法村友井バレエ団『眠れる森の美女』

期待の新星としてバレエファン、関係者の熱い注目を集めるバレリーナ、法村珠里がバレエ団本公演初となる全幕主演を果たした。法村に注目したのは2005年の『シンデレラ』夏の精(ソリストデビューだった)。その後も日本バレエ協会公演やコンクールでの溌剌とした演技が印象に残っている。ことに昨年秋の『海賊』のグルナーラ役では、スケールの大きな演技を披露し大好評を博した。今回はデジーレ王子役にマリインスキー劇場から理想的なダンスール・ノーブル、アンドリアン・ファジェーエフを招き万全の体制による主役デビューの場が設けられたというわけだ。
第一幕、法村が登場すると舞台がパッと明るくなる。16歳の少女らしい愛らしさに惹きつけられる。『眠れる森の美女』上演の成否はこの瞬間に決まるといってもいい。全客の視線を釘付けにする。4人の王子と踊るローズアダージョでは目だったミスはなく体勢を崩すこともなかったものの踊りにやや硬さはみられた。だが、幕を追うごとに調子を上げ、表情豊かな演技をみせてくれた。2幕の幻影の場におけるアダージョの情感、三幕のヴァリエーションにおける典雅さ。そして、ロシア仕込の、精確にしてしなやかなテクニックを備えている。アラベスクやアティチュードの姿勢が正しく、重心、軸も安定ほとんどぶれることはない。オーロラ役は演技力や技術よりも踊り手の個性・華が問われる役柄といわれるが、技術が安定しないと観ている方はやはりストレスが溜まる。その点、最後まで安心してみることができた。ワガノワバレエ学校に学んだ後、日本を代表するノーブル・ダンサーとして活動した父(法村牧緒)、旧ソ連やベルギーでも活躍したプリマを母(宮本東代子)に持つ華麗なる出自を誇るが、大舞台であればあるほどその才能を発揮するのは、天性の資質の高さに加え、日々の研鑽の上での自信の裏づけ、舞台度胸の良さに拠るのだろう。精確な技術、豊かな華、精彩のある演技力。三拍子揃っているが、初の大舞台でこれだけの実力をみせたのだから末頼もしい。無論、まだまだキャリアは始まったばかり。さまざまのレパートリーを踊って場数を踏み、表現力を高めていけば、ますます魅力的なプリマとなるように思う。
ジーレ王子役のファジェーエフも決して我を主張せず、丁寧なサポートに徹しつつも甘く気品のある王子を演じ期待に応えた。まさに待ち望まれた(デジーレ)王子。わが国ではテクニック偏重の男性ダンサーがもてはやされる傾向がいまだ強い。アダージョやサポートの何たるかを知リ尽くした、世界でも超一流の踊り手の演技をみられたことは関西の踊り手や観客にとってまたとない機会となったように思う。リラの精の堤本麻起子は持ち前の長身のプロポーションが映え適役。舞台をしっかり締める。カラボス役にはこの役に定評あるマシモ・アクリを招聘。演出の意図もあってかアクションは控えめの印象だが、場をさらう存在感は十分だった。シンデレラ役の高田万里、フロリナ王女役の室尾由紀子とプリマ級を揃える辺りは層の厚さを感じさせる。宝石の踊りを踊った若手の気鋭、奥村康祐(地主薫バレエ団)の品のある演技も目を惹いた。
演出・振付は珠里の兄、法村圭緒(ちなみに初振付は2006年の『ライモンダ第三幕』)。普段は主役を務めることが多いが裏に周り芸術監督として舞台を統括した。プログラムによると、セルゲーエフ版を基本に、古い時代の映像資料等も参考にしながら新たに振付を起こしていったという。プロローグに登場する人々のマイムや演技からして型通りではなく、一つひとつがしっかり意味を持つ仕上がりなのが感じられる。第二幕の幻影の場でも整然としたコール・ド・バレエの動かし方が見事。この場の本来持つシンフォニックな魅力をしっかり伝えていた。古典全幕の改訂といえば「改訂のための改訂」とでも呼びたくなるような、ポリシーもなくさまざまのバージョンを参照し切り貼りしただけの酷い代物も一部横行する。出典、振付の根拠を明確にしつつ新たな装いを施し、風格ある舞台を作り上げた手腕は貴重なものだと思う。70年の歴史を誇る日本でも指折りの名門バレエ団ならではの伝統と、それを受け継ぐ新時代の才能の活躍があいまって生み出された見応えある舞台だった。
(2008年6月14日 フェスティバルホール)