カタログ落ち

2017年01月23日-月

ろんぐらいだぁす! 第7話 00:28

 別行動の高宮と会えたのは、かなりの偶然では?。

 簡単メンテ下り坂のブレーキング、ほんでもってサイクルイヴェントへの参加への導き。大分大味に感じられるようになってきた。ちゃんと間はとっているし、そのへん丁寧な話運びではあるんだけど、食い物とモノゝ紹介が今一鼻につくように。自分は自宅から自走できる範囲でそんなにツーリングをしないのでアレだが、亜美たちのようにかなり遠出をするようならツーリングコストが割とバカにならないので確かに重要なんだけどな。まぁこの様子だとサイクルイヴェント参加からのおそらくフレシュまでの流れが本番だろうから、今回はこのぐらいが適切なんだろう。

 工具は難しくて、海外通販ブームになる以前は、それなりのメンテをやるための工具代は結構した。それが海外通販でいちおう大体全バラできる程度の工具セットが4000〜5000円で買えるようになって一時期大変な騒ぎになった。そうなると国内販売店も考えるもんで、結局今は6000〜7000円ぐらいで買えるようになったんじゃなかろうか。それに慣れるほうがよいのだけども、割と使い勝手個人差があるので一部の工具は買い換えたりする。普通自転車屋はメンテ代で稼いだりするのだが、小規模なところは割とメンテの仕方を自分でやれるように丁寧に教えてくれるところが少なくなかったりする。

 上記で述べたとおり、本番は次ぐらいからかな。

2017年01月22日-日

放課後のプレアデス 第8話 00:00

 ん、こいつら中学生なのかよ。しかも中1。

 待望?のななこ担当回。今回あった回想シーンからななこの両親は離婚をしており、父親ななこ母親が弟を引き取ったとしか思えないのだが、最后の誕生日プレゼントのところで弟が会いに行くというメッセーヂがあったので、もしかすると単に母親海外出張でということで長期間会えないだけだったのかとか思ってしまった。いやまぁ今回はななこの孤独とつながりの認識テーマだと思うので、それはあくまで背景であって、その本筋はどうにも微妙って感じ。ななこ本人が孤独に慣れていて、それであまり他のキャラとの絡みが描かれていなかったせいか、エンジンのかけら集め仲間との絆とやらがどうにもとってつけたように感じられて今一。もちろん今までは主人公まわりや他のキャラ担当回が主であって、極力ななこを背景化せねばならないから難しいところではある。また宇宙人通訳係の要素が大きいもんで、ななこのパーソナリティはどうしても埋没してしまう。彼女宇宙人を掘り出したからこそ今の体制ができているのに、よく考えたらぞんざいな扱いだな。とはいえ、宇宙人ななこに呼びかけを受け取ってもらえたからこそ、その礼として仲間を集めてななこに与えたという解釈は出来る。

 しかし、なんか今回は取ってつけたような感じがあって、フラグメントまで地球時間で三ヶ月、ななこ時間10時間余りで、結局選択すればななこ時間でよいのなら、ななこが一人で行くことも無く、別に全員で行っても良かったジャンと思った。あと、フラグメントを見つけたななこ最初に仲間を呼ぼうとしたときに、その仲間は遊ぶことに夢中で、せっかく異変に気付いた主人公もスグ忘れてしまう始末。願い方が足りなかったからという理屈付けをしてたが、ななこが仲間を無意識にでも呼びたくないという要素があった*1のならともかく、そうでないのだから、一人で仕事に行ってるのに通信成功しないのは仲間の感受性が低いせいではなくて、ななこに原因があるというのはちょっと酷いと思った。

 SF要素は光速近くで移動すると後ろの風景は真っ黒になるというところに感心した。うしろから追いかけてくる光は光速近くで移動するななこに追いつきにくくなるのでそうなるわけだが、実際にあのように前方にぽっかりと穴が開くように見えるかどうかは別にせよ、なるほどゝ思わせるものがあったかな。

 おそらくこれで主人公以外のヒロイン担当回は一巡したと思うんだけど、自分的にはひかる担当回が突き抜けてよかったと感じてしまったせいで、他のキャラ担当回がどうにも冴えない感じが否めなかった。ひかるは金髪ツインテが与える記号とは性格付けが異なっており、その意外性と人間関係対称性構造がすっきり整理されていたのでこれは別格と感じたわけだが、いつきは黒髪ロングの持つ記号とお転婆という意外性のほかは普通エピソードであって、だんだん他のキャラに対しての扱いがぞんざいになっている傾向が感じられた。とはいえ、おそらく物語全体を貫くメッセーヂ性はシリーズ構成がしっかり考えているだろうと思うので、その軸さえ外さなければ主人公まわりに齟齬がない限りあまり重要ではない。桃太郎自身の由来はしっかり描かないといけないが、犬猿雉のそれは些細な問題主人公と他の4人のヒロイン等価ならアレだが、そうでないのは明らかだしな。親友扱いのあおいですらみなとより格が下っぽいし。

*1:なんのかんのいってななこ孤独は嫌だと感じているとしか読めない

2017年01月21日-土

甲鉄城のカバネリ 第7話 00:00

 なるほどな。

 製作者のいう、この作品青少年向きというものそうかもしんない。まぁ詰め込まれているのは現代日本メタファーなので、大人でもいろいろ読み解くことは出来る要素はあるが、たしかに理念が青臭いディストピア作品であるサイコパスを視聴した友人によれば、あれでもヌルいといってたぐらいなので、ストーリーメッセージ要素に深みを期待する層にはそれほどでもない感じかな。

 カバネに襲われていない駅(都市)で補給するのだが、いちおう今までの話の整理、目標の再設定、次回以降の展開への話の仕込みを入れた束の間の休息回。こゝで主人公ヒロインとの恋愛要素を入れてきたのかな。絵のクォリティは下がらないし普通にバランスの良い回。

2017年01月20日-金

Re:ゼロから始める異世界生活 第7話 00:00

 リセマラ大肯定の展開に草生える

 うーん、原作ネットで読んでいた際はもうちょっと物語にのめりこめていたのだけども、こうやってアニメになるとやはりメッセージ性のダメさ加減が余計に引き立っているというか。アニメはいえ二周目を目にしてしまうと今更ながらに原作者はこれで何を訴えたかったのか本気で分らなくなってきた。スバルはあきらかにヘタレに設定されているが、彼のドンくさいがそれでもあがく姿にそれなりに共感してもらいたい…というか、物事リセマラ上等と考えていそうなゲーム世代に彼の愚かな行動を見させて今ある生に一生懸命取り組む重要性を訴えるとか、そんな要素があるとは思うんだけど、これ見る限り少なくとも主人公感情移入するように作ってない。まだ救われるのは、このような主人公の姿を見せてこのような人間になるなよという見方ができることであって、その場合アニメ評価微妙になる。キャラの表情描写演出BGMはどう考えてもシリアスであって、「歴史は2度繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」という境地を表現しているわけではない。スバルが苦しい思いをするのはそもそも彼が死に戻りをアテにして与えられた生を一生懸命生きていないからだという要素はないわけではないが、そういう受け取られ方はあまりできないような作りになってる。

 スバルが与えられた人生リセマラ上等で過ごしても、彼が今いる世界の彼以外の住人はそういうわけにはいかないわけで、彼の苦悩とやらは浅はかとしかいゝようがない。自分の読解力が足りなかったのかもしれないが、ネット小説初見で読んでいたときはそのようには感じなかったから、やはりアニメシリーズ構成なり脚本なりはこれをどう感動仕立てにするか苦労したのではなかろうかと思ってしまう。

 あと、スバル間諜と疑うのならなんで泳がせて雇い主のところまで尾けていかないのかとか、いろいろツッコみどころも満載。死に戻りのことを他者に告げようとすると苦しまされて邪魔されるというところからもやはり前回述べたとおり外部の存在がいてスバルに正解にたどり着くまで試行錯誤をさせ続けているという構造がはっきりした。そんなまどろっこしいことをしなくても、それだけの影響力があるんだったらスバルを思い通りに動かせばよいこと。その外部の存在スバルに正解を教えずに何度でも試行錯誤をさせ続ける存在からこれは厳しい教師だなと思いきや、逆に正解に辿りつくまで何度でもやり直しをさせてくれるんだから考えようによってはやさしい教師だともいえる。死に戻りが試練のように見えるようでありながら、実質全然そうではないというのはちょっとな。結局のところスバル迷路の中に放り込まれたネズミであり、出口を見つけられず勝手に行き詰って感極まって憤死する連続という構造に見えてしまったら、その途端物語全体が陳腐になってしまう。

 なんか今まで散々ダメだしゝてしまったが、これもネット小説商業化したがゆえの不幸なんだと思う。しか書籍化にあたって拾ったのが角川なので、これに目をつけた担当者は何を考えてるのかなという。ネット小説別に全体の構想を煮詰めていなくても、思いついた構想をとりあえず形にしてみるという場としては非常に優れた場所でもあり、その中で他人から評価を貰ってあきらめたり洗練させたりしていけばよい。発表のハードルも低いし、誰の目にも触れるし、そもそも高レヴェルの作品に仕上げなくても別に好きなものが発表し好きなものが読むという形だから荒削りで全然オッケー。中身がたいしたことがなくてもそういうものだという覚悟で読者は目を通すわけで。文句があるなら読まなきゃよいだけのこと。

 が、やはり商業化に際してはそれなりのクォリティでないと、拾ってもらった作家別に次に読まれなくなるだけのことだからそれほど責任があるとも思われないが、出版社は鼎の軽重を問われるんじゃないかな。突き詰めれば別に出版社はそういう見る目がない会社からそのレーベルは買われなくなるってだけかもしれないが。普通書籍化に際して修正や書き直しさせると思うし、これもそういうレヴェルだと思うが、難しいのはこの作品書籍化アニメ化は、おそらくもともとネット小説時代にこの作品ファンであった層をターゲット層としてると考えられること。既に作品についていたファンからかっぱぐための商売なんだろうと思う。そうであるならば、修正によって作品雰囲気が変わってしまって、作品についていた支持層を失う結果になったら元も子もないのだ。なんといってもネット小説は作者がネットに公開した当時のほとばしる勢いってのがあるわけで、それも魅力の一つであろうから、一概に完成度が低いということだけで作品評価を決めても仕方がない。Beatlesの初期の楽曲She loves youというのがあるが、あれを聞くと音は外れているはメムバー同士音は揃ってないわで、うまく歌っているとはとても思えない出来。しかし、あれを彼らが後々小奇麗に歌ったらよくなるか?と考えるとちょっと難しい。やっぱりあの曲は勢いが大切で、いくら整ってなくてもアレがよい*1のだと思う。

 この作品でいうと、やはりネット小説で公開されているということこそが価値のあることなんではないかという気がする。アニメ化で確かに原作にはない背景描写だとか原作描写が混乱しがちなところが整理されてわかりやすくなっているとか付加価値は確かにあるわけなんだが、逆に原作おかしなところも強調される形でさらけ出されてしまっており、今のところ不幸な結果になっているかなとは思う。ほら、映画であったじゃない。レイダース失われたアークで、聖杯を外に出したら不老不死の効力がなくなるとかそんなの。

*1:何曲も録音して、その中にはうまく歌ったものもあったろうが、それらをひっくるめて選んだ結果がアレだと思う。

2017年01月19日-木

くまみこ1200:00

 うーん、これで炎上したのか。

 この感想を書き始めるにあたって、ちょっとggって炎上騒ぎを目にしてみた。原作未読ではあるが、アニメでは仙台に行っているが原作では行っておらず、仙台の人に石を投げられる夢を見て仙台行きを断念、都会の高校に行くのをやめるというのはアニメ原作も一緒らしい。あと、ちょっと驚いたのは、第1112話(第9話)はアニメオリジナルらしいが、それ以外は「原作絵コンテとしていると思われるぐらい原作に忠実」という評判だったらしい。しかもあとで原作者が発表したのには、アニメオリジナル展開にする際に原作者相談したらしいが、原作者仙台行きを提案したらしい。確かに自分も第9話や前回のもつインパクトは大きいと感じており、そこにアニメ意図が強く感じられるのではあるが、それにしても原作者もそれほどでなくても過疎問題についてはそれほど大きな相違点はないんじゃなかろうかという印象も受ける。まぁ、あくま原作との違いを問題にするんじゃなくて、アニメが語ろうとしていることは何かということについての感想なのでそこはご容赦願いたい。

 自分か今回違和感があったのが、繰り返されるまちの妄想コンテストでは受けているのは喝采なのに、それがまちが石を投げられるという妄想になってる。おかしいのは、ちょっと前にデパート屋上で小さな子供握手まで求められてほだされているのに、これはない。普通だったらこの小さな子供応援に力を得てなんとかやりきって栄冠を得るって展開にするはず。控え室でも好意でほかの出場者に話しかけられても、まちのなかでは蔑まれるという妄想をたくましくするという展開になっていたが、まぁこれは百歩譲ってありうるとしても、物語フォーマットに従えばやはり成功裡に終わるという展開にするのが普通。だからそうしなかったというからにはそこにはスタッフの強い意図があると見るべき。むしろ視聴者からそれなりの反発があるとわかってなおあの展開にしたと解釈するしかない。

 まぁ自分なりにいろいろ考えをめぐらせて見たのだが、今のところあれはやはりまちの正しい解釈なんだと思っている。ほかの出演者の悪意表現にしたって、結局まちはぽっと出でアイドルになる決心も中途半端から、ほかの出演者にしてみれば初めっから敵ではないわけだ。間違ってコンテストで優勝しても継続性はないだろうから、途中で脱落する。だから優しくできるわけであって、悪意表現はやりすぎにしても、いずれいなくなるぐらいの認識ではあったろう。喝采を送った観衆だが、これも別に過疎問題という重責を担ったアイドルに対しての理解や同情を示しにコンテストを見に来たわけではない。アイドルの情宣いかんによってはその土地に興味を示すかもしれないが、所詮アイドルがどれだけ目を楽しませてくれるかという首尾一貫した消費者目線なのであり、それは抱えている問題を一緒に解決してくれる仲間という立ち位置では決してない。そういう都市の持つ暴力性をあの形で表現したのかな…ちょっと誇張が過ぎるがという感じに把握するしかいかなといったところ。巫女はもともと感受性が強いものがなるという傾向があるから(神託を受けるとか、神を憑依させるならそういう特性がないと…)、まちが人々の心の奥底に隠されたものを抉り出してそれを直接受け取ったと考えてもそうおかしくはないだろう。

 あとは前回述べたとおり。誰も彼も問題認識しておらず自分の都合で日々生きているだけ。良夫にしたって本質理解して村興しをしているのではなくって思い込みだけで動いているってのも前回に述べたとおり。特産品を売り込むどころか、インターネットで都会のものを取り寄せるという結果になっているし、基本問題から目を逸らして今を享楽的に生きるという結論は前回視聴して把握した構造からは当然の帰結というしかない。ちょっと残念だったのは、地方民が問題から目を逸らすことを批判的に描いていながら、ではその解決がそもそも彼らに可能なのか?、こういう状況になっているのも都会が地方から搾取を続けてきた結果であって、彼らに問題意識がないことを批判する以上に、そういう流れにした政治都市人間傲慢さに対する批判がほとんど描かれていないこと。ヘンな話、カネ持ちの子供に生まれるか、貧乏人の子供に生まれるかで大きくその後の人生が楽か厳しいかを左右するのであって、個人努力はその初期条件のハンデに比べると全然影響力は少ない。結局運が良いかどうかの話だよという視点がないんだよな。こういう構造的な視野を持ち合わせてないと、単に田舎努力しないか限界集落化するんだよという批判傲慢以外の何物でもない。

 正直この作品評価は難しい。もともと過疎問題なんて時間が経つほど難易度が上がる問題であって、そういうのをすっきりした構造で示すってのは難しくなってる。で、そういう状況を伝えようとしているという側面があるのは見受けられるんだけど、かなり見えにくゝて?という感じ。おそらく原作での純朴美少女と熊とが戯れているさまを見てほっこりする層がそのまゝアニメ視聴者層になっているんだろうけど、そいつらになにぬるま湯に漬かってんだよ、もっと現実に目を向けてみろよという側面もあって、だからこそ最終回炎上みたいな騒動を目にしても、その批判は当たらないよぐらいには思っている。そしてその齟齬に対するアニメスタッフの焦りというか投げやりさみたいな部分が作りにも現れている感じが自分にはして、気持ちはわからないわけでもないが、どうにも感心はしないなといったところ。

2017年01月18日-水

響け!ユーフォニアム 第8話 00:00

 百合成分を混ぜてきたのか。

 高坂×主人公らしい。いや、前からそういう雰囲気は感じてたのだが、とはいえあからさまなそれでもなく、もちろん全年齢対象だろうからそういう方向に突き抜けるとも思われず。

 即オーディションへという流れだったと思っていたので、ワンクッションおかれるとちょっと冷静にもさせられてよい感じ。

 自分楽器を持って帰って練習することはなかったのだが、もう20年ぐらい前からYAMAHAからTp.Tb.あたりはミュートをつけて電気処理して音はイヤフォンで聞きながら練習できるセットが発売されてる。但しミュートをつけている分それ無しと比べてやはり自然さは削がれるのだが。しかし、前から川沿いで練習している描写があったが、ミュートなどの器具を使うと本当の練習にはならないということのほかに、やはり人前で音を出すという訓練というか慣れというか、羞恥心の克服って側面があってやれるもんならやったほうがよいというのはある。でもまぁ音を出すとそれは迷惑になったりするわけで、特に音が大きくならざるを得ない金管練習場所に困るという問題はよくある。チューバを持って帰って練習しているシーンがあったが、そりゃそうするのが良いのは良いが、まぁ普通チューバならマウスピースだけ持ってかえってバズィング練習するぐらいで十分なんだけどな。

 今回のシーンでいうと、さすがにあの山の上で二人が合奏は狙ってるなという感じ。対決するにしろ和解するにせよどっちにしたって本格的に高坂主人公は対面するシーンは作らなきゃならないから、まさに満を持した舞台選曲微妙さもあって自分的にはそれほど盛り上がりはなかったのだが、それでも静かな迫力はあって、むしろスタッフはそれを狙ってたのかなと思ったり思わなかったり。

 そうそう、前から感心してたのだが、金管楽器の絵がよくできている。特に開口部(ラッパ部分)から内部にかけての奥行きは、割と影が浮いてしまうことが多いのだけどもそのへん小道具を描くのがうまい人間を使ってるんだろうか?。というか、楽器なんてCGモデリング恩恵を受けやすい要素なんでそうするべきなんだけど、ぱっと見CGだと思えないんだよね。もしかしてCG+効果で手描きに見えるようにしてるんかな。

2017年01月17日-火

ハイスクール・フリート 第8話 00:00

 この作品場合SFサイエンスファンタジーとでも訳さなくてはな。

 世界設定がお花畑なのは百歩譲っても、生体電流電波を発信して人間同士をコントロールってな…。生体電流デンキウナギの件があるから使うのは不思議ではないんだけど、デムパ生物がコントロールされるってのはトンデモなのでちょっとなぁ。べつにそういうウソ科学でっち上げなくても、人間自我喪失して攻撃的になるウィルス(というのもあまりよろしくないが)程度でも十分パニックものに仕立てることはできるのでは?。あまりリアリティのない現象を持ってくると、視聴者馬鹿にしてしまって恐怖を脅威と感じなくなるのではないかと思うのだが。

 岬艦長が、海の仲間は家族っていうのをしょっちゅう口にもし、そうあるべきと行動するというのも、彼女海難事故家族を失って、その代替としてということらしいから、それにつきあわされるクルーなんだかなぁと思っているんじゃなかろうか。船員たるべきものそうあるべきというもの個人的事情いびつな形で重ねてくるところはその押し付けがましさも大概にせえよという気がしてならないのだが、そのへんは萌えキャラで押し切れると考えたのだろうか。

 ストーリー上の歪はともかく、人間関係から、これは例えば日本の縮図なのだろうかということを考えてみても別にそんな感じではなく、フツーの海洋モノにありがちな関係性だし、本当に益々海軍よもやまばなし的な楽しみ方しかできないのかな。なんか唐突に思い出してしまったのだが、海洋近未来モノとしては光と水のダフネのほうが(バカバカしいけど)まだ設定では上のような気がしないでもない。

式姫の庭、新年キャンペが名前を変えて次々と。 22:56

 年越し、年明け、新春と、なんかネタっぽい感じ。が、それはともかく前回の年明けキャンペは骨休めの意味合いが強く、今回の新春はチケット討伐地とキャンペらしいもの。討伐地の交換アイテムで得られる姫は特りりむ姫ゆきのしたと、特蜥蜴丸寒椿の二種類。寒椿は昨年から継続で、さっそく一枚交換して真の準備が整った。ゆきのしたはどっちにしろ今日のうちに交換できるだけのアイテム数稼げなかったわけだが、なんと遭遇ドロで手元に一枚確保。金周回で5〜8個アイテムが落ち、ゆきのしたは100個で交換なのでおそらく真にするのに必要な四枚は確保できそう。