディブローのように効いてきたわけだが、稽古自体はとても楽しかった。


なぜなら小学生はとても素直で、稽古の成果が確実に出たからだ。持って生まれた運動神経の違いは確かにある。が、一人ひとりに対して、その子のことをきちんと見ながら教えてあげれば、うまくなる迄の時間こそ違うものの、必ずみんな進歩する。他人との比較ではなく、例えば半年前のその子との比較といった見方をすれば、みんな確実にうまくなっているのだ。


これがうれしかった。


誰が見ても「うまくなったなあ」という子どもがいる。でも、私が何よりうれしかったのは、私の目で見て半年前より確実に進歩している子どもたちだった。その進歩は、よその子どもと比べれば「えっ、どこが進歩したの?」というレベルなのかもしれない。でも、例えば柔軟体操でおでこさえ床につかなかった子が、いつかあごまで付くようになっている。


これは何もしなくてもできるようになることでは絶対にない。家でお風呂上がり(をすすめていた)か、テレビを見ながら(これもご推薦である)柔軟体操をしていたからこそ、できるようになったに違いないのだ。それを認めて、ほめる。その時の、子どものうれしそうな顔。


その、うれしそうな顔を見たときの、こちらの喜び。回し蹴りがうまくなる、二段蹴りができるようになる、受け返しができたり、組み手をして今までなら泣いていたところで、ぎゅっと唇を噛んでがんばれるようになったり。


そんな子どもたちの姿が、どれだけの勇気を自分に与えてくれたことか。仕事を断りがちだったために収入は激減したが、それを補って余りある宝物を子どもたちからもらった。自分が年老いているため身体がうまく動かない分、子どもたちにわかりやすいように説明を尽くすことを心がけた。子どもと話すときのポジションの取り方にも気を配るようになった。


それらすべてが、結局は自分の学びになることを教わった。私にとっての学びの場であった富雄道場を誠にもって残念なことだが、今年限りで閉めることになった。理由はいろいろあるが、それはいっても詮無いことである。一つの時代が終わったと自分の中で踏ん切りをつけるしかない。


ただ、子どもたちが私に与えてくれた数多くの財産は、おそらく死ぬまで私の宝物として体の中にどこかに留まっていくことだろう。空研塾・富雄道場に来てくれた皆さん、本当にありがとうございました。



昨日のI/O

In:

『和子の部屋』阿部和重

Out:

ブックレビュー

Cmex講演原稿

昨日の稽古:

加圧ウォーキング、懸垂

2011-12-26 まさかの火事騒ぎ

[]家の前に消防車


消防車が7台


仕事場から歩いて家に戻る途中、一方通行の通りを消防車が逆走してくるのが見えた。その時、歩いていたところと消防車が向かってくる間に、私の家がある。と、さらにサイレンの音。


今度は大通りから消防車が入ってきて、私を追い越して家の方に突っ走っていった。サイレン鳴らしっぱなしである。またかいな、と思いましたよ、最初は。つい一カ月ほど前にも家の近くの居酒屋で、ちょっとしたぼや騒ぎがあったばかり。


その時は店のガス栓を閉め忘れていたとかで、ガスのニオイが漏れ出し、隣のマンションの住民が通報したという。狭いとおりに何台も消防車が入ってきて、結構な騒ぎになった。もちろん結果的には何もなくて良かったわけだが。


で、またかと思ったら、どうも様子が変である。私たちに向かってくるように通りを逆走してきた消防車が家の近くで停まっている。もう一台、大通りから曲がってきた消防車も、私を追い越すと家の付近で停まっているではないか。まさか!


走っていくと、うちの前に消防隊員が集まっていて、ホースを伸ばしている。が、もちろん火は出ていない。


「何ですか?」

「屋上から火が出ていると通報がありました」

「はあ?」

「近くのマンションの住民からの通報です。屋上を見せてください」


何がどうなっているのか、わけわからない。屋上で火を出しそうなものがあるとすれば、旧式ガス・ヒートポンプ式冷暖房機の室外機だ。でも、これは最近メンテナンスをしたばかりだ。あと、燃えそうなモノは木製の犬小屋があるが、そもそも屋上には人が上がることができないはず。


消防隊員と一緒に、一気に屋上まで駆け上がってみると………。炎などはどこにもない。当たり前だけれど、ホッとする。見間違いがあるとすれば、室外機から上がっている蒸気を煙と間違えた可能性はあるはずもない。だって、まわりに建っている他のビルの屋上にある室外機も、みんな同じように蒸気を吹き上げている。


消防隊員さんも納得である。


で、階段を下りていくと、今度は警察の方がお二人。とりあえず現場検証をさせてくれと。この方たちは「屋上は消防が確認したんですね」とたずねられ、「ええ」と答えると納得して下りて行かれた。


と思うと、続いてまた別の消防隊員が「火災受信機を見せてくれ」と。わが家は元々、商業用のビルだったために火災報知器があり、非常用階段の表示灯があり、さらには居室内に火災受信機まであるのだ。これを確認して帰る必要があるといわれて奥の和室にご案内。


どこをどうチェックしても何ごともない。ということで、納得してお帰りになられた。今回初めて知ったのが、消防車一台ごとに現場調書を書かなければならないらしいこと。出動記録なのだろうが、ご苦労様である。


それにしても、どこの、どなたが見間違われたのだろうか。消防の方は「通報者確認できるか?」「いや、携帯電話からやったらしいから無理ですわ」みたいな会話をされていた。


という暮れの一騒動でした。あ〜びっくりした。そして、何ごともなくて良かった。もっとも、お尻に火が点きそうな原稿は何本か抱えているので「お前、はよ書かんと、燃えてしまうぞ!」という警告だと受け止めることにしよう。


これで、またまた災い転じて福となすのだ。



昨日のI/O

In:

デフレの正体』藻谷俊介

Out:

マーケティング本見本原稿

昨日の稽古:

2011-12-16 気持ちの向かうところ

[]人の幸せを祈る人


一等賞:交

二等賞:決

三等賞:昇、暖、礼、


昨夜、ちょっと変わった忘年会、いや望年会が開かれた。今年を忘れるための会ではなく、新たな年を望む会である。主催者は、以前にもご紹介した曽和さん。忘年会一つとっても、人とは違う発想をする人なのだ。


しかも、この望年会には特別の企画が用意されている。自分が来年に期する思いを込めた漢字一文字をあらかじめ考えておき、会場で色紙に墨書、その意図を参加者にプレゼンするのだ。これが盛り上がる。宴の最後には全員が書いた文字を並べてあれこれ見比べ、どれが良いかを投票で決めるのである。イベント企画のプロならではのすてきなアトラクションだ。


その結果が、冒頭の通りとなった。


各自がそれぞれに思いを込めた一字である。私は『幸』に一票を入れた。なぜなら、この一文字に込められた想いに心を洗われる気がしたからだ。『幸』と書いたのは女性である。


その方は、自分の人生はこれまで順風満帆、幸せに満ちていると想われてきたそうだ。ところが、今年は思いもよらぬことがいろいろあり、幸せのもろさに気づいたという。だから、改めて新しい年は幸せになりたいとコメントされた。


ここまでは極めて真っ当なことであり、これだけならこの方の『幸』よりも他の方の文字を評価したかもしれない。ところがこの女性のプレゼンにはまだ言葉が続いた。うろ覚えだが次のような内容だ。

願うのは自分の幸せだけではなく、周りにいる方、関わりある方みんなが幸せでありますように

確かにこうおっしゃったのだ。


この一節を耳にしたとき、気持ちがふわっと軽く、そして温かくなったような思いがした。それがなぜなのか、しばらくわからなかった。だが、自分が発表したことを省みて、さらに他の方たちのスピーチを聞いているうちに、気持ちを和らげる温もりの正体に気がついた。


みんなが語ったのは、自分の、あるいは家族の、あるいは自社の来年の希望や理想だ。ところが、この方が書いた『幸』には、大勢の参加者の中でただ一人だけ、自分のみならず自分が関わるすべての人への想いが込められていた。その優しさ。それでなくとも、今年は余りよいことがなかったと言いながら、一年の最後には、来年の人の幸を祈る。


そんな人がいたことに対する喜び。そんな人と出会える機会を得られたことに対する感謝。いろんな思いに気づくことができた、とてもよき望年会だった。


そんな出会いを創ってくれた曽和さんに、まず感謝である。

そして優しい気持ちを教えてくれた西村さん、本当にありがとうございました。教わりました。



昨日のI/O

In:

『図解よくわかるこれからのマーケティング』金森努

Out:

P社取材メモ

商工会議所イベント取材メモ

昨日の稽古: