テレビ番組のオンライン配信 -3

アメリカやイギリスのテレビ局が行う番組のオンライン配信は、広告にサポートされた無料ストリーミングが主流になっているという話を書いてきました。このスタイルを採用することにより、ユーザーは手軽に、お金を払うことなく番組を見ることができますし、テレビ局の側も不法ダウンロードやコピーをあまり心配せず、しかもこれまで培ってきたビジネスモデル(CMつきの番組を電波に乗せる)を活かしてオンラインの世界に進出することができます。どちらにとっても有難みのある方法だと言えるかもしれません。

でも、今の形の無料ストリーミングが最善のモデルなのかと言うと、簡単にその通りだと言い切れるほど単純ではありません。まず、オンラインVOD自体が大きな話題になっている割には放送局のオンライン配信がこれまでにどれ程の収益を上げているのかいう情報はほとんどありません。よって、それらのサービスの成功/失敗を判断するのはとても困難です。例えば、BBCのオンラインVOD(iPlayer)へのアクセス数が急増しているという話は前回紹介しましたが、これには無料の上に広告が入っていないので、直接BBCの収入に結びつくことはありません。ストリーミングされるオンラインVODでは、一般的に番組中に挿入されるCMが地上波テレビよりもずっと少なく設定されています。例えば、地上波の1時間枠で放送される人気ドラマがオンラインVODで公開されると、たいていCMは15〜30秒のものが4,5回程度挿入されるだけです(番組本編は早送り・巻き戻しできても、CM中には早送りの機能は使えなくなっています)。CMが少ないのはユーザーとしてはとても嬉しいことですが、テレビ局がそこからどれほどの利益を上げているのかははっきりしていません。

さらに、英米の主なテレビ局が提供しているオンラインVODは下記で述べるようないくつかの大きな課題を抱えていて、それらにどう対処していくか次第で今後の方向性が大きく変わってくるでしょう。上記の「広告で賄うVOD」を考えると、この広告モデルがどのように運用されているのかということが重要なポイントになります。この分野はなかなか部外者には情報が入ってこないので、あまり大した分析はできません。でも、地上波テレビのCMモデルをそのままオンラインに移植しただけなのか(テレビでの放送の人気を基にして「大体これぐらい視聴してもらえるだろう」という予想を立て、それにしたがってオンラインVODでの広告料金を決める)、それともよりインターネットの特色を活かした新しいCMモデルを開発しているのか(例えば、オンラインVODでCMが視聴された回数に応じてCM料金が支払われる)によってオンラインVODが成長する方向性が変わってくるでしょう。このあたりのことを扱った新聞や雑誌の記事を是非読んでみたいものです。

放送局の課題と言えば、まずは魅力的なコンテンツをどれ程多く自社のVODサイトに集められるかということが決定的に重要です。基本的には自社がテレビで放送したプライムタイムの番組をネット配信することになりますが、例えばアメリカのネットワークテレビによるオンラインVODで現在一般的なスタイルは、最新シーズンの直近5回まではフル・エピソードを流し、それより前のものは数分間の要約版のみが視聴できるという形です。また、以前のシーズン(ご承知の通り、アメリカの人気ドラマやコメディは1シーズン24回の放送を年ごとに繰り返しています)は公開されていないか、されていたとしてもこちらも要約版のみということがほとんどです。ネットワークテレビの主力番組のほとんどはハリウッドのスタジオが(さらにプロダクションに委託して)製作したものなので、著作権を持つのはスタジオです。彼らの許可が得られなければ、ネットワークといえども番組をネット配信することはできません。いかにして許諾を得て、いかにして両者が納得できる収入の配分モデルを確立するのかということは、オンラインVODの発展を占う上で大きなポイントになります。

次に、放送局が提供するオンラインVODがどれほどインターネットの強みを活用したオープンなサービスになれるのかという点も大切です。ここで使う「オープン」には2つの意味があります。コンテンツを自社のサイトからいかに開放していくかという側面と、地理的なアクセス制限をどれほど緩和できるかという側面です。これまで、米英の放送局が開始してきたオンラインVODはほとんどが「閉じた」サービスでした。ユーザーはあるドラマが見たければA社のVODサイトに行き、そして別のコメディを見る時にはB社のサイトに移動しなければいけませんでした。互換性のない専用の視聴プレイヤーが並存していたイギリスのBBCとチャンネル4のことを考えれば、これがいかに利用者にとって不便なサービスだったかがわかると思います。自社のコンテンツは自社のVODサイトを通じてのみ提供するという直線的なサービスから、コンテンツはいろいろな経路でユーザーに送り届けるべきという発想に転換する必要があります(最近は、Huluなどそのようなモデルを意識したサービスが出てきています。この点についてはまた改めて書きたいと思っています)。

また、現在放送局が提供しているオンラインVODは、そのほとんどが自国内からのアクセスしか許可していないという点でも閉じたサービスだと言えます。人気番組になればなるほど、国ごとに放送権を区切って海外の放送局に販売する機会が増えるので、なかなかひとつの放送局が世界に向けて番組を提供するのは難しいのかもしれません。でも、インターネットのグローバル性を考えた場合、コンテンツをウェブ上で、正当な方法で国際的に流通させて視聴者に届ける何らかの方法をテレビ局が考えなければ、結局は海賊行為などでコンテンツだけが流通していきテレビ局は収入を得られないというもっとも悲惨なパターンに陥ってしまう可能性があります。この点からも、テレビ局のオンラインVODはいかにしてアクセスをオープンにしていくのかという課題に真剣に取り組まなければならないと言えます。

そして最後に、オンラインVODの発達とコンテンツを配信するパイプの容量の発達のバランスをいかにして取っていくのかという課題があります。映像コンテンツは、例えば音声だけしかない音楽の配信と比べてデータの容量が格段に大きくなります。映像コンテンツのオンライン配信がブロードバンドの普及と軌を一にしているのはそのためです。でも、いくらブロードバンドが広まり接続速度も年々増しているとはいえ、オンラインVODが一気に人気を集めた場合は伝送パイプの容量がいっぱいになってしまう恐れがあります。例えば、BBCのiPlayerは番組配信にP2Pの技術を使っていますが、昨年の夏にサービスを開始した直後、イギリスのISPから「iPlayerはデータを食いすぎるからトラフィックが圧迫される」という批判が寄せられています。広告で賄う無料VODというスタイルを採用する以上、できるだけ多くの視聴者に番組(とそこに埋め込まれたCM)を見てもらうのがオンラインVODを成長させる一番の鍵なのは明らかですが、そこに伝送パイプの容量という問題が絡んでくると事は複雑になります。オンラインVODの発展には、このような技術的な要因も大きな影響を与えています。

このように、番組のオンライン配信にはさまざまな課題があります。ただ、「課題が山積みしているからネット配信はやめておこう」というのではなく、できるところから始めながらビジネスの芽を見つけ出し、それに応じて柔軟に戦略を変えていこうというダイナミズムはとても魅力的なものに感じられます。