小野俊介 サル的日記

いや、その、サル的なヒトだから・・・

お医者さんには幕の内よりもうな重がお勧め

実はサル的なヒト、ある月刊誌のコラムの連載を持っているのだ。 そして月末、つまり今日がその締切日である。 しかし、賢明な読者の皆さんは容易に想像がつくと思うが、サル的なヒトは現時点で一文字も原稿を書いていない (キリッ)。 何を書くかまったく決めていない。 アイデアさえも思い浮かばないのである。 

にもかかわらず、このヒトは、こともあろうに一銭にもならぬこんなブログなんぞを書き始めてしまった。 現実逃避にも程がある。 というか、現実逃避の方向を完全に間違えてるぞ、自分。 せめて、急に部屋の掃除を始めるとか、大学に住んでる野良ネコを触りに行くとか、そういう方向の現実逃避をしてもらいたいものだとつくづく思うのだ。

こんなことで立派な原稿が書けるのであろうか。 断言しても良いが、無理である。

「不特定多数の福祉目的のこんなブログを書く気力とネタがあるのなら、お金を頂いて書くコラムの方に回すべきである」 というのは資本主義社会の正論である。 論理学的に一点の曇りもない妥当文である気すらする。 しかし、ヒト (いや、サル)はそんなふうには行動しないからヒト (サル) なのだ。

というわけで、書くべき原稿をさておいて今日の記事などを書いてみることにする。 心して読んでね。

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ところで医薬品業界人ならみんな知ってるよね、このニュース。 内容は要約。

お医者さんに昼飯おごると見返りあり
(New York Times, June 20, 2016、JAMA Inten Med 2016)

JAMA Internal Medicine の最新号に掲載された分析によると、どうやら米国のお医者さんは、製薬会社に 1200円とか 1800円くらいの昼飯をおごってもらうと、その会社のお薬を多く処方してくれるようになるそうである。 たとえばね、その辺のメシ屋でお医者さんに 1500円くらいの昼メシをおごってあげると、ロスバスタチン (コレステロール下げる薬) を 1.18倍(類薬選択とのOR) に、ネビボロール (降圧薬) を 1.7倍に、オルメサルタン (降圧薬) を 1.52倍に、デスベンラファキシン (抗うつ薬)を 2.18倍に、それぞれ処方を増やしてくれるってよ。

やったな、製薬企業のみなさん! ちゃんと効果があるってことじゃん、昼メシ接待。 費用対効果も無茶苦茶に良さそうだな。 おめでとう!

・・・ いやいや、もちろん分かってますって。 「失礼なことゆーな! 医師にわが社の製品の情報をきちんと伝えて、その長所をご理解頂いたから、処方が増えたに決まってるじゃないか!」 でしょ? はいはい、分かってますって。 私だってこの業界で30年近く生きているのだ、そのくらいは分かってますって(笑) あとね、今日のブログはそこがポイントじゃないんだから、そう熱くなるなって。

この手の問題を実はあまり解決する気のない人たちは 「あ、それCOI (conflicts of interest) の問題ね」 なんて言葉で片づけてしまうことが多い。 というか、ニポン人が 「COIを開示すべき (キリッ)」 とか格好いいこと言ってるときには、たいてい 「ホントのCOIは一切言わないからね (キリッ)」 の宣言に近い。

ニポンでニポン人が最も気にする利害って、お金のやり取りだと思いますか? 研究費のように組織対組織 (例: 会社と大学) で受けるようなものを気にしてると思う? 絶対に違うよね。 狭いニポン社会・ニポンの組織で、ニポン人のオッサンたちが最も気にすること、それは 「自分の地位・名誉 (面子)・仕事・人間関係」

たとえば、新薬を承認するかどうかの審議会や、研究費を誰に配分するかを決める委員会を考えてみましょう。 確かに 「どこかの企業から研究費もらってる」 とか 「料亭で何回かメシを奢ってもらった」 は判断に影響すると思う。 でもね、それらよりもはるかに影響が大きいのは、「○○センセイの師匠・弟子である」 とか、「××大学の同窓・一門である」 とか、「うちの家内が実は○○先生の親戚である」 とかではないかと思うのよ。 あるいは、「アイツには前に学会で恥をかかされた」 とか、「10年前にポストを争って、負けた」 とかも、ものすごく影響するよね。 というか、威張りん坊のニポン人オッサン社会を突き詰めていくと、そうしたメンツの問題がすべてだったりしませんかね。 要は、単なる人間関係の好き嫌い (笑)。 

金銭の授受にしても、みんなが注目する 「あの会社からお金をもらっている」 よりも、むしろ 「頭を下げたのにお金をもらえなかった」 「あの会社に研究費を断られた」 ときの恨みの方がずっと効いているはずである。 だって、プライドの高いエラいセンセイ方って、お金なんてもらえてフツーなんだもん。 何かのはずみでもらえなかった時のことを痛烈に覚えているに決まってるじゃん。 「この恨み、はらさでおくべきか!」 と浦見魔太郎のような気分になることは容易に想像できる。 つまり、表には決して出てこない、恨みのこもった影の金銭こそが宣言させるべきホントのCOIなのである。

ニポン人のみなさんも、そんなことくらいよく知ってるくせに、どうして声に出さないの?(棒)
 
アメリカのようにたくさんの国(州)から成り立っていて、人間がたくさんいて、プロ・専門家がたくさんいれば、人間関係の好き嫌いの影響は確率的にだいぶ薄められる。 だって、誰か (とその一派) が仕事を失敗したら、その代わりに立派にその仕事を担える別の一派がいるのよね。 代わり (スペア) はアメリカ中にたくさんいて、いつでも虎視眈々と交代を狙ってる。

だけど、ニポンのような狭小サイズの国では状況はまったく違いますね。 ニポンの医学・薬学や医薬品業界って、専門家がたったワンセットしかいない。 今、現に表舞台にいる人たちだけ。 役人や審査官や研究評価者も唯一のワンセット。 で、みんな顔見知り。 全員が互いのディープな利害関係者なのである。 学会やシンポやお上の委員会に出てくる人みんな同じでしょ。 ワンセットを取り替えようと思っても、代わりのワンセットが存在しないというすごい状況。 政府に批判的な団体・患者会・個人ですらワンセットしかいない感じなのが笑える。 たとえば 「お上に厳しいことでも遠慮せずに堂々と顔出しして言う薬学系の先生」 枠には、ニポンには小野センセしかいないのな、おそろしいことに (笑)。 ニポンってどこの北朝鮮なんだろうという気もするが。

そんなニポンだから、COIとして本来真っ先に宣言させないといけないのは、「私はこのヒトと20年来の知り合いです」 とか、「私はこのヒトが心底嫌いです」 とか、「私はこの会社の裏工作でひどい目にあったから嫌いです」 とかであろう。 新薬の承認審査においては、「この審査官には以前に意味不明の意地悪をされたので、今回は忌避します」 とか、「以前に寄付金の依頼を断って恨みを買っているので、この専門委員は拒否します」 とかいう逆側 (申請者側) からの宣言もむろん必要ですね。 アメリカの真似して、アメリカと同じような経済的COIのみを宣言したって、何の意味もないのよ。 でもね、ニポン人は誰も本気で 「フェアで効率的な社会を作りたい」 なんて思ってないのだから、お作法以上のことは何もしない。 ホント、ニポン社会って、おそろしい。

製薬会社の人たちがお医者さんに 1500円の昼メシをおごる効果を、一方の当事者たる医師会の学術誌が面白がって取り上げて掲載するアメリカって、やっぱり懐が深いと思うのである。 

仮にニポン社会の人間関係をめぐるCOIを本気で研究しようと思ったら、まず自分の身 (職) を守ることから始めないと危険である。 COIを意味のある形で可視化しようとするとまわりにいる替えの効かない一式が全員敵になる。(笑) ニポンではメディアの人たちもワンセットのみで取替えが効かないことに注意が必要である。 メディアの連中ってホントはディープにCOIまみれなのにCOIを宣言しない人たちだから、超危険。 また、仮に研究者がニポンのホントのCOIの分析結果をまとめたとしても、国内の医学・薬学誌や医薬品業界紙には投稿しないよね。 投稿しても不愉快な思いをするだけだろうから。 ニポンの臨床研究の問題など (例:データ改ざん) がまず外国誌に投稿されるのは当然である。 

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期せずして、紹介する映画も息が詰まるようなニポン社会にピッタリである。 「顔のないヒトラーたち」

第二次大戦後の西ドイツ。 ナチスの一員としてユダヤ人虐殺に加わっていた事実を隠して、知らん顔して普通の日々を送っている人たち。 政府にも、学校にも、会社にも、住宅街にも、どこにでもいるナチスの残党と密告者たち。 臭いものには蓋で、人類への大罪を見て見ぬふりをする市井の人たち。

そんな絶望的な状況で、アウシュビッツの犯罪を立証しようとする主人公の検事 ・・・ というお話である。 超おすすめです。

「あいやー、これってニポンの現在の姿か?」 と思うはずだよ。