かいしゃではたらくということ
僕は会社で働くことを「法人」さんの「手足」になることだと思っている。
まず「法人」さんのご紹介。「自然人以外のもので、法律上の権利義務の主体とされるもの」とYahoo!辞書では出てくる。法の下の人って奴やね。これって面白い考え方やなあと思って。契約行為とかって意志が発生すると思うんやけど、意志って自然人は普通やけど、会社っていうものが意志を持つって面白いなって思う。
で、その意志は誰が持ってるかっていうと経営陣だったりする。組織、中枢、末端とかっていう言葉ってすごく身体のアナロジーなんじゃないかなって思う。どちらが先なのかは知らないけど。組織の癌って言うしね。話を戻すと、僕らは下っ端は外部から刺激を受けるような末端組織にいる。だから、僕らはトップがこう動けと言えば、そう動く。でも、その中で感じる痛みは上司というシナプスを通じて、脳味噌に伝えてあげないといけない。
このやりとりが出来る組織ってのはすごくいいんじゃないかなって。逆に言えば、脳味噌がこう動けって言っているのに動かない組織はどうかしてるし、痛みが脳味噌に伝わらない組織ってのは神経系がイカレてる。
個人的には組織っていうのはトップダウンであるべきだと思ってる。ボトムアップってのはトップダウンがあってのボトムアップであるのであって、ボトムアップされたものをどう処理するかはトップが決める。そうじゃなきゃ、トップの意味が無いでしょ。
というわけで、僕には会社員として自己実現したいことなど何も無い。法人さんはこう生きた方がいいのになって第三者として思うことはあっても。
だから、会社員としての仕事で「自己実現」って言っている人とは根本的に価値観が違うので、仕事の話が出来ない。そんなに「自己実現」したきゃ、なんでその組織に縛られるのかがよくわかんない。自分で切り開きゃいいじゃん。
透明な政治家
まとめサイトで散々の叩かれようだったのでASCII.jpの「もはや初音ミクに投票すべき! ネット時代の政治論」を読んでみた。ニコニコは見てない。
でも、まとめサイトでそんな叩かれる内容は話してないようだし、叩くとこが違いすぎる。
まず、「初音ミク」っていう言葉は別に、「キティーちゃん」でも「ミッキーマウス」でも置き換え可能だと思う。ただそれよりも、ボーカロイドとして言葉を代弁し、複数の人がひとつのPVを作っているような存在である「初音ミク」の方がわかりよいと思ったんだろう。別に「アバター」でも良かったのかなとも思うけど。
この議論は
東 「議員が固有の意思を持って動くと面倒くさい。なら全部仮想キャラクターにしてしまえば有権者が完璧にコントロールできる」というのが発想の中核では?
堀江 代議制民主主義のままで、完全なコントローラビリティー(操作性)を確保する。そのためのインターフェイスとして「初音ミク」をかましたらどうかと。なるほどね。
〜新聞のカスタマイズ化を切望する〜理想の新聞
エントリが長くなったので、違うタイトルで。「日本経済新聞 電子版」がリリースされますが、他の新聞社も電子版をリリースして欲しいものです。
理想としてはページごとに新聞社で契約したいです。そう、スカパーみたいに。スポーツ面とかテレビ面とか投書とか社説とかいらないです。枚数削ってください。もしくは広告入れて安くしてください。
で、今は地方面を読むだけのために北海道新聞を購読しているわけですが、もしページで契約出来るならば日経が読める。これは僕の例ですが、地方欄は地方紙の方が強いです。すんげえ些細な話が載っていてびっくりします。スポーツ欄はスポーツ紙の方が強いのはもちろん、好きなスポーツチームのある地域の地方紙もしっかりしています。僕は日ハムもコンサドーレもまったく興味ないです。書評は朝日が好きです。北海道新聞の書評は周回遅れの書評です。とまあ、ページ契約出来れば好きな新聞の好きなとこだけ読めて、購読者にメリットがあると思うんです。
次に新聞社のメリットとして、「記事の選択と集中」が出来るようになる。今は一紙でことが足りるように「新聞の体裁」を気にしないといけないですが、新聞のカスタマイズが進めば、地方紙は地方ネタだけに、日経は経済ネタだけに、全国紙は政治ネタ・警察ネタだけに注力出来る。取材力・構成力はネットとは比べ物にならないくらいノウハウがあるんだから、「選択と集中」さえできれば新聞社は楽勝に生き残ると思う。折り込みチラシサイトもそこに食い込めばいいじゃん。チラシもカスタマイズ。今でもチラシサイトあるんだけど、Macでは見れなかったり(改善されたのかな?)、いちいち探し出したりしてメンドクサイ。
今まで、散々ニュースのパーソナル化が喧伝されてきた。でも、普及しなかったのはそこにはゴミがいっぱい混じっていて、しかもネットだからゴミかどうかもわかりにくい状態だったからだと思う。新聞の面ごとに切り売りすれば、もう少しマシになるかもしれないと思っている。はやく「新聞のカスタマイズ化」が実現されることを願います。
新聞紙というリサイクルゴミ〜日本経済新聞 電子版〜
タイトルは隠喩ではなくて、ベタでそのままの意味。若者はなぜ新聞取らないのか 情報にお金払うという感覚なし : J-CASTニュースの記事は感覚としてほとんど正しいと思う。
でも、新聞を取っている人間からすると物理的に「新聞紙」が邪魔なのだ。毎日のように宅配されるのだから、その積み重なった量たるや凄まじいものである。だから、そのゴミ出しから解消されるとなれば、個人的にありがたい。
そのままの意味で「ゴミ」だった新聞は、内容においてもゴミなのか。決してそんなことは無い。インターネットニュースの質は酷いものだと思う。平気で裏をとっていない情報を流すし、タイトルと本文が関係なかったりする。こんなことを新聞社がやったら、タダじゃすまない。インターネットでもきちんとしたニュースを配信しているのは、新聞社や通信社が多い。これは地力が違うからだろう。
「あれあれ?それじゃ、新聞社がインターネットでニュース流すなら購読する必要ないじゃん?」って?確かに、「ニュースを読む=世の中の動きを知る」だったらネットの方が早いし、むしろテレビのニュースの方が良いと思う。あと、「世の中の動きなんてどうでもいい」ならネット最高!。
じゃあ、新聞を購読する価値はどこにあるかっていうと、「自分の求めている破片のような情報」を収集するツールだと思う。僕はいま北海道に住んでいるので北海道新聞を購読している。なんでかっていうと仕事上で北海道のニュースを知っておいて動向をつかんでおかないといけないからだ。でも、そのニュースっていうのは全国紙ではどうだっていい人が多い情報でもある。だからブロック紙(地方紙)にしか載らない。そういった「自分の求めている破片のような情報」を集めて、自分の中で再構成して活用していく。
こんなことは社会人にとって自明のことかもしれない。でも、学生の時は「ニュースを読む切り口」が無いから、何を「捨てたら」良いか分かんない。頭から全部読んでいく→なにこの苦行→脱落。みたいなことが起こりうる。大学生でも「政治」が好きな人は四大紙は面白いだろうし、「金(経済)」に興味がある人だったら日経は面白いと思う。でも、「日々の生活」に関心があるなら、新聞なんか必要ない。なぜなら「日々の生活」は切り口が雑多過ぎるからだ。
すこし話がずれてきてしまったが、最後に「新聞電子化」についての意見を。
まず、「iPhoneなら産経が今でも無料で読めるよ」って話。これに対する僕の意見としては、それ東京版ですよね?東京版で用が足りる人(東京在住や別に全国情報でことが足りる)って人はいいですが、僕は北海道の話が載っていることが大事なので、使えません。あと、前日までのニュースが読めないのもいただけません。
次に、「日本経済新聞 電子版」ですが、地方版の記事が読めるってのはすごい利点です。ただ、日経の地方面はちょろちょろって感じですが。そのままの紙面であるっていうのも魅力です。個人的には「そのままの紙面→横書テキスト」っていうのが理想。テキストでタイトルが並んでいるだけじゃわかりにくく、紙面を縦書きで読むのはスピードが落ちるって理由です。
というわけで、「日本経済新聞 電子版」には期待しています。良さそうであれば、乗り換えたいと思います。もう新聞紙が部屋を汚すのが嫌なんです!
手を握るということ〜崖の上のポニョ〜
昨日は金曜特別ロードショーで『崖の上のポニョ』を観た。映画館でも観てすごく気に入っていたのだけれど、機会が無くてDVDを観ていなかった。それにしても、テレビで映画をきちんと観るなんて、いつ以来だろうか。深夜のB級映画はよく見ていたが、プライムタイムにテレビで映画を見るのは本当に久しぶりだ。今でもテレビでは週末に映画を放送しているが、みんな観ているのだろうか?
映画館で観た時は泣くことを我慢していたのだが、今回は家で観ていたこともあり思いきり泣いてしまった。その映画の中でも印象的だったのは「手を握る」シーン。「手を握る」シーンはたくさん出てくるのだけれど、そのひとつひとつに色々な意味がある。でも共通するのは、「手を握る」という行為には大きな変化を伴うということ。きっと、街を歩くそれぞれの何気なく握っている手にも、最初に手を握った時には覚悟や決意なんかが込められていたのだろう。ポニョが宗介の手を握るシーンにも、宗介がポニョの手を握るシーンにも、フジモトが宗介の手を握るシーンにも。
と、ここで終わっても良かったのだけれど、余談をさせてください。ポニョを観ると思い出すのは「the rose」という曲。
Some say love, it is a river that drowns the tender reed.
Some say love, it is a razor that leaves your soul to bleed.
Some say love, it is a hunger, an endless aching need.
I say love, it is a flower, and you its only seed.
ポニョの暴力的な愛、それでも強く愛し、人に与えることを覚え、人を守りたいという気持ちが芽生える一連の成長に、この歌を思い出してしまうのです。
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AVATAR
書く書くと言っていて、遅くなってしまった。
一言で言えば、「3D映画の可能性を示した映画」だと思う。というわけで、「3D映画っていうけど、3Dだからなんだっていうのさ」という人にオススメ。僕もこの映画を見るまで、3Dというとディズニーランドの「ミクロアドベンチャー」やUSJのセサミやシュレックの「4D」をイメージしていました。でも、全然違う。どう違うかって言うと、今までの3Dは飛び出す映像にあまりにも力を入れていて、いわば「どや!」感が強かった。でも、AVATARでは飛び出すことよりも奥行きを作ることで、3Dを演出装置として使い、これまでにない臨場感を作り出していた。そういった意味で「面白い」映画だった。
肝心の内容は……。見てないから分からないけれど、朝に放送されている日本の戦隊モノの方がストーリーが深いのではなかろうか。そんな勧善懲悪な話。環境問題みたいなことを口走った時は寒気を覚えた。都会人が田舎に感じる勝手な妄想みたいなのが大嫌いだ。『INTO THE WILD』は見事にそんな妄想を描いた映画だと思う。アレを見て、自然の素晴らしさと言っている奴は一度田舎に来たら良いと思う。そういうことじゃないだろう。
と、書き方が辛辣になってしまった。けれど、映像作品の新たな手法としては面白いことがいっぱいあるのでおすすめ出来ると思います。3D映画といっても方式が色々あるみたいで、IMAX方式がオススメなようです。僕はRealDで見ました。もう一度、IMAX方式で見直そうかとも考えています。ちなみに札幌のシネフロはXpanDらしいです。
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芥川受賞作はライトノベルか〜『終の住処』〜
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内容は退屈で、意味が分からん。物語としては最悪だけども、人生のリアリティとしては最高なのかもしれない。結婚生活を中心として、人生全てが惰性で進んでゆく。ふと、我に返ると「なぜだろう」と考えるが、考えている間も人生は留まることなく、惰性で動き続けている。
こうやって、感想をまとめていると面白いかもと錯覚した。でも、読んでいる間はすごく退屈だったし、近付いてくる女性も意味がわからなかった。疲れる本だった。