社長通信

2017-02-27 語学の勉強法

いろいろな学習法の本が市販されていますが、どの学習法が一番いいかというと、当たり前の話ですが「自分に合った」学習法が一番いいということになります。

これは語学でも同じで、人それぞれに使える「時間」や「お金」は違っており、また、もっと以前に「能力」(語学のセンス)というのも各自それぞれ違っているはずです。

時間はないけれども、お金の方は多少余裕があるという人には、ウェブレッスンがお奨めです。

私自身は語学のセンスがあるのかどうかは分かりませんが、少なくとも「語学の勉強が好きだ」と思っているので、その意味では「才能あり」の部類に属しそうな気もしております。

社会人が語学の勉強をする場合、やはり何か核になる勉強法を持っていないと、モチベーションやテクニックの点で長続きしないように思います。

「核になる勉強法」とは、例えば先ほど挙げたウェブレッスンであったり、英会話教室であったり、あるいはNHKラジオ英会話であったりするわけです。

私の場合、その「核」自体が変化していきました。

社会人になってから「NHKラジオ英会話」を20年間も聞き続けました。

余談ですが「NHKラジオ英会話」用のテキストが毎月出版されるのですが、その「読者コーナー」に2回も私の投稿を載せてもらったことがあります。

20年間のラジオ英会話のあとは、10年間英会話スクールに通い続けました。

当社が入っている同じビルに英会話スクールがあり、エレベータに乗ればすぐに行けたのが長続きの要因だったと今でも思っています。

10年間通い「そろそろ卒業の時期かもしれない」と何となく思うようになり、そこをやめました。

次に何を「核の学習法」にしようかと考えていると、ふと「ウェブレッスンがいいのではないだろうか」というアイデアが閃(ひらめ)きました。

そしてそれがもう4年半継続しているというわけです。

継続どころか、英語やドイツ語から始めたウェブレッスンが、今やフランス語や中国語にまで手が広がっています。

何か「核の学習法」を持っていて、それに加えてネットで外国語を聞いたり、英語の本を読んだりするのは効果的です。

「核」がないと学習法にまとまりがなくなり、力を集中することが困難になります。

語学の学習で一番重要なことは「単語を覚えること」だと断言できます。

ボキャブラリーが貧弱だと「読む・書く・聞く・話す」のすべてにおいて前へ進まないからです。

2017-02-26 マンガの話

久しぶりに面白いマンガと出会いました。

キングダム』というマンガで、中国戦国時代から「秦」の国ができるまでの物語です(まだ続行中で完結していませんが)。

このマンガを通して「戦略」や「中国古代史」を学ぶことができ、その分野に俄然興味を持ち出しています。

主人公の少年が次第に力を得て「大将軍」に育っていくストーリー自体も大変面白く、それはそれで勉強になるのです。

私は本来フィクションが苦手で読めません。

マンガもフィクションの一つなので読めないはずなのですが、中には“ついつい”夢中になってしまうマンガもあるのです。

社会人になってから出会ったマンガに『ドラゴン桜』があります。

落ちこぼれの高校生が東大を受験する物語です。

このマンガによって「勉強の仕方」に興味を持ち出し、今なおそのような内容の本(マンガではなく)が出たら全部注文してしまいます。

『ドラゴン桜』は三田紀房という人が作者なのですが、私は気に入った作者の本は全部読むというクセがあるので、同じ作者の『インベスターZ』も取り寄せて読みました。

これもまた実に面白く「投資」に対する知識や勘所をこの本から学び、株式投資への参考にさせてもらっているほどです。

また『かくかくしかじか』(東村アキコ作)が面白かったので、引き続いて『東京タラレバ娘』も読み、期待は全く裏切られませんでした。

弘兼憲史の「島耕作」シリーズも全部読み、そのままの流れで『黄昏流星群』シリーズへと移行しました。

物語性も抜群で、中高年の心理の勉強にもなりました。

私が学生時代に読んだマンガでの「ベスト3」は次の通りです。

まずは手塚治虫の『火の鳥』。

これを超えるマンガはちょっとないではないかと思えるほどの「永遠の傑作」だと思います。

そして白土三平の『忍者武芸帳』。

ちょっと時間がある時に第1巻を読み始めると、最後の巻まで止まらなくなるというのは、ちょうど映画の「七人の侍」を見始めると止まらなくなるというのに似ています。

最後の一つは『ゴルゴ13』シリーズ。

私が初めて『ゴルゴ13』を読んだのは学生時代なのに、それから40年以上経った今でも続いているというのは実に驚異でもあります。

2017-02-25 頭の悪さを嘆くなかれ!

相変わらず、機嫌よくウェブレッスンを受けています。

昨年の1月からフランス語を始め、今年の1月から中国語を始めました。

つまりフランス語と中国語の開始時期には1年間の差があるのですが、私の中での語学レベルは両方とも同じくらいなのです。

それだけフランス語が難しいと言えるし、中国語が簡単だと言うこともできます。

フランス語は「入門A・B」、「初級A・B」、「中級A・B」そして「上級」と7段階になっています。

「入門A」は挨拶程度の会話なので“あっさり”通過したのですが「入門B」になると途端に難しくなりました。

このまま分からない状態で次のステップに進んでも、混乱するだけだと感じ、納得するまで「入門B」で足踏みすることにしました。

入門Bは全部で20レッスンあるのですが、何と5回も繰り返しているのです。

まだ納得できず、さらに6回目を受ける予定です。

多分10回くらいは繰り返して勉強するのではないかという予想をしています。

面白いことに(面白くないことに)5回目を受けて初めて「ああ、そういうことだったのか」と合点がいくことが結構多いのです。

ドイツ語も習っているのですが、ドイツ語にはドイツ語ならではの拘り(こだわり)があり「どうしてそこまで意固地になるのか?」と思うほど厳格な文法上の約束事があります。

名詞を「男性・女性・中性」に区分することからして“あまり”意味がないように感じています。

フランス語はドイツ語以上に変なクセがあり、例えば主語によって動詞がすべて違う変化をします。

文字に書いているのに発音しないということも少なくなく、フランス語を考えた人は余程「へそ曲がり」だったに違いありません。

授業でも苦し紛れに「当てずっぽう」で答えると、案外「当たって」いることが多く、そういう意味では「フランス語に才能があるかもしれない」と、自分で勝手に勇気づけています。

その点中国語は“おおらか”です。

難しいのは発音だけで、文法的には何の“ややこしさ”もありません。

おまけに文字(漢字)は見たらわかるし、これで上達しない方が不思議です。

私は前世で中国人をやっていたのかもしれませんが、発音は結構うまいのです。

「トェ、トェ、トェ、フェーチャンハオ」と先生からよく褒めてもらっています。

が、30秒後には、いま声に出したはずの文章も発音もすべて完ぺきに忘れてしまうのです。

「頭の悪いことを嘆くなかれ!」というのが「デグチメソッド」の教えの中にあるのですが、さすがに“これでは”あんまりではありませんか。

2017-02-24 「場」が人をつくる

経営者の人たち4人ほどと、3か月後の会食の予定を取ろうとすると、日程が合うのが1日か2日に絞られます。

さらにそこから、味も雰囲気もサービスもいいレストランを予約しようとすると、なおさら大変なのです。

従っていったん決まった日程は最優先で守らなければなりません。

逆に日程を合わせるのが難しかった会食ほど、中身が濃いというのも経験則となっています。

今の生活のように日々の語学学習や読書が充実していると、内容が期待できない会合にはどうしても足が遠のきます。

パーティーや勉強会には足しげく通い、人脈を確保しなければならない」というのは、長い間私を呪縛してきた考えなのですが、最近になってこの縛りから逃れるようになりました。

尊敬できる友人たちや、心安らぐ「働く仲間たち」と、一流のレストランで”ゆっくり”と話をするスタイルが身についてきました。

私が勉強になると思える「レベルの高い人たち」は、やはりレベルの高い「場」にいることが多く、少々値が張ってもそういった場所に行くべきだと思っています。

本を読んで教養は身に着けることができますが、洗練された品性は良い「場」に出向かなければ、なかなか体得できないような気もします。

良い場との出会いという意味では、海外旅行も有力な手段の一つです。

海外への一人旅は、人を内省的にします。

知っている人もいず、言葉も通じず、慣習も違う外国で1人ポツンといると、好むと好まざるにかかわらず、自分との対話を始めるようになります。

それは反省であったり、内観であったり、将来への展望であったりするわけですが、いずれにせよ日常性を離れた空間が、新しい世界へ自分を誘(いざな)ってくれます。

おまけにヨーロッパ北米だと時差があるため、夜中に目が覚めることも少なくないのです。

私はそんなときは「これ幸い」とばかり本を読みだすのですが、そんなときに限って魂を揺り動かすような本と出合うことが多いのです。

だいたいが内省的になっているところへ「魂の感動」がドカンと来るわけで、もうそれだけで旅の値打ちがあったといっいうものです。

今まで南米アフリカ大陸には足を延ばしたことはないのですが、治安も悪く、言葉もほとんど通じない所で、自分がどういう心理的状況になっていくのかは、ちょっと想像がつきません。

欧米以上に内省的になっているかもしれないし、あるいは案外逆にハイテンションになっているかもしれません。