誤:
ゴーゴータ張
正:
人前で発音する機会がなくてよかった。
徳安彰さんのサイトにシュピーゲル誌記事の紹介が。
もうちょっと、どんな疑問なのかがわかるとうれしい気がするんだが。
でもなにしろ、とにかく すごいむつかしい文章なんだよ。まぁ読んでくれたまえ。
「やっぱアンタ官僚的だね」って感じ
それを一番感じたのは機能分化したシステムの閉鎖性批判に対するルーマン的意見(?)をまとめた中の次のところだったんだけど
・・えっと....例の「言語ゲーム」的トートロジーってやつをシステム論のとこにも応用させての言い訳って感じのとこ(154)
システムを全体社会に対して閉じられた、「固有論理」にのみ即して動いていくリジッドな存在と捉えるか、それとも自己の環境である全体社会との「開かれた」対話を通して自身を変化させていく柔軟な存在と捉えるかは、二次的な問題に過ぎない。どちらも、システム内部で引かれた区別によって分割された項目を再びシステム内部において結合するための異なった、しかし機能的には等価な方策なのである。むろん両者からは異なった帰結が生じてくるから、どちらを焦点として理論を展開するかは有意味な選択肢を形成するだろうが。
ルーマンの「閉鎖性」テーゼへの批判者たちは、前者では不十分であって後者への「パラダイム転換」が必要であると主張していることになる。しかしルーマンにとってこの分岐は、さしたる意味をもたないのである。・・出た
「さしたる意味がない」、と
そして、そこから「だってそんなこと言ったって全部システムの中で予定調和なんだゼ」みたいな話になってくわけさ...
・・・そんなの分かってたよ(大分前に)
おい。どこから飛び出てきた 「予定調和」。
──と、「予定調和」概念に向けて話しかけてみる私♪
これじゃ、システムの変化のとこまで記述できてないじゃん
なんか、すごく統制的だな....(変化を好まないのね)
だから「官僚的」っていわれるんだよ
そうでしたか...(ω・`)。
たぶん、社会学的基本で、全部の要素を平均的な感じで仮説立てして見ていったんだろうけど....
「平均」・・過ぎるんだよ
「主体」の頑張りなんてどこにも考えられてないのね
(記述されていたとしても、「対批判用に“ちょこっと”」、って感じでしょ?)
・・・・・・やっぱ、頭のえらい人はギリギリの頑張りが足りんからなぁ.......
まぁ、いいや、自分で考えよ、っと
うんうん。それがいいよねきっと。
「無責任」って言ったのは、こういう言説を真に受けて苦しんでいた人間が現にいたってことだよ(ぼくとか・・各情況に暮らす人々とかね)
んむーそうですかー。
よくわからないけどまぁガンガレヽ(´ー`)ノ
ウェブサイト開設:http://www.meijigakuin.ac.jp/~shakaimg/index.htm
なにをするのかはよくわからない。
ややや。証明されちゃったか。(なにを)
なんだかよくわからないけど同じでごめんヽ(´ー`)ノ<とみ■ん氏
読了。
出家オチかよ!
クレーヴ公は幸福だったが、必ずしも完全に満足はしなかった。彼としては、シャルトル嬢の気持が、尊敬と感謝のそれを一歩も出ていないことを知るのが何んとしても寂しかったのである。そうかといって、もっと打ちとけた気持をかくしているのならうれしいのだが、そうでもないらしかった。今の二人の間柄では、よし彼女がそんな気持をあらわに見せてくれたにしても、彼女の極度につつましい性格がそこなわれるとは思われなかった。彼は彼女に不平を言わない日とてなかった。
「そんなことがあり得るでしょうか?」 彼は言うのだった。「あなたと結婚するというのに、私が幸福になることが出来ないなんて。しかし、私が幸福でないのは事実だから仕方ありません。あなたが私に感ずるのは、ただ一種の好意だけなんですが、これじゃ私は満足できませんよ。あなたには焦躁もなければ、不安もなければ、煩悶もないんです。よしあなたが私の情熱に感動したとしても、例えば、あなたの財産が目当てで、あなたのお人柄の魅力にひかれたのではない、そんな男の執念に感動する以上のものではないんです。」「不平をおっしゃるのはご無理というものですわ。」
彼女はそれに答えた。「あたしが今している以上に、どうせよとおっしゃるのでしょうかしら。これ以上のことをするのは、世間体がゆるさないように思われます。」
「そう言われると仕方ありません。」彼は口返答した。[新潮文庫版 p.31]
うくくくく...。確かに仕方ありません。
クレーヴさんと来たらこのあと、この奥さんから「道ならぬ恋」を打ち明けられ──自分が彼女に「与え」られなかった焦躁やら不安やら煩悶を、他の誰か(ヌムール公)に「与え」られ・それに陥っている彼女をみて──、最後は苦悶して死んじゃいます。哀れ。
「[略]
あたくし、これほどまでに慕っていただくのなら、自分の気持ちをかくさずに、ありのままお見せするのが、せめてもの償いだと思います。こんなに自分の気持ちを平気でお見せすることの出来るのは、きっとこれが一生の最初で最後になりましょう。それでいて、こんなこと告白するのはとても恥しいのですが、あたくし、もうこれからは今のようにあなたから愛されなくなることは確実なんですから、それを考えると、何か非常に恐ろしい不幸のように思われてなりませんし、また、あたくしに是が非でも義務を通さなければならない理由がないとしたら、この不幸に甘んずる決心が出来なくなるのではないかという気がします。あなたは自由なお身だし、あたくしもそうですから、たとえあたくしたちが永遠に契りを交しても、あなたにしろ、あたくしにしろ、世間から非難される理由はないと思います。それにしても、男の方に、そういう永遠の契りといったような恋が出来るものでしょうか? 女が自分の場合だけ都合よく奇蹟などあてにしていいものでしょうか? そして、自分の幸福そのものである恋も終る時の来るのが分りきっていながら、そんな中に飛びこんでもいいものでしょうか? 結婚生活のなかでも恋愛をつづけることが出来るためには、[死んでしまった自分の]夫など世界でただ一人の相手ではなかったかと思われます。しかし、運命のいたずらで、このせっかくの幸運もあたくしは利用することが出来なかったのです。それに、まるで恋人みたいな夫の愛情も、それと同じものがあたくしのうちに見出せなかったから、かえって永つづきしたのかも知れませんわ。ところがあたくしには、あなたの愛情を永つづきさせるような、そんな方法なんかないんですもの。むしろ、あたくしの考えでは、いろいろの障害があったからこそ、あなたの恋も長もちしたのではないかしら。余りに多くの障害にぷつかったものだから、それを打破しようという一種の刺戟にかられたわけですのね。それが今となっては、あたくしは心ならずもこんな[ヌムール公への愛の]告白をしましたし、その他、偶然からいろんなことをご存じになって、あなたは安心しきっていられるので、かえってうんざりなさるのではないでしょうか。」[新潮文庫版 p.219-221]
はい。反論できません。ていうかせいぜいこの↓程度。 ヌムールさん叫んで:
「だまって聞いておれとのお言葉でしたが、ああ! もう私には我慢できません。」 ヌムール公は語をついだ。「それはあまりにも見当がはずれています。そして、ひとの好意を無にするのも甚しいものです。」[新潮文庫版 p.221]
しかし、ぶちかましは さらに続きます。
「正直に申しあげますと、」 彼女は答えた。「あたくしは、恋の導くままに行動するかも知れませんけれど、そのために盲目なんかになりはしません。あなたという方は、生れながらに恋愛にはうってつけの性格ですのね。そして、何時だって相手を射とめずにはおかないお腕前をおもちですのね。これはもう疑えっこないところですわ。これまでにも恋愛のご経験はずいぶんとおありのことでしたし、これからだってあることでしょう。もうあたくしなんかはあなたの幸福にはならないでしょうよ。あたくしのかわりにどなたか他の人になさるのではないでしょうか。そんな日が来たら、きっと、あたくし、死ぬほど苦しむと思いますわ。そして、残念ながら、嫉妬にかられないとは保証できそうもありません。[略]
だから結局、苦しむのは覚悟でいなけれぱなりませんし、そうかといって、愚痴をこぼすわけにもいきません。恋人になら愚痴も言えます。しかし、夫の場合、自分がもう愛されていないからといって、苦情など言えるものでしょうか? まあ、この種の不幸にはどうやら慣れることが出来るとしても、[死んでしまった前の]夫の亡霊が何時もあらわれて、自分の死をあなたのせいにし、あたくしがあなたを愛し、あなたと結婚したことを責め、自分の愛情とあなたの愛情を比較させたりするとしたら、そういう場合の不幸に慣れることなど出来るものでし上うか? こういう立派な理由がある以上、それを鮭視することなど出来る筈はありません。やはり、あたくしは今のままの状態にふみとどまっていて、そこから絶対に出ないという決心をかためるのが一ばんだと思います。」[新潮文庫版 p.221-222]
はい。反論できません。
せいぜいこんな↓もん:
「へえ! それが出来るとお思いですか?」 ヌムール公は大声をあげた。[新潮文庫版 p.222]
で、隠遁オチ、と。
ついでに再読してみるか、とかと思いダンボールを漁ったが出てこず。アマゾンにいってみると、なんと知らないうちに新訳が出ていた。が、すでに在庫切れじゃないですか。
*1:「太陽と死とはいずれもじっと見つめることができない」とか、「よい結婚はあるけれども、楽しい結婚はめったにない」とか、「運命は、光が物を浮かび上がらせるように、われわれの美徳悪徳を浮かび上がらせる」とか、「どんな不幸な人生からでも、利口者は何らかの利益を得る。一方、どんな幸福な人生からでも愚か者は心を傷つけられる。」とか、「頭のいい馬鹿ほどはた迷惑な馬鹿はいない。」とか、「世には馬鹿たるべく定められた人がいて、彼ら自身が進んで馬鹿なことをするだけでなく、運命そのものが否応なしに彼らに馬鹿なことをさせるのである。」とかw。いや〜ん。こりゃ恥ずかしい。ちょっといまではまともな心持では読めませぬ。たははは。