【インタビュー記事】「呑む、ひととき」を作る京都の酒器工房 今宵堂 上原 蓮さん 梨恵さん

今宵堂 上原 連さん、梨恵さん


今宵堂とは、京都の小さな町家にて、夫婦ふたりで営んでいる職住一体の酒器工房。
仕事から帰って、ひとり小酔の晩酌。気の合う仲間との楽騒なる酒宴。
そして、大切な人とふたりきりで呑んで過ごす、ゆっくりとした時間。
そういった暮らしの中にある「呑む、ひととき」のための器(徳利や盃、肴を盛るための小皿など)を制作している。
http://www.koyoido.com/

■今宵堂が酒器づくりをはじめるに至るきっかけ

−まずは、今の活動に至る経緯を教えてください。

連さん:もともと僕たちは別々の仕事をやっていたんですよ。彼女は大学でスペイン語を勉強していて、僕はゲーム制作会社でデザインの仕事をしていました。
それで彼女は卒業して、僕は仕事を辞めて、お互い京都にあるろくろの訓練校に入学したんです。そこで同級生として出会い、結婚をして、二人で窯を京都にもったという感じです。

−梨恵さんはスペイン語の勉強を、連さんはゲームの制作をしていたんですね。
 一見陶芸とは縁がないような気がしますが、どのような経緯で陶芸をやろうと思ったんですか?

梨恵さん:私は就職活動を控えた三回生の秋、自分が夢中になれる仕事ってなんだろう、と考えるようになりました。
スペイン語は好きでしたが、正直仕事に繋がるほどのレベルではありませんでしたし、「語学」という分野は、あまりにも曖昧なものに感じました。
それよりも、私が研究していたスペインの建築家アントニオ・ガウディのように、生涯打ち込める仕事を見つけたかったのです。
ものづくりがずっと好きだったこと、大学が京都だったこともあって、日本が誇る伝統文化「やきもの」に興味を持ちました。
その後、京都の陶器店に内定をもらいましたが、やはり作り手としての技術を若い内に身に付けたくて、ロクロの職業訓練校を在学中に受験し、運良く合格しました。

連さん:僕は実家が福岡なんですけど、親が焼き物をやっているんですね。大学ではデザインや広告の勉強をしていたのですが、長年親のものづくりを見ていてやはり将来は焼き物がやりたいと思ったんですね。
 ただ、すぐに焼き物をやるのではなく一度社会で働くという経験をしたかったので、何年か働いてから焼き物をやろうと思っていました。
 そこで、僕が就職活動をしている当時、デザインやテクノロジー業界で一番面白そうだったのがテレビゲーム業界だったんです。

−なるほど。それでは陶芸の中でもなぜ酒器に特化して作品づくりをしていこうと思ったんですか?

連さん:焼き物屋さんをされている方って日本全国すごいたくさんいるんですね。その中で、僕たちはあまりみんながやっていないようなことをしたいって思っていたんです。
  そこで僕たちの場合は、お酒を飲むこと・おいしいものを食べることが好きだったんですね。特に僕は学生時代からお蕎麦がすごく好きで、20代にお蕎麦屋巡りをしていたんです。
  お蕎麦屋さんってお蕎麦を食べるのと同時に、程よいおつまみを口にしつつ酒を飲むおじさん達の憩いの場でもあったんですね。また僕たちの父の世代は、家でも食事の前に晩酌を
  普通にしている時代だった。僕はお蕎麦屋での雰囲気、晩酌の雰囲気がすごく好きだったんです。だからこの文化をおじさん達だけのものにするのはもったいないなと思って、
  そこで晩酌のための器をつくって、もっといろんな人が味わってくれればいいなと思ったのがきっかけですね。


■酒器づくりを通して、多くの人々に晩酌という文化・時間の楽しさを伝えたい

−次に、作品を作る上で心がけていること、ものづくりに対する想いを教えてください。

連さん:私たちの器は、この器を一つ買ってこの良さをしみじみと感じてもらうというよりも、日々の暮らしの中でお酒を飲むってことを楽しんでもらう道具の一つだなって思っています。
  だから私たちは酒器づくりを通して、晩酌、お酒を飲むって言う楽しさを生活の中に取り入れていって欲しいなと思っています。
  陶芸家さんって言われる人たちって、一つの焼き物をつくる時に、自分の個性を込めて作るじゃないですか。その個性を買ってくださいっていう感じだと思うんですけど、
  僕たちは個性をなくすというか、いろいろなものをつくります。陶器でも磁器でも何でも作りますよ。
  それはさておき、、私たちはなぜ自己主張せずにいろいろなものをつくるかというと、人の好みがさまざまだからなんですね。
  立ち上がった酒器が好きな人もいれば、平たいものが好きな人もいる。お客さんとここで話しながら、飲みながら聞いたりして、カタチが決まっていったりすることが良くあるんですね。
  僕たちはお客さんに何かを伝えたいっていうよりも、お客さんに晩酌という文化・時間を最高に楽しんでもらいたいんです。そう思いながら、日々酒器づくりに励んでいます。


■日本の魅力:食文化の多様性

−それでは日本のものづくり、食文化に深く関わっている中で感じる日本の魅力について教えて下さい。 

連さん:世界で見てもそうですけど、日本って小さい国ですよね。でも、その中で地域ごとに環境の差があり、独自の文化、習慣がある。
  そして食べるもの、飲むものも大きく違うんです。こんなに小さいのにそれぞれの土地で全然違う「食文化の多様性」がある。これは魅力的だなと思います。
  日本酒を例にとると、鹿児島以外には全国日本酒の蔵があるんですけど、地域ごとに少しずつ味が違ってるんです。
  例えば、滋賀県って海がないんですね、だから昔から川魚を食べるんですよ。それで、川魚って海の魚に比べて臭いんですよね。だから、その臭みをとるために、
  滋賀県のお酒って濃い味なんですよ。逆に、海側のお魚がおいしい地域は、魚のうまみを引き出すようにすっと飲みやすい味になっていたり、考え出すと
  地域の食とお酒って本当に多様で非常に面白い関係なんですよ。
  
  私たちは、全国いろいろな地域で展示会を行っているんですけど、今まで岡山、京都、福岡、北海道などで活動しました。
  そこでは、その土地ごとにお酒も食べるものも違うので、その地域の食文化に合わせて企画を立てて、酒器やおつまみの器を制作するんです。
  去年、静岡で開催した展示会があるんですけど、静岡って言ったらB級グルメがたくさんあるんですね。
  例えば、富士宮焼きそばっていうのが有名だと思うんですけど、他にもいろいろあって。ここでは『肴(あて)のある街』というテーマで開催したんですけど、
  静岡のいろいろな肴を調べて、それに合わせて作ったんですね。





静岡での展示会 『肴(あて)のある街』の作品

  今度は山形でGWに行うんですけど、山形はお蕎麦の多様性が面白い地域なので、そばちょこに限って企画を立てようと思っています。
  それぞれの土地ごとに、その食文化を調べて、作るものと企画を構成していくんですけど、こんなことをできる食文化の多様性は日本の魅力だと思いますね。




山形での展示会 『山形蕎麦猪口物語』のポスター


■日本全国、世界でも晩酌の楽しさを広く伝えていきたい

−上原さんたちは、今後どのような活動をしていきたいと思っているんですか。

連さん:どの土地にも独自の興味深い文化があるので、各地方都市の食文化を器で表現したいと思っています。全都道府県を制覇したいですね。
  僕たちは器づくりしかできないので、それを通じてその土地の魅力を発信したいなと思っていて、展示会がその一つの手段なんです。

−梨恵さんはスペインで活動されていたことですし、やはり海外へも広めていきたい気持ちはあるんですか。

梨恵さん:そうですね。日本の文化のおいしいものの中でも最たるものが日本酒であると思っているので、ワインやビールが世界中に広まっているように
  日本酒でも同じような流れが生まれてくるといいなって思いますね。その時に、酒器も一緒に広めていきたいと思っています。
  欧米では日本酒は高級酒の部類に入っていて、レストランでウェイトレスがワイングラスに日本酒を注ぎ、お客さんがそれを飲むっていうことが多いんです。
  でも日本での日本酒の楽しみ方は違いますよね。もっと庶民的で、おちょこだったり徳利があって、お客さん同士がお互いに注ぎ合う。
  私は、その行為も日本の文化だと思うんですよね。コミュニケーションの文化ですね。
  なので、それらを合わせて何か楽しい企画ができたらいいなって思いますね。


■学生へのメッセージ

−最後に、学生に対するメッセージをよろしくお願いします。 

連さん:学生時代は、気になったことをすごく一生懸命やってみる時間だと思うので、損とか得とかよりもやりきることがいいと思います。
  気になったこと、面白いとおもったことをかっこつけず素直になってやればいいと思いますね。
  また、自分の考えが一番正しいと思わず、でもしっかりとした信念を持つことも大切だと思います。
  あの人が言っていることも正しいのかなって思えるといろいろな価値観が見えて、視野が広がると思います。
  自分の住んでいる土地の食文化、日本酒についてちょっと調べてみると面白いかもしれないですね。