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2016年04月18日

社会人は社会悪ではないだろうか

 少子高齢化社会真っ只中。育児、教育、労働、日本人の生き方の見直しが求められ。一億総活躍社会ホワイトカラーエグゼプションなど国として労働のあり方を定めようと議論されている。職人業である僕にはそんな話とは無縁なんだろうなぁとも思いながらも漠然と、もっと住みよいいい社会になればよいのだが、と願うのだ。

 月曜の朝は会議があって、現状報告と今後の課題や対策を話し合うのだが。近頃、睡眠不足気味で眠気と自律神経の失調によって心身ともに落ち込んでいた日曜日、寝るぞと11時頃には布団にもぐった。しばらくはレシピ本を読みながらおいしいごはんの想像を膨らませ気を紛らわせる、しばらくして眠る。朝、目覚ましアラームよりも先に目が覚めるも、ふとんの中でじーっとする。飽きたら朝食を食べ、いつもより早く出社した。

 ここ半年ほど職人のクセに、まずはデスクでパソコンをカタカタと操作するようになった。古き製造業者の悪習、ペーパーワークに嫌気がさして自らデータベースを構築して管理しはじめたのだ。それは置いといて、月曜は会議があるのだが。よく寝たせいか頭が冴えていたのか、経営側と社員側という対立で社員側(代表として私ひとり)真っ向から論戦を繰り広げ2時間ほど会議を続けてしまった。結果を出せていないのに残業を減らせというのは確かにムリがあるし、甘いこと言ってんじゃないよと言われても仕方がない。わかってる。そういう議論のなかで、そういう考えは社会人としてどうなのとか、意識が学生のままとか、そういう発言があった。それに続いて自動車業界では残業なんてあたりまえ、ホワイトカラーは残業あたりまえ。そういったあたりまえの列挙、あるべき社会人像に対して僕はつい「昭和ですね」と言ってしまって、経営陣側はびっくりさせてしまって、あちゃーと思ったが。経営者が思う社会人ってのは社員に甘え過ぎではないだろうか。昔のように男だけが朝から晩まで仕事してりゃいいってもんじゃない時代なのに、それが普通という前提の会社で、そういう会社に尽くす社会人像ってのが社会悪の根源にあるんだろなぁと感じた。現状から変わる気も変える気もないのだ、そんな月曜の朝でありました。

 ホワイトカラーエグゼプションの議論でも日本の正社員や管理職の就労形態が日本の生産性向上の足枷となっている現状が指摘されている。仕事の責任の範囲が曖昧で、できる人の仕事はどんどんと増え、できない人はできないままなんの問題もなく過ぎていく。仕事をする上で生産性というものを計る基準は全体の結果からしか分からず、一人一人の生産性というものをまったく考えていないのだ。例えばできる人とできない人の二人が、いつまでたっても2人分の仕事を2人でやり続けるようなやり方であったり、仕事量の比率は1.5対0.5でもなんでもいいのだが、2人分の仕事を1.5人でも出来るようしなければ生産性の向上とは言えないし、いつまで経っても残業はなくならない。さらにはホワイトな仕事はなんかは、よくわからん多重下請け構造でもって生産性の上げようもなく、2人でする仕事を10人ぐらいでやるような絶望的な状況となってたりするようだ。組織は常に最適化されていかなければならないのに、それを計るすべがないし計る気がないのだ。同一労働同一賃金が徹底されればこういうこともなくなっていくのだろうか。

 生産性、まあ伝統産業と言われるような中小製造業なんかは根性論でそんなもん計る暇があったら仕事をして生産性を上げろと習慣的にやっているところがあるんじゃないだろうか。今はそんな必死な時代でもなしに、労働時間は程々に多様化した価値観と生活の維持のためにも我々はもっと冷静に仕事を成さねばなるまい。根性とかではなくて、明確な目標や数値、それを割り出す仕組みと組織が必要だ。僕の仕事は職人業はほどほどにそちらに力を入れている。先に言ったデータベース構築もそれで、生産量の計測と生産計画をなんとかして立てたいのだ。僕自身はまったく計画性のない人間なのであるが、仕組みを構築するのは好きで、工場運営もほぼ任されているので自由にやらせて頂いている。僕がテコ入れする以前より感覚的には少なくとも倍は生産性が向上した気がするのだが、以前の数値がまったくわからないので計りようがなくなってしまった。それでも残業はなくならない、生産性は確実に向上しているのでさすがに残業に継ぐ残業、スーパー残業はほぼ無くなって非人道的ともいえる労働環境はなくなったと言えるが、まだまだ改善の余地があり、それを一つ一つ対処するのが仕事となってしまった。経営陣はそういうことがまったくする気がないので、頼る者がなく1人で考え、ああしましょう、こうしましょうと訴え変え続けていくのには結構疲れる。

 僕は美大出身者で、作家よりも製造業を選んだのはこういう経験の方が貴重で価値があるなぁと思うからというのがあった。作家は基本的には1人なので、1人でできることしかやらないし考えないもんだ。そうではなくて、組織としてより良いものを多くの人に届けられるならば、僕にとってはそれが嬉しく思う。作家になって解ってくれる人にだけ解ればいい特別なものではなく。より多くの人が使うより良いものを作って届けたい。そして、そのような製品はよい労働環境と朗らかな心で作られてほしいもんだと願って、寝ます。

2016年02月15日

価値あるもの

 今あなたが価値あるものだと思って大切にしているものは、全て未来が存在するという前提において成り立っている。

 もし、あなたには明日がないとすれば、それらの価値はどこにあるだろうか。それを証明するものはあと一つだけ存在する。

 あなたが大切に思っている者が未来を生きるということ。その者のために大切なものは未来へと継がれるだろう。

 その二つの理由よってのみ、価値は存在しうるだろう。