国立モスクワ音楽劇場バレエによるブルメイステル版『エスメラルダ』

国立モスクワ音楽劇場バレエ来日公演が行われた。「オープニング・ガラ」『エスメラルダ』『白鳥の湖』を上演したが、話題はブルメイステル版『エスメラルダ』だろう。
エスメラルダ』はヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」を原作としたプーニ音楽/ペロー作のロマンティック・バレエの名作として知られ、ロンドンで初演(1844年)された後、ロシアでプティパの手を経て命脈を保ちいまに至る。ペロー、プティパそれに20世紀に入ってからのワガノワの改定も入っての版はときおり上演される。日本ではNBAバレエ団が上演しているエリザリエフ版がその系譜のものだ。1幕、3幕ではマイムを多用したロマンティック・バレエ期のバレエ・スタイルが、2幕ではプティパの手の入ったクラシカルな舞踊美学が味わえ、その様式の変遷が鮮やかに見て取れる。
それに対してブルメイステル版は、1950年にモスクワ音楽劇場にてウラジーミル・ブルメイステルが振付けた独自の版。『白鳥の湖』同様、きわめて演劇性が高いのが特徴といわれる。無実の罪によって処刑台へと送られるエスメラルダと彼女をめぐるフェビュス、フロロ、カジモトという男たちの濃密なドラマに加え、民衆たちのエネルギーがむんむんと漂い、中世の混乱と無常を伝える。白眉は、エスメラルダが幼いころに生き別れた母グドゥラと死の前に再会するというエピソードだろう。ものすごく泣ける。
昨秋、モスクワでは音楽劇場バレエによるブルメイステル版のリバイバルとともにボリショイ・バレエが新芸術監督ユーリー・ブルラーカの手による『エスメラルダ』をほぼ同時期に上演しており、競演が話題になった。音楽劇場バレエの芸術監督セルゲイ・フィーリンも着任から日が浅く、若い芸術監督がともに『エスメラルダ』リバイバルを手始めの仕事のひとつとして手がけたことは興味深い。ドラマティック・バレエというと、アシュトンに始まり、クランコ、マクミラン、ノイマイヤーといったヨーロッパの息のかかったものがもてはやされる傾向にあるが、ロシア流の演劇的バレエの価値も見直したいところだ(先日刊行された赤尾雄人著「これがロシア・バレエだ!」は、まさにその点を深く検証している)。その意味において今回は意義のある貴重な来日上演だったように思う。
ちなみにブルメイステル版『エスメラルダ』が日本で上演されたのは初めてのはずだが、以前から日本のバレエ人に大きな影響をあたえてきたのはご存知だろうか。
大阪の法村友井バレエ団では、わが国におけるロシア・バレエ上演の第一人者・法村牧緒がブルメイステル版を基に独自の『エスメラルダ』を創りあげた。再演を重ね5演を重ねる。日本人初のレニングラードバレエ学校留学生であり、留学時に、ペテルブルクのみならずモスクワで上演されるバレエに接した法村は、ブルメイステル版『エスメラルダ』に感銘を受け、1989年に自版を生む。主役のみならず脇の人物の人物像を明確にし、群舞もより力強く練り上げられたものに。ことに、昨秋の上演ではエスメラルダが処刑台に向かう前に曳きまわされるシーンを加えたことで、より悲劇性が高まっていた。
また、東京シティ・バレエ団の長老・石田種生もソビエト時代のロシアに遊学した際にブルメイステル版『エスメラルダ』に刺激を受け、後に日本で自らの演出版をつくる。石田演出でいうと、『白鳥の湖』では、最終幕をハッピーエンドにするなどブルメイステルの影響が顕著だが、『エスメラルダ』ではあえてブルメイステル版とは距離を置いたようだ。石田版はアメリカのコロラド・バレエや韓国国立バレエでも上演されている。


これがロシア・バレエだ!

これがロシア・バレエだ!