哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

面談

面談for糊口@丸ビル

ドキドキしながら、はじめての丸ビル。前職時代の後輩が応援(子守)にきてくれた。ありがたし。というわけで三者面談。

面談後にメールチェックをしてみたら、別口から大きな仕事が舞い込んでいた... タイミングよすぎである。

丸の内ビルディング
http://www.marubiru.jp/

王貞治700号

近所の古本屋に久しぶりに立ち寄った。

初版。100円。

700号ホームランを放った夜から物語がはじまり、700号ホームランの前夜におわるという、なかなかしゃれた構成。「ベーブ・ルースまであと少し」という熱気が伝わってくる。

最後は、こう締めくくられている。

周囲はあと一本(700号まで――引用者註)と騒いでいる。

しかし、ぼくの気持ちはあくまでもあと十六本。ベーブ・ルースの記録を抜くまでにあと十六本だ。そこで第一目標を通過する。

――同書、p.203

◇野球王 - 王貞治様非公式ホームページ
http://www.imasy.or.jp/~yamve/oh_j/

カミール

セックス、アート、アメリカンカルチャー

セックス、アート、アメリカンカルチャー

3800円が1200円。興味があったのでちょうどよかった。

隙間産業

世の中にはいろんな隙間があり、いろんな産業がある。

哲学にも隙間産業がある。人があまり手を出さない/出せない物事(=ニッチ)を扱う場合だ。ベーダーンタ学派研究とか。もっとも、哲学の専門研究はそれ自体で隙間産業なのかもしれない。

それとはちがった意味で、哲学は隙間産業そのものであるのかもしれない。「内在」と「超越」のあいだの隙間を扱う場合。隙間を測ったり、隙間を広げたり、隙間を狭めたり、隙間を埋めたりすることで商売をしている。

ウィトゲンシュタインの提案は、「隙間のマッチポンプはもうやめようよ」ということだった。

追記

id:Mr_takさんからいただいたコメントに触発されて考えるに、上記の提案云々のまとめは不適切であった(「不適切」というのは「表現のしかたになんらかの問題があった」とかいう意味ではまったくなく、正しいとも間違っているとも言えない=しょーもない言明だったという意味)。ご示唆に感謝!(Mr_takさんの意図されたこととは別のことを考えているような気がするけれど)