Hatena::ブログ(Diary)

翡翠輝子の招福日記

2017-04-30

最高のタイミング

あしかがフラワーパークに行きたいと思ったのは20年も前のことです。
地下鉄の駅のポスターで満開の藤の花を見て、なんてきれいなんだろうと思いました。でも、その時の私は締め切りから締め切りに追われる日々の連続で、藤の花が咲く4月末から5月にかけてはゴールデンウィーク進行の真っ最中。とても足利まで出かけるゆとりはありませんでした。

占い原稿がメインの仕事になり、スケジュール調整ができるようになって、あしかがフラワーパークに行くことができました。2年前のことです。連休明けに行ってみると、藤の花は終わりかけでした。
そして、今年は連休前を狙ったのですが、少し早すぎました。

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藤の花は満開少し前ですが、晴天が広がり気持ちのいい一日でした。

連休前でもJR上毛線はけっこう混んでいましたし、フラワーパークも大盛況。世界の夢の旅行先9カ所に選ばれたこともあり、海外からの旅行者も団体でやって来ていました。

前回、パーク内でバーベキューがおいしそうだったのですが、昼食を済ませた後だったので「次はぜひ」と思っていました。

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4月下旬の気持ちのいい日、花を愛でる人々をながめながら肉や野菜を焼くと、しみじみ幸せな気持ちになりました。

そしてフラワーパークの前夜は、小山(おやま)に宿泊。日帰りも可能だったのですが、非日常感を味わうために一泊旅行にしました。

ビジネスホテルでもらった地図を頼りに訪れた居酒屋が最高でした。
旅先で居酒屋を選ぶ際の基準は「吉田類だったらこの店に入るかどうか」。その土地に根付いた個人経営っぽい店を狙います。

小山の居酒屋「家庭料理よかよか」は、ご夫婦で切り盛りしており、おかみさんは新潟出身
新潟から送られてきた魚介や味噌、日本酒、そして地元で採れた山菜料理。他にお客さんがいなかったせいもあり、まるで田舎の親戚を訪ねているかのように歓待されました。

締めに鮭おにぎりと味噌汁を頼むと、おかみさんはおもむろに鮭を焼き始めました。「おにぎり一個のために鮭を焼くんですか」と声をかけると「だってそのほうがおいしいでしょう」とのこと。
鮭おにぎり180円なんですけど…。
そして味噌汁には、あさりがどっさり入って、なんとも豪華なおにぎりセットとなりました。
常連になりっこない一見の客にここまでサービスするとは。

あしかがフラワーパークの後は、念願の足利学校も見学でき、充実した旅でした。
次は、藤の花のライトアップを観たいし、宇都宮まで足を伸ばしてみるのもいいかも。
旅に行けば行くほど、次に行きたいところが増えてきます。
思い立ったが吉日、どのタイミングでも、それが最高のタイミングです。

2017-04-27

地獄があるから、天国がある

毎年4月に思い出すのは、「これから延々と学校に通わなくてはいけない」という絶望感です。

私は学校が大嫌いでした。みんなと一緒に同じことをやるのが嫌い。つまらない教科書で勉強するより、好きな本を読んでいたい。
そんなひねくれた子供だった私が、外国人相手とはいえ、教師になってしまいました。向いていないから辞めたいと何度も思ったのですが、成り行きでずるずる続けています。

そもそも、毎日決められた時間に会社通うのがいやだから、自由業になったのです。
フリーランスのライターという職業は、「みんな同じ」じゃなくて、人とは違うおもしろい原稿を書くことが求められます。それが性に合ってずっと続けてきました。
ネットが普及していなかった時代は、取材に飛び回ってぎりぎりに原稿を書き上げて終電で編集部に出向き、入稿してタクシーで明け方に帰宅という生活を続けていたのですが、そのうちメールで入稿できるようになり、占い原稿がメインになると取材に出歩くことも少なくなりました。

自宅にこもって、適度に仕事をして、好きな本を読んで気分転換にスポーツクラブ。理想の生活です。

それなのに、何を血迷ったのか、副業で日本語教師を始めてしまいました。
教師という仕事は、必ず授業時間にその場にいないといけません。電車が遅れることもあるし、授業準備もあるのでゆとりをもって学校に着くようにしています。朝のシフトに入ると、寝坊して遅れるのが怖くて、早朝に目が覚めます。学生は遅刻できても、教師の遅刻なんてもってのほかです。

私が望んでいたのと対極の生活です。日曜日の夜になると「明日から学校か…」と暗い気持ちになります。「やめたら、どんなに楽になるか。いっそのことやめてしまおう」と何万回も思いました。

それでも続けているのは、「今週はこれで終わり」という解放感が何物にも替えがたい大きな喜びだからです。シフトを週の前半に集中させているので、水曜日の夜は最高の気分です。

ジョージ・バーナード・ショーの名言。
A perpetual holiday is a good working definition of hell.
永遠の休日とは、地獄の実際的な定義である。

地獄がなかったら天国もなくなるのでは。
日本語学校をやめて楽になったら、幸せになれるかというと、ヒマを持て余して余計なことに頭を突っ込んで社会からつまはじきにされたり、昼間から飲んだくれてアルコール依存症になるのがオチです。

休日を楽しむために、あえて平日はハードに過ごしてみる。
毎週、地獄と天国を行ったり来たりの日々です。

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天国といえばここ、横須賀中央の昼から飲める居酒屋です。残念ながら読みは「てんくに」ですが、三浦半島に遊びに行った帰りに寄るのが何よりの楽しみです。
のれんをくぐるとボブ・ディラン名曲「天国の扉」が頭の中で鳴り響きます。

2017-04-23

ブルーにこんがらがった一年間

ボブ・ディラン渋谷オーチャードホールのコンサートからちょうど一年。

忘れもしないコンサートの夜。チケットはかなり前に予約したもので、当日はカウチサーフィンでスペイン人作家をホストしているし、翌日は日本語学校の授業という切羽詰まった夜でした。
「明日の授業はうまくいくか」「学級崩壊になったらどうしよう」と不安を抱えながら、ディラン先生の歌に耳を傾けました。

私がこんな面倒な人生を生きるようになったのは、ディラン先生の影響です。
圧倒的な言葉の力を見せつけられ、自分も言葉を使う仕事がしたいと強く願いました。
小説家詩人になる才能はなかったから、雑誌のライターとなり、それだけでは飽き足らず、外国人に日本語を教える仕事にも就きました。

ディラン先生の曲でどれか一曲を選ぶとなると迷いますが、『ブルーにこんがらがって(Tangled Up in Blue)』です。
なんといっても、歌詞がすばらしい。「10年の人生を、2年かけて書いた」とディラン先生は解説しています。そこはまあ、ディラン先生ですから現実とフィクションも交えての人生です。

「既婚女性と恋に落ち、彼女が離婚したから二人で西部を目指したけれど、暗くて悲しい夜に別れた」
"Split up on a dark, sad night"という歌詞にぐっときました。
「そして、数多くの女性に会ったけれど、彼女のことが忘れられない」
"I seen a lot of women,but she never escaped my mind"

先日、NHKの「世界はいりにくい居酒屋」でニューオーリンズの「ぬるいビール・まずい食事・不親切な接客」という店が紹介されました。
店のオーナーが客の漁師とともに漁に出ます。そこで「ここはボブ・ディランの歌にも歌われている」という説明が!

そう、こんな歌詞です。

しばらくコックをやっていたけれど、仕事は好きになれないし、クビになる。
ニューオーリンズに南下して、たまたま雇ってもらって漁船で働いた。ドラクロワ島の沖で。
So I drifted down to New Orleans
Where I was lucky to be employed
Workin' for a while on a fishin' boat
Right outside of Delacroix

去年、ディラン先生は欲しくもないノーベル文学賞を受賞し、大変な一年だったでしょう。

私も仕事人生で最もハードな一年でした。
心労で痩せるというのは本当でした。授業の前はがちがちに気緊張して、職員室でランチを食べている先生を見て「よく授業の前に食事ができるものだ」と思ったものです。
授業が終わったら終わったで、「あそこをああすればよかった、あれは失敗だった。次の授業はどうしよう」という思いが渦巻いて食欲は落ちる一方。ヨガ学校の通い断食をやっていたときより痩せました。

今でもまだ慣れたとはいえないのですが、とにかく一年を生き延びて、次の一年を迎えました。

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祖父の出身地、愛媛県大島の漁村。私の祖先もこんなサイズの船で漁に出ていたのでしょう。
瀬戸内海の難所である来島海峡を知り尽くして水先案内もしていた村上水軍の血が私にも流れているのなら、こんがらがった人生をなんとか乗り切っていけるはずです。

2017-04-20

ここではないどこかで国の光を観る

天海玉紀先生がJALの「どこかにマイル」で石垣島までひとっ飛び!

なんと、4つの候補地のどこになるかを公開占いに!

《チャレンジャーゆる募♪》自分のことを占うのは難しい…
http://lady-joker.com/20170404-diary/

候補地は、広島石垣長崎、高松の4つ。タロットと易で占います。
易は、広島が山火賁(さんかひ)二爻、石垣風水渙(ふうすいかん)の二爻、長崎が山天大蓄(さんてんたいちく)の三爻、高松が地雷復(ちらいふく)の初爻です。

そして、見事に的中させたのが夏瀬杏子先生。
杏子先生の見立て。

易で選ぶなら私だったら石垣島に一票。風水渙は飛び散らす卦、悩みや疲れがふっとぶ旅行になるよ☆

当てたこともすごいのですが、はずすことを恐れずに明言する勇気に脱帽です。
(私は勇気がなくて参加しませんでした。)

そして、玉紀先生の解釈。

山とか地がずらっと並ぶ中、ぽつんとひとつ「風」だけが、目立ってててひとつだけ仲間はずれじゃん。あ、きっとこれだよ。と言えませんか?おまけに、飛行機は風のように水の上を飛んでいくじゃありませんか。(ああ…ぜんぶあとから気がついたあとづけ超解釈…)

うんうん、まさにそうなんです。
易の八卦「風」は遠方。飛行機に乗る距離なら「風」です。そして旅立ちは羽田ですから、まさに水の上を飛んで行きます。

山火賁や山天大蓄は、飛行機の旅というより登山です。山天大蓄は高島嘉右衛門が「山の中に大きな蓄えがある」と釜石に鉱脈があることを予知した卦です。

そして地雷復は、陽が伸びる卦ですから、一見よさそうなんですが、易経の英訳のBooks of Changesでは"Turning Point"であり"Return"。初爻の爻辞は「遠からずしして復(かえ)る」ですから、遠くにいかないうちに引き返します。飛行機に搭乗しても飛び立たなかったり、天候不良で引き返すイメージです。

となると風水渙しかありません。
しかも二爻。二爻を変じると風地観となります。風地観は「国の光を観る」、観光の語源となった卦です。これ以上ふさわしい卦があるでしょうか。

と、あとづけだらけ。あとづけなら何でも言えます。改めて杏子先生はすごい。

それにしても、「どこかにマイル」、本当におもしろい。
目的地が決まっている旅もあります。今月は祖父の出身地である愛媛の大島へ行き、来月は酉年巳月ですから丑の方位で巳酉丑の三合を取るため、仙台へ行きます。
でも6月はどこへ行こう? どこかへ行きたいけれど、どこでもいい。ここではないどこかなら。

選択肢が多すぎると選べません。
日本国内でも行ったことのないところは無限にあります。「どこでも行ける」となると迷って決められません。
『選択の科学』のジャム実験のように、あまりにもたくさんの種類のジャムが売り場にあると、選べないのです。24種類のジャムを並べるより、6種類のほうがよく売れます。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20161201/1480580010

4つの選択肢からどこかに行ける。この絶妙の匙加減。願わくばJALが「どこかにマイル」をずっと続けてくれますように。

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広島行きのJAL機内から撮った富士山

2017-04-16

選ぶ人生、選ばない人生

先日の旅は、羽田から広島へ飛び、呉に直行しました。
この世界の片隅に』を見て、どうしても呉に行きたくなったからです。

駅前には、ロケ地マップが貼り出されていました。すずさんが嫁いだ北条家はどのあたりだろうと、山を見上げました。

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この世界の片隅に』では、すずさんと義姉の径子さんが対照的に描かれていました。
請われるままに広島から呉にお嫁入したすずさん。夫となる周作は軍法会議所の録事です。文官ですから出征する可能性は低いし、当時の呉は東洋一軍港として栄えていましたから、すずさんのお父さんは良縁だと考えたのでしょう。
結婚と同時に舅姑と同居で家事を任され、小姑の径子は出戻ってくるし、すずさんにとっては気の休まらない毎日でしょう。「私はよく人からぼうっとしていると言われる」というすずさんも、髪の気が抜けるほどのストレスです。

義姉の径子さんは、お父さんの再就職のお祝いの時計を買った時計屋さんと結婚して二人の子供ができましたが、病弱なご主人に先立たれます。時計店は壊され、義理の両親に長男を連れていかれ、長女を連れて実家に戻ってきます。

径子さんのせりふ。
「ねえ、すずさん。わたしゃ好いた人に早う死なれた。お店も疎開で壊された。子供とも会えんくなった。ほいでも不幸せとは違う。自分で選んだ道じゃけえね」
そして、すずさんにこう言います。
「周りの言いなりになって知らない家に嫁に来て、言いなりに働いて、あんたの人生はつまらんと思う」

そう、たしかに。
現代に生きる私たちは、選択肢があるのだからちゃんと自己決定すべきだと考えます。
すずさんの生きた時代、径子さんのように自分の道を選べる人は少数で、ほとんどの女性は周りの言いなりになるしかありませんでした。女性が自由に道を選べるようになったことは、喜ばしい進歩です。

でも、自分で選ぶのは本当にむずかしい。常に「これでよかったのか、選ばなかったほうの道がよかったんじゃないだろうか」という気持ちにさいなまれます。「もっといい結婚相手が現れるかも」と思うと婚活はいつまでも続きます。

選択肢の数が多すぎると、決められません。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20161201/1480580010

結婚で住む街も仕事も名字も変わったすずさんは、すべては夢ではないかと思います。それでも夫の周作さんに親切にしてもらって、友達もできて、夢なら覚めないほうがいいと言います。
周作さんの返答。
「過ぎた事。選ばんかった道。みな覚めた夢と変わりゃせんな。すずさん、あんたを選んだんは、わしにとって多分、最良の現実じゃ」

戦争に翻弄されたすずさんの人生は悲惨なようでいて、夫にここまで言ってもらえるのは幸せなことだと思います。

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