橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「秩父錦」

classingkenji2008-03-10

同じく郷土料理系で古い建物といえば、銀座二丁目の「秩父錦」も忘れることができない。もっとも埼玉県秩父の酒を出す店で、郷土料理といっても蒟蒻と茸の料理くらいだが、建物の古さではこちらの方が上を行く。場所は、銀座二丁目といっても昭和通りを渡った築地よりで、戦後しばらくまでは木挽町と呼ばれていたところ。この地名は、江戸城造営の際に多数の鋸匠を住まわせたことに由来するという歴史のあるもので、歌舞伎座のある場所としても知られた。今でも木挽町通り、木挽町仲通りなどに名を残しており、界隈には店名に「木挽町」を冠する老舗が多い。
さて、松屋の京橋側の通りを築地方向に歩き、昭和通りを渡って一本目の通りを左に入れば、三方をビルに囲まれた堂々たる木造建築がすぐ目に入ってくる。なんと、関東大震災の翌年に建てられたものだという。もともとは氷屋だったが、一九七〇年頃に廃業して居酒屋になったとのこと。氷屋といっても、冬になると店で作った炭団を売っていたらしく、炭の粉を丸めたものを店頭に出し、天日で干しているようすをとらえた写真が店内に飾られている。その建物の外観は、いまとまったく変わらない。だから、この店へ行けば大正期から続いた商家の建物で酒が飲めるということになる。
中に入ると、右側に十五席ほどのコの字型カウンター、左側に四人掛けのテーブルが三つあり、奥には障子で隔てられた座敷がある。なるほど、手前が広い土間、奥が座敷という商家の作りである。この店では、古くからこの地に住む商売人や職人たちと、近くに勤めるサラリーマンたちが同居している。つまり、古い銀座と新しい銀座が同居する居酒屋である。建築も含めて、一つの文化財というほかはない。(2008.2.25)

秩父中央区銀座2-13-14 
17:00〜22:30 土日祝休