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2015-09-26

セルフ・ナラタージュ #03 菅原直樹(OiBokkeShi)




青年団に在籍し、東京で話題の演劇に頻繁に出演を続けていた俳優・菅原直樹。小劇場ファンの中には、彼のことを覚えている人も多いだろう。
2013年、そんな東京を離れて岡山県・和気町に移住した彼は今、OiBokkeShiという団体を主宰し、老人介護の観点から演劇をつくるという活動を続けている。認知症のお年寄りの言葉を受け止め、否定せずに演技をすることで心を通わせることを実践する「老いと演劇のワークショップ」から始まり、今年の1月には認知症徘徊演劇『よみちにひはくれない』という作品が上演されるまでになった。今年の3月末、私は和気町での『よみちにひはくれない』の上演を観に行き、演劇を通して、老いとボケと死をみつめる彼の言葉を聞いた。

(聞き手・撮影:落 雅季子 舞台写真・ワークショップ写真:岡野雄一郎)


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▼和気へ移住

― 和気に移住される前のことをまずは教えてください。演劇を始められたのはいつごろですか?

菅原 もともと映画をつくりたかったんですけど、高校に演劇部しかなくて、一番近いと思って入部したのが始まりです。その時は俳優なんてとてもできないと思っていましたね……恥ずかしがりやだし、興味もない。でも入ってすぐに顧問の先生が書いた脚本に、一言も喋らない「引きこもりの少年役」があったんですよ。まわりの友だちがみんな「これお前(の役)だよ」って言うので、騙されるような感じで舞台に立ったのがデビューでした。一言も台詞がなくても、おもしろいなって思いましたね。でも、その時はまだ自分で何やりたいかわかってなくて、進路を決めずにいたら顧問の先生が桜美林大学を勧めてくれたんですよ。それで3年の夏に、オープンキャンパスに行って、平田オリザさんのワークショップを受けました。それが目からウロコで。「問題を抱えている人が変わるんじゃなくて、環境を変えることによってその人は問題を解決することができる」っていうアプローチを聴いて、恥ずかしがりやの自分でももしかしたら俳優ができるかもしれないと思ったんですね。それで桜美林に行くことにしました。
卒業後は演劇をせずに1年間ぐらいバイトをしてました。卒業後二年目ぐらいからまたちょっとやり始めようと思って、田上パルの作品や、松井周さんの『火の顔』っていう作品に出ました。そこから「キレなかった14才♥︎りたーんず」の杉原邦生さんの『14歳の国』に出て、そこで知り合った柴(幸男=ままごと)さんや神里(雄大=岡崎藝術座)さんの作品にも出るようになりました。2010年4月に青年団に入団して1、2年でこっちに来ちゃったんで、実は青年団の本公演は2012年の『ソウル市民〜昭和望郷編〜』の1回しか出てないんです。

― 奥さまのでも菅原さんのご実家でもない、和気に移住するっていう大きな決断をしたんですよね。

菅原 2012年に、親父が癌で亡くなったんです。葬式の時に、兄貴が働いてる工場から花が届いたりして……。自分は親父が死んだのに何者にもなってない気がしたんですね。花が来ないのは別にいいんですけど(苦笑)、自分の中で「自立したい」っていう気持ちが出てきて。当時子供が産まれたばかりで放射線のこととかも気になったんで……。和気は妻がインターネットで見つけてきました。ぼくはちょうど、千葉で介護の仕事を始めておもしろさを覚えてた頃だったんで、和気の老人ホームで仕事を探して、2013年9月に移住しました。演劇と介護は相性がいいって、千葉の老人ホームで働いてた時から思ってたので、岡山に引っ越しても演劇活動ができる予感はありました。




▼老いと演劇のワークショップ


― 岡山に来て「老いと演劇のワークショップ」を始めたんですね。

菅原 はい。2014年6月が第1回です。和気に来てから出会った移住者の方の提案で助成金の申請をしたり、地元の建具屋さんに人を集めてもらったりして、何とかできました。役場の人が新聞社に電話もしてくれて「社会性がある」っていうことで、開催前に取材もしてもらって。まだ何もやってない状態で取材が来たんでびびりました(笑)。

― 『よみちにひはくれない』に主演されていたおかじい(岡田忠雄さん)はワークショップの第1回から?

菅原 第1回の、一番最初のお客さんでしたよ。開場1時間前に来てました。(会場に併設されていた)図書館の利用者だろうと思ってたら「あなたが菅原さんですか?」って(笑)。新聞の記事を見て参加してくれたみたいです。

― ワークショップや公演が記事になることで、社会的に意味があることだというのは認められるかもしれないけど、それが新しい「福祉」のかたちだという意識は、なかなか浸透しにくいですよね。

菅原 「老いと演劇のワークショップ」に、ぼくが働いている施設の関係者に来てもらったことはあるんですね。OiBokkeShiのメンバーが、地域の方々とぼくを含めた介護チームみたいになったらいいなと思って。でも、まだ始めて1年なんですけど、自分が働いてる施設では実現は難しいのかなって思ったんですよね。……ぼく、3月で老人ホームやめちゃったんです。今後は、レクリエーションがあるようなデイサービスで働こうと思っています。当初は、老人ホームが「老い」「ボケ」「死」にまつわる文化施設になればいいなってひとりで構想してたんです。「地域で面白い芝居を観るなら老人ホームに来てください」って言えるぐらい。そうやって地域の方々が老人ホームに足を運ぶことによって、老人ホームが地域にとけ込んで「老い」「ボケ」「死」が身近になればいいなって。



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「老いと演劇のワークショップ」の様子


▼老い・介護と演劇の相性のよさ


OiBokkeShiによる認知症徘徊演劇『よみちにひはくれない』は、参加者が俳優とともに和気の駅前から商店街、河原を歩いて体験する作品である。物語は、20年ぶりに故郷に帰ってきた青年・神崎(菅原直樹)が、和気駅前でいなくなった妻を探す老人(岡田忠雄)と出会うところから始まる。神崎は老人の妻をともに探しながら、かつて自分が飛び出した故郷をふたたびめぐる。果たして妻は見つかるのか。そして神崎は、20年ぶりの故郷の人々とどう接するのか……。
主演の「おかじい」こと岡田さんは88歳。映画が大好きで、演技が大好きな、チャーミングな俳優である。菅原直樹は、おかじいから「監督」と呼ばれているそうだ。ご自身の奥さまの在宅介護をされている中で「老いと演劇のワークショップ」を知り、OiBokkeShiに出会ったおかじいの演技に、私は大きな感銘を受けた。

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― 『よみちにひはくれない』を観て、人はどうして88歳になってもこんなに演劇に魅入られるんだろう? と思いました。なぜかわからないけど、おかじいが喋るだけで引力が生じる。敬意が湧いてきちゃう感じなんです。「何のために生きているのか」「人間らしいってどういうことなのか」を訴えてくるようで。

菅原 そうですね。そうかもしれないですね……。本当におかじいと出会えてよかったですね。演劇と老いを体現してる人なんで。やっぱり88歳のおじいさんとフィクションを通じて関わることができるのはおもしろい。岡田さんと密に関わることによって、老人ホームのお年寄りの見方も変わってきました。効率優先の介護現場で働いているとどうしても感覚が麻痺してしまうところがあるので。おかじいと出会ってから、老人ホームのお年寄りを見ていて、心苦しいと感じて、どうにかしなきゃと思うことが増えてきました。
2月公演が終わったあとに岡田さんから電話があって「いやあ、監督、驚きました。老人ホームから電話があって、今度うちの妻の入所が決まったんです。今どうしようか本当に悩んでて、お芝居みたいな感じになってるんです」って。岡田さんは在宅で奥さんを介護していて、今は週に2、3回、通いや泊まりのサービスを利用してるんですけど、老人ホームの順番待ちって突然電話が来るんですね。悩んでたら別の人のところに話が行っちゃうので、すぐに決断するのは難しいけど、施設としては早く決断してもらいたい。で、ちょっと相談に乗ろうと思って、電話をもらった次の日におかじいに会いに行ったんですよ。その悩んでる姿が芝居のあのとおりでダブってて。結局その次の順番にしたんで、奥さんはまだ自宅で暮らされているんですけど、芝居が現実を追い越すような感じになりそうでしたね……。岡田さんの状況によって台詞のニュアンスも変わっていくのかもしれないです。それに、もし岡田さん自身が転んで骨折でもしたら、今の岡田さんの生活できなくなっちゃいますからね。かなり危ういんです。
年取ると本当に決断を迫られるというか、先延ばしにしていたことを一気に決断しないといけない、つらい選択が待ち受けてるんだなっていうのを感じますね。たとえば奥さんを老人ホームに預けるかどうかで悩んだり。夜中に徘徊してしまうので、岡田さんが探しに行かなければいけないんです。早朝に新聞配達の人にノックされて、「お宅の奥さんが2km先の家の玄関で倒れてます」って言われておかじいが歩いて行く、みたいな。若いぼくらでも大変なことを、90近いおじいさんがやってるって思うとすごいなって……。あと、奥さんの身になって考えると、認知症を患って老人ホームに入所するって、人生の中で一番順応力が低くなっている時に、人生で一番の環境の変化がある、っていうことじゃないですか。情緒不安定になったり、いわゆる問題行動が生じたとしても仕方がないことだと思います。老いるって本当になんか……誰でも、穏やかに老いて死ぬことができたらいいんですけど、特別養護老人ホームの90歳の方が「体が痛くて痛くて、こんなつらいことは人生で初めてだ。こんなことが待ち受けてるなんて思ってなかった」と言っていて……。生きるって何だろうな、人間って何だろうなってことを老人ホームで働き始めて考えるようになりました。そういうことを考えて、OiBokkeShiで演劇作品をつくれたらなと思います。

― 以前お話しした時に「社会性がある」って新聞に取り上げられるけど「認知症のお年寄りに向かって演技をするのはオレオレ詐欺とどう違うんだろう?」って考えるって、おっしゃってましたよね。

菅原 いや、悩むんですよ。何のために演技をするかっていうことですよね。認知症の人に対して金のために演技をしたら「オレオレ詐欺」で、ぼくが介護現場で実践している演技は、やっぱりその人のため、ですかね。ただ、その人のためであっても、端から見るとおかしなことに映ることがあるので、そこらへんは悩みますね。……たとえば、岡田さんにはお子さんがいないんです。お子さんがいないことは密に関われる理由にもなるんですけど……。ぼくは、岡田さんとはずっと一緒に芝居を続けたいと思っているんですよ。だからもし岡田さんが車いすになっても車いすの役者として出演していただきたいし、もし寝たきりの状態になっちゃったとしても寝たきりの状態で舞台に出ていただきたいと思ってる。岡田さんも「最後には棺桶に入る役ができる」っておっしゃってる。

― いわゆる「老い」とか「介護」というものに対する一般的イメージと今菅原さんがやろうとしているOiBokkeShiの活動がまだまだ結びついてないんだと思う。

菅原 そうなんですよ、ぼくと岡田さんの関係は、それを変える、新しいあり方を目指すことになっているのかな。子供がいなくて孤立する方って、これからどんどん増えていきますよね。そういう人たちが最期をどう迎えるか。病院でひとりなのか、もしくは若い友だちがそのお年寄りを看取ることもあってもいいんじゃないか。ぼくは岡田さんとは「演劇」っていう趣味を持つ同志というか、世代を超えた友だちみたいなもんなんです。
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『よみちにひはくれない』舞台写真より




▼ボケ・認知症のお年寄りとの関わり

菅原 俳優として演技をするっていうことは、ありもしないことを言って本当のことを伝えることだと思うんです。認知症のお年寄りのケアで演技をするのはそれに近いと思いますね。演技をすることでその人と心を通わせる。認知症のお年寄りの場合は、ありもしないことや脈絡のないことを言うわけですよね。その時に論理的に受け取るのではなくて、お年寄りの感情に寄り添う方がいい。その時は、ぼくらの常識では間違ってることでも受け入れなきゃいけないし、見えないものでも見たふりをしないといけない。そういう時にやっぱり演技っていう要素が出てくる。

― でも、認知症の人に相対するための「演技」と、おかじいが生き甲斐を見出している「演技」はちょっと違いますよね。

菅原 そうですね。おかじいがワークショップに興味を持ったのは、もともと自分の好きだった「演技」を認知症の妻との関わりに生かせるということなんですね。ワークショップを受けてから、おかじいも奥さんとの関わりで「演技」ができるようになったんです。理屈でやりあってた頃はいつも喧嘩になってた。だけど、最近は「演技」をして、話を受け止めたり、上手に逃げたりする。だから、ワークショップによって奥さんとの関わり方に「演技」っていうひとつの要素ができた。それともうひとつはぼくらと演劇をつくることで、おかじい自身が楽しむことが出来る「演技」が持てたってことですね。(後者は)介護者の休暇みたいなもんですかね。

― 以前、「老いた姿は、俳優として魅力的だ。お年寄りが歩く姿だけで、俳優として負けると思うくらい存在感がある」とおっしゃっていましたよね。その言葉の意味が、おかじいの演技を観てよくわかりました。介護者として演技が使えると思って始めたワークショップが、俳優としてのお年寄りが輝く演劇につながって、それがお年寄りの生き甲斐にもなっている。

菅原 そうですね! そういうことです。

― そういう意味でOiBokkeShiには「演劇と介護の相性の良さ」と「演劇と老人の相性の良さ」っていう、2つの側面がありますね。

菅原 そうですね、その路線で行きます(笑)。認知症徘徊演劇ではその2つを提示することができたかなと思います。ぼくは介護者として演じるし、岡田さんは演劇を通じて生き生きしている。そんな感じですね。
それから、OiBokkeShiとしての拠点をつくりたいなと今は思ってます。劇場でありつつ、家族介護者や認知症の方の集いの場になるような。家族介護者や認知症の方はいろいろと吐き出したい思いがあると思うんですよね。そういう思いに耳を傾けながら、演劇をつくることができればと。




▼死・いつか来るもの


― 今のところ、老いとボケは描かれてるけど、「死」は直面したかたちでは扱ってないのかなと。それよりは「生」っていう方を強く感じるんです。

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菅原 3年で子供も生まれて親父も亡くなって身内ももうひとり亡くなって、死を身近に感じるようになりましたね。介護の仕事も始めて、お年寄りを看取ったりして……。逆説的に、死を考えると「生きる」っていうことを考えることになるんですかね。これからおかじいと付き合っていくとそこで悩むと思う。「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という憲法の「生存権」ってあるじゃないですか。老人ホームでは、入所者の健康状態にはものすごい気を使ってるんです。でも食事はペースト食だしトイレはおむつ、お風呂はストレッチャーで入るし、全然文化的な生活じゃない。一方おかじいは、演劇っていう文化的なものをものすごく大切にしてるんです。舞台で死ねたら本望だって言ってて、演劇があってこそ生きてるって感じなんです。文化が生きる気力を呼び起こして健康的な生活をしようって思うのかもしれないですよね。だけど、これから岡田さんとこれから関わっていくうちに、健康状態が悪くなっちゃって、それでも演劇やりたいっていう時にどう関わっていくのかなって、今でも悩んでるところではあります。稽古をする時に「まず生きてるかどうか」の心配をしますからね(苦笑)。おかじいの家に「今日生きてるかなあ、倒れてないかなあ」って。

― 今のところは老いながらボケながらも生きることを感じてるんですけど、だんだん死に向かっていくということに、もしかしたら今後なっていくのかもしれないですね。

菅原 どうなるんでしょうね。おかじいと密に関わって、おかじいが要介護1になったら「要介護1公演」にして、要介護2になったら「要介護2公演」にして、最期は「看取り劇場」をやれたらいい。看取りはおかじいの家を劇場にしなくちゃいけないので、「看取り劇場」です。どこまでできるかわかんないですけど、ずっと関わっていこうとは思っています。おそらくおかじいは認知症になっても俳優のままだと思うので、ぼくも俳優という名の介護者として共演できたらなと考えています。今も少しそうですけど、介護しているのか演劇しているのかよくわからなくなるんですよ(笑)。




▼おわりに
木更津の、とある宅老所「井戸端げんき」に取材に行った時のことだ。所長の伊藤英樹さんが聞かせてくれた話がある。

「人間の人生は放物線を描くようにできている。子供から思春期を迎えて、大人になり、てっぺんからくだりながら老いて、寝たきりの赤ちゃんに戻って死んでいく。思春期と同じだけの変化が、心にも身体にも起きるのが老いなんだ。」

私は俳優・おかじいの姿を見ながら、その話を思い出していた。今まさに、おかじいの青春を目撃しているんだと思った。でもこの先に待つのは青年期では、ない。だって、おかじいは88歳なのだから。『よみちにひはくれない』は、期間を定めない「ゆるゆるロングラン公演」として、月に一度上演が始まったが、残念ながら上演場所の都合などにより、2015年3月を最後に休演している。しかし、OiBokkeShiはその後も各地で「老いと演劇のワークショップ」を展開し、おかじいとの新作公演『老人ハイスクール』も準備中とのこと。おかじいが、あまりにパワフルでチャーミングだから、忘れそうになる瞬間もある。人が老いるということ、ぼけてゆくこと、いつか死ぬこと。それでも今、演劇をやるということ。演じられては消えてゆく演劇のはかなさ、そして圧倒的な力づよさを、OiBokkeShiから感じずにはいられない。


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『よみちにひはくれない』受付装飾(黒板イラスト・あさののい)

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『よみちにひはくれない』ラストシーンの場所



★過去のセルフ・ナラタージュはこちらから。
第一回 神里雄大(岡崎藝術座)
第二回 大道寺梨乃(快快)