東のエデン

 大変お久しぶりの更新です。失礼いたしました。
 
 本は読んではいるのですが、どうも心は庭弄りに向かっており、うららかな中にも、茫漠たる時が流れています。
 簡単にいうと、脳みそつるつるです。何を読んでも上滑りする反面、葛藤や問題意識も浅く、「不幸になりにくい」状態を感じます。

 さて、そんな中ですから、軽く入るものと言えば漫画ですが、その中でも私のお気に入りは杉浦日向子さんのものです。
 一番最近手にしたのは、「東のエデン」ですのでこれを紹介します。

 この作品は、江戸人を明治に放り出して泳がせてみるのが有体に言えばひとつの骨です。
 杉浦さんは自らを「江戸人」であるとし、他の作品でも、この作品でも非常に直接さと婉曲さの入り混じった否定的な文明批評を現代に投げかけます。「自由な個人」などと言うものは実は現代に得られたものではなく、江戸時代が終わるとともに滅びたのだ、と言わんばかりです。

 彼女の描写する江戸時代は人物も事物も生き生きしており、せりふもよく、余人の真似のしがたい世界です。絵も不思議なタッチですが、よく読みこむと感動的なまでに巧い絵なのです。

 明治を迎え、身分を尾を引きずりながらも新時代の知識を身につけようともがきつつ、青春を謳歌するさわやかな作品です。 

 この作品では「とのさん」(公卿の若様が英文学生になって勉強しているキャラ)が際立って光っています。寸鉄を身にまとわず、自然体で難をかわし、貧困でも品位を失わない「すべ」をわきまえ、世間知らずのようで世知を知り尽くしているキャラ。彼女は公家を描く作品よりも江戸文化や江戸の町人や武士を巧みに描くイメージでしたが、公家と言う存在を生き生きと描くのは意外でした。
 
 この作品に対して、幕末の最後の最後を描く、彰義隊をテーマにした「合葬」は暗い作品です。これが杉浦日向子の作品か、とすら思いました。絵は凄みがあり、巧い。しかし、何の救いもないひとつの時代の終わり。同じ青春群像でも、ここまで明暗を描き分けるかと思うと、彼女の「江戸時代」が明治と言うかたちで終わったことに対するルサンチマンすら感じます。

 私は彼女の作品で読んだものでははずれと思ったものはひとつとしてありません。エキセントリックすぎるものもありますが、ドラマツルギーもしっかりしており、人物描写も的確で背景になっている哲学も骨太いです。

 彼女が故人であることが、私には残念でなりません。

合葬 (ちくま文庫)

合葬 (ちくま文庫)

 私はこれらのほかに「百物語」や北斎を廻る人物像と風俗を描いた「百日紅」が好きです。