
公園のベンチで本を読んでいたら、空気をかき混ぜるような風が吹いてきて、ページに落ちる木の枝葉の影が揺れた。いつのまにか文字よりも、その影と紙の白さのコントラストに目を奪われて、綺麗だなぁと思っていた。
だんなさんと、過去最悪の、別れの感じになってフリで自分の荷物をまとめたら段ボール三箱だった。どうしようどうやって仲直りしたら良いんだと思っておろおろしていたら解決策が見つからないままとうとう配送まで完了して実家にドスンと届いた。ふたつに割り切れないものは後日お金で清算するという冷たい約束までして、本当に終わってしまいそうだった。最後にひとりで妊娠検査をしたら陰性で、これまで幾度かふたりで見たときは安堵だったのに初めて心の底から喪失感を感じた。
結局はその二日後に、ちょっとした偶然と強烈な情念引力で夫婦に元通ったのだけど、お互い心を入れ替えて本当の夫婦になる本当の準備をちゃんと始めることにしたり。そのときに、だんなさんは素晴らしい文章で以て私について詠み上げたので、私はびっくりして、脳が昇天する想いでそれを聴いていた。言葉の素晴らしいひとは、それだけで、愛する意味があると思った。
だんなさんがウツ気味です。【ツレうつ】を映画館でいっしょに見ていたころなどは、ぜんぜんもんだいなく、「良い夫婦だねえ」などと言っていた。ウツはここ最近で、原因はわたしで、わたしといっしょに居る疲れが、知らないうちにたまってきたのかもしれないらしかった。わたしがぶったり、おにぎり投げたりしたからかもしれない。今までに無い感じの話し合いをしたら、すこし元気を取り戻して、わたしもおんぶにだっこは辞めました。
先月、夏物製品の展示会へ行ったら、エリア長にお会いし、「最近成績が伸びてるね」と言われた。顔と名前が一致し、成績も把握しているのだった。去年までの個人売りが黒字だからこのまま行けたらとりあえずこの会社に居る意味があるようです。今の仕事を良く言えば、常に笑顔でいられることだと、このあいだふと思った。それから毎日知らないひとに、自分から、声をかけるという不思議。
ビギンの音楽を流しながら夕飯を作っていたら、ちょうどだんなさんが帰宅して、「沖縄の割烹料理屋みたいだねえ」と言って笑った。
たとえばおなかが痛くなったとき、かみさまを恨むひとと祈るひとがいて、彼は後者です。
洗濯機から冷たい衣類を取り出して干しにゆく。
手がちぎれるくらいに冷たいけれど でも今日は晴れていて、
胸いっぱい息を吸って吐いてみれば 頭の言葉が散ってゆく。霧みたいに。
— via「発光地帯」川上未映子
医療保険に入ろうと思って、知り合いのかたの会社で見積りをもらったときに聞いたお話。死亡保障の意味。
単純にお葬式代や、あとに残される妻や子供の生活費のために、という考え方だけではないのらしい。
「世帯主という訳ではないから、無くて良いです」と言って一番シンプルなプランで見積もってもらったのだが、そうじゃなくて、私みたいな若い人が死んだ場合、死んでごめんなさいという親に対する孝行の意味合いがあるのだそうだ。受取人が親である間は、ここまで育ててくれた両親に対するせめてもの。さらには、この先の面倒を見てあげられなくてごめんなさいという意味もあるのだそうだ。どのみち自分の予算では無理で、そんな保証は付けられないのだけど、だんなさんと暮らすようになってから守るべきものや家庭など、大切なことがどんどん明白になってゆく。
このまえ、未映子が朝の番組に出演していました。休日のだんなさんがのんびりテレビを見ていて発見し、「英子の好きな川上未映子が出てるよ〜」と言った。この週は休みが合わなくて私は仕事に行く支度をしていて片手間に見た。未映子は蝋人形みたいな肌で少し痩せた感じ。どのインタビュアーも、おんなじ質問ばかりしている。もうテレビに出なくて良いような気がした。口で言っても誰にも伝わらない。
最終的な拠りどころは「性善説」ではないだろうか。
社員の机のまえに、各自の母親の写真と、
自分の赤ん坊だった時の写真を貼るように義務づけるのが、
いちばんの不正防止策としか私には思えない。
おまえの胸に聞いてみろ、というやり方だ。
トートバッグから原稿の入った封筒を取りだして聖に渡した。
今回の原稿は単行本にして六百ページも分量があるもので、片手でもつと手首がぐらりとするくらいの重さがあった。
聖は両手でそれをもって、その厚みと重さを確かめるみたいにして首を軽くふり、わたしをみて笑った。
「信じられる? 人が人に向かって、こんなにも言いたいことがあるなんて」
実家です。久しぶりに帰って、自分のと間違えてお兄ちゃんの歯ブラシで歯磨きしてしまったりした。お兄ちゃんもなかなか帰って来ないこのおうちは、子供の居ないおうちで、親はかわいそうだなと変な気の回ることがあります。今日は給料日で、お父さんお母さんに気持ちを手渡す。強く求められるでも無いが、終の建前、親への金銭的補助は自分の身の丈以上でする気負い。驚いたのは、いつの間にお父さんがギターをはじめたことで、お兄ちゃんが置いていったものを弾いている。参考書は図書館で借りている。陽水など。
新潮文庫の文豪ウォッチが復活したらしく、応募したくて、久しぶりの自分の本棚を探したら十一冊あり、だんなさんにも協力してもらって徐々に三角を集めている。だんなさんは昔の太宰の文豪ウォッチを持っている。私は漱石が欲しいなあと思っている。
同期がまたひとり会社を辞めたから、おいおいおいと思う一方で、人は人。早く就寝して早起きし電車の中でも勉強するだけで人生は好転しはじめる。仕事については今の自分に確たるものが無く、掴みかけも掴みかけ状態に何とも言えないが辛いと言えば辛い、楽しいと言えば楽しい。とても楽しいと言えばとても楽しく、働く理由がある。
夢のような少女でしたと 貴方はたしかに書かなかったか
夢にしては汚すぎたと 貴方はたしかに想わなかったか
ふたり暮らしをはじめて三ヶ月が経ちました。ふたりで選んで決めたのは実家に程近いマンションで、最寄り駅も、ごはんを買うスーパーも、私はこれまでと変わらない。けどこれまでとはまるで違う、あたらしい世界を見ている気がする。
【 朝。食パンをたべながら新聞を読む。テーブルの下、裸足がチラシ踏む。】
十五年ひとり暮らしだった癖で本人はもう無意識のようだが、朝刊のそれぞれを読むごとに足でペタンコにしてゴミの嵩を減らしてゆくオートマチックなその姿は、私に結構くる。「好き」として。日々。いちばん好きなのは、お風呂あがりにドライヤーでかみのけを乾かしてもらうことで、これは、とてもすばらしい。
もう無理だ、ということがはっきりするごとに、馬鹿になってゆく、将来の夢などは子供に託すとして、私はそういった、普通に普通の幸せを。と思う。今日。仕事帰り、本屋で未映子のしおり売ってて買った。封を開けたら、未映子のポートレートのしおりと「乳と卵」の装丁のしおりが入っててうっとり。だんなさんに見せてあげよう、と思いながら帰宅。
十二月の空気は均質にぴんとはりつめ、地上では風なんてまったく吹いていないのに、
みあげるとはるか上空では猛スピードで雲が流されているのがみえた。
わたしはしばらく立ち止まって、夜空を見上げていた。
何層にもかさなりあった白とも灰色ともつかなくなった夜空の雲の濃淡は生き物の影のようで、
おおきなものが音もなく動いているのをみつめていると、胸がどきどきと音をたてた。
真っ白に輝く月が顔をだした。静かな、誕生日の夜だった。
わたしはジャンパーのポケットに両手を入れて歩きはじめ、
人影のないひっそりとした住宅街の道をゆくだけで、なぜなのか、
自分が少しだけいいものになったようなそんな気がした。
同期がひとり会社を辞めました。
就職してから今までずっと、自分の世間知らずと未熟さを痛感する日々です。
くだらないことを考える暇が減って、頭がシンプルになってゆく。何とも言いようがない。厳しい。
いいか、空の戦場は地面の上とはまったく違う。
一旦敵味方の飛行機が入り乱れて乱戦になると、
もうどいつが敵か味方かもわからない。
ある意味、平地の戦場よりも恐ろしい。
空の上では塹壕などというものはない。
全部がむき出しだ。敵は前後左右どころか、上下にもいるのだ。
目の前を敵が逃げていく。それを追う。しかしその後ろから敵が追う。
そしてその敵をさらに味方が追う。
さらにその後ろには、今度は味方がそれを追う。
敵側と味方側に別れての戦いとは根本的に違う。
— via「永遠の0」百田尚樹
太宰のお墓参りをした。命日であった。
墓石に刻まれた【太宰治】のくぼみに、さくらんぼがぎゅうぎゅうに押し込められていて、お酒や煙草も供えてあって粋な雰囲気がした。
連れは、「ここに眠っていると思うとぐっと来る」と言った。自分の好きな小説家が、例えばもし未映子が死んだら、私はお墓に手を合わせたりするだろうかと考えて、是非しよう、と思った。
「行ったら会うかも」と言われていた通り、禅林寺で連れの仕事のかたに遭遇した。「彼女と参りました」と紹介され、変な気がし、あとから急に思い立って「連れです、くらいでいいよ」と、ようやく帰るころそっと提案した。それから妙に「連れ」という言葉が気に入り出して、これから使っていこうと思ったのだ。
一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩うな。明日は明日みずから思い煩わん。
今日一日を喜び、努め、人には優しくして暮したい。青空もこの頃はばかに綺麗だ。舟を浮べたいほど綺麗だ。
さざんかの花びらは桜貝。音たてて散っている。こんなに見事な花びらだったかと、今年はじめて驚いている。
何もかも、なつかしいのだ。煙草一本吸うのにも、泣いてみたいくらいの感謝の念で吸っている。
まさか、本当には泣かない。思わず微笑しているというほどの意味である。
久々休日。BSで【君たちに明日はない】を観ながら朝ごはん。お兄ちゃんがくれて、原作の文庫を持っている。リストラ請負会社で働くサラリーマン小説だが、内容は面白い。働いてるひとには、グッと来る場面もあると思う。垣根涼介は言い回しを変えて何度も同じことを書く。そこが技術の拙さを思わせながらも、ハマったときの一文は心を動かす力がある。
いっとき手つかずだった内定先の課題をちゃんとやろうと思って、急いで作ってメールしたら一時間で返事をくれた。ワードは「大変良く出来た」エクセルは「良く出来た」という評価がついて、春からの話など。なんか変な箇所あるような気がして分かってたから、反省と、とにかく消化した安心感。
今日もだけど、大学の集まりに欠席している。必至なの理解しつつ謝恩会とか、どうしていいか分からず。肝心なときに限って、どうだっていいと思う瞬間があって、こういう胸の芯に巣食う投げやりな気持ちが、いつか人生を台無しにしてしまうような気がするときもある。
さくっと辞めて今まで苦しんだ分をちゃらにするか、辞めないで苦しんだことを糧に前に進むか。
仕事をする人間として、魅力があるのはどっちだろうな。
かいもの。タカミに頼りっぱなしで吉祥寺。おもしろい店員さんに出逢う。水色の鞄を「空みたい」と言って話したら、「じゃあこれは海です」と言って青い鞄を持ってきた。すてき。
夕方、塾長から着信。吉報。私が小論を見ていた子が武蔵美の映像に合格した。安堵。デッサンやデザイン以外に小論を指導したのは初めてだったから何しろ安堵。自分なりの文学がひとに初めてほんの少し役に立った。内心オラオラ。同じ舞台にあがったからこれからは同志として付き合っていく。自分のために。
帰りの電車で【マキタ学究♯25】を聴く。聴けば聴くほど感。将来の道が文芸や演芸で、不安定なひとは必聴。ひも肯定説、かつての自分では有り得ないが不思議と染み込んだ。なりたい訳じゃない。可能性論。落ちるとこまで落ちてまで好きなことに傾注するって相当いい根性。それが出来ないひとは脱げって言われて脱げませんって言うのに似ている。恥のこと。落ちるにもバイタリティが要る、負の。私も紙一重。
二十代前半のころに比べれば、仕事もせずに過ごす一日という時間に、無聊ではなく不安を感じるようになってはいるが、
それでもまだ、「仕事など探せば見つかる」という楽観が心の底に残っていて、その底に残った楽観を指先で掬いとり、
ちびりちびりと舐めているうちに日も暮れて、野球中継、お笑い番組と続く夜のテレビが、
朝目覚めたときにはひどく遠いものに思えた明日へと、簡単に時間を繋いでくれる。
D&DEPARTMENT アゲイン。お昼ちょっと行って家具を拝見。カリモクのテーブル。やっぱりすてき。服も見て、ベルトひとつ購入。
午後から予備校。そろそろ辞める。辞め日を交渉。だいたい目処ついて、私だけしか見てない生徒の課題を微調整。引き継ぐ先生はもの凄く良いひとだから心配ないが、お気に入りの女の子を最後まで見られなくて残念。試験に関わらず教えたいことなら、もっといっぱいあった。逆に私が学んだのは、受験生という発展途上の生きものが持つ神聖さと、刹那さと、儚さと。
人にはそれぞれ、ある特別な年代にしか手にすることのできない特別なものごとがある。それはささやかな炎のようなものだ。
注意深く幸運な人は それを大事に保ち、大きく育て、松明としてかざして生きていくことができる。
でもひとたび失われてしまえば、その炎はもう永遠に取り戻せない。
伊賀大介がアシスタントを募集している。条件は二つ。都内在住、普通免許。KiKiのサイトで一ヶ月も前から掲載してるのにまだ募集中。
アシスタントで思い出すこと。以前、祐真朋樹がアシスタントを募集した際、祐真本人が一対一で面接したらしいが、特に条件は無いにしろ英語が話せなければアウト、というのを何かで読んだことがある。エリートじゃなくても合う子なら、と思っているけど英語は必須だそう。
祐真にはとてもかわいい名前の男の子が居るのだけど、(将来は自分の息子に同じ名前を付けたいなあ)などと思っていた時期もあった程、実は高校生くらいの頃から祐真朋樹が気になっている。今でもなんとなく気になる。細く永く気になっている。
初見。神保町の三省堂で安藤礼二とトークセッション。結論から言うと、あまり好きな感じではなかった。残念。安藤礼二はもともと苦手。佐々木中の話に期待して行ったのだけど、難解でほとんど付いて行けず、そこが残念。佐々木中は作家であって思想家でもある。哲学は見方や入り込み方によって宗教だから日本人が言うものに考えながら聴いても右から左。思想にそもそも骨組みがないというか。「革命」という言葉にも違和感。革命革命って言ってすごく革命過多。それはもう未映子が言った。未映子が言う「毎日が革命前夜」は良いとして、佐々木中の声高は辛いものがある。正直もっと賢いと思っていた。前著【切りとれ、あの祈る手を】では、天才と狂人のスレスレをいっていたように思ったが、新刊【九夏前夜】はある意味こちらが疲れてしまい、言いたいことが掴めず半分で断念。たぶん、思いを言葉にするのではなく言葉を伝えることが大事だと言っていたのではなかったか。
繰り返し読むということは、まともに受け止めるしかなくなるということです。
そしてそのように生きるしかなくなるということでもある。
— via「切りとれ、あの祈る手を」佐々木中
予備校のバイト。受験生に入試の手応えを聞く。どっちに転ぶ可能性もあるとのこと。ビビっているようす。まだ口に出して言わないけど別に浪人したって良いじゃんと思う。一度道を外れる経験は貴重。思い切りの良いクセが付く。
そんなことより代ゼミの話になって、代ゼミのコピー良いよねって盛り上がる。【志望校が母校になる】というコピーは高校生に人気。憧れのよう。実際に大学卒業を控えた今どんな心境ですか?みたいなことを聞かれて、一応「うれしい」と答える。良い例えがないかと考えて、「好きなひとが家族になる、くらいうれしい」と言い直す。意外に通じたようで、「それはそれはおめでとうございます!!!」という反応で高校生の目がキラキラした。
晴れ。起きたら本格的な風邪だった。風邪ひいたことがお母さんにバレて怒られる。「勘弁して私にうつさないで絶対」って三回言われる。ぜんぶ無視。というか声が出ない。
内定先から封書が届く。辞令。【都内地区 店舗勤務を命じる】【年俸 二百四十万円を支給する】と。都内っていうのは都下と表現区別しての都内なのか分からないけど本当に都内なら本店かフラッグショップの可能性が高い。期待する。つかの間と言えど、働くなら路面店がいいなあと思う。
入社前の課題第二弾、ワードとエクセルを使う実技。プリントが同封されている。さっそく始める。ソフト持ってないので無償版を落とすところから。オフィスはギリギリまで買わない。まだ買うまいと思う。知らずのうちにこれらが必須の社会人になってきたら私が思ってた展望と違う未来ということになる。気を付けないと。とか、そんなのは、まだ何も知らないから言えることだけど。語弊があるので換言すると、この会社に対してもの凄くヤル気がある。あるから考えることがいっぱいある。
夜までバイト。私の役目だいたい終了。繁忙期終了。来週多摩美の入試。もう教えることがない。キットカットをひとつ購入。たまたま今日の最後まで居残ったラストサムライにあげようと思った。最後まで居たのは、いつも最初に来て最後に帰るいつもの子だった。予備校でちょうど三年バイトして三代目の送り出しで初めてベタなことする。自分が予備校生だったころ先生から貰ったときと同じようにマッキーでメッセージを書いた。先生に貰ったキットカットの箱を私は今も持っている。側面までぎっちりメッセージが書いてある。
休憩時間と帰りのバスで本一冊読了。せきしろの本。いい。
マイマイからのメール【いま『雪国』ちょうど読んでるの】と、新潟から。うれしい。
「ソーシャル・ネットワーク」を観た。主人公と自分の友達が被って、ずっと友達のこと考えながら観てた。ひとつのアイデアを形にするために生涯を賭けるというのは稀有な運命だけど、その運命に、人生のある時期の一端が触れることは誰にでも起こりうる。たとえ学生でも。
一般大の経営に通っていたリンちゃんは、Tシャツの通販サイトを作ろうとしていて、Tシャツのグラフィックを描いてくれる美大生を探していたとき私に出逢った。私はエレファントデザインのワークショップで自分の名前を売る方法を探していたとき、インターンとして運営側に居たリンちゃんと出逢った。「ソーシャル・ネットワーク」は私たちの当時の掛け合いを彷彿させたからリンちゃんの顔が浮かんだ。何か一緒にやろうよ!という商議は同志の間で幾らでもある。そういう時代は誰しもある。私も高校生の頃、タカミと一緒に be brand!と誓っていた。ブランド設立しようとかそんなんじゃなくて「自分たちが新価値になる」こと。俺が法律だ!という古い映画があったけどあれに似てる。(それは良いとして)そんな空想を初めて実践で見せてくれたのがリンちゃんだった。ネット販売の欠点は試着できないこと、実際に着てみた感じが分からないことだけど、それを解消した新しいシステムのネット販売についてアイデアを惜しげもなく教えてくれた。
それは、消費者がサイトに投稿する写真に要点があり【体系の統計と属性と販売サイズが云々でアルゴリズムが成立する】みたいなこと。【消費者Aが商品を買う】という行為から【消費者Aがリピートする】【消費者Bが商品を買う】という行為を派生させる工程にアクションが二つほどあって、さらにそれを上手く循環させる要は “還元” らしい。消費者へのフィードバックとデザイナーへのロイヤリティ。だから発表の場があるだけで嬉しい美大生は雇用コストがからない、デザインコンペするほど質が上がる。なるほどだった。凄いのは、それを 5er でプレゼンしてくれたこと。戦略開示は問題じゃない。戦略というのは実効的である以上、本来模倣不可能であるべきだという体現でもあった。
リンちゃんが凄過ぎたから、私は協力できることがどんどん無くなって最終的には “ひとを紹介する” ことしかできなくて悲しかったけど、私の何百倍も優秀な私の友達にとにかくたくさん巡り逢わす、という使命を遂行した。その後リンちゃんは大学を辞めて本当に起業した。そういう人生もあるんだなと思った。紆余曲折を経て今はアイホンのアプリを作っている。それも人生だった。その姿がまた私の勉強になる。
リンちゃん「人脈は資産だからコミュニケーションは投資、知り合った人と仲良くなるんじゃなくて知り合いたい人と仲良くなる」
休日。十時半起床。朝ごはんを食べながら、溜まったフィードを読んで整理整頓。来月、新書の刊行記念で佐々木中が講演をするみたい。「atode」のタグを付けていったんスルー。行きたいな。でもな。とか思いつつ。
『広告』のバックナンバー、朝井リョウのインタビューを読む。上京したてに感じたことなど。【東京に来れば自分をどこへでも発信していけると思っていたが、実際は「東京」という “発信地” があるだけで誰でも “発信者” になれるわけではなかった】みたいな話が印象的。
私の flickr に、コメントをくれたり時々メールをくれるオランダ人女性のイラストレーターがいて、「日本のトウキョウに興味があります」と言っていた。お父さんに訳を添削してもらいながら返信をした。私が住んでるのは東京の僻地だし東京と言っても色々ですみたいなこと。
夜までバイト。デッサンの課題中に、大卒の浪人生が「帰りたいです」と言い出した。「調子でません」とのこと。体調的なことじゃなくて精神的なもの。受験生のあるある。私も上手く描けない日に予備校から逃げたことある。「君は大人だから任せる」と答えたら、結局その浪人生はなんやかんや最後まで居た。片付けのとき、労いに超古典的な激励(痛くないやつ)を一発おみまいした。効いたかどうかは不明。
逆に私から帰宅を指示したことがあって、そのとき相手は高校生だったけど、ごねて帰ろうとしなかった。熱のある顔して咳も酷いのに「頑張れます」と言った。そして「両親は旅行に行っているから今日は家に誰も居ません」と言ったのだ。(は?)一瞬、風邪と親の不在がどう関係するの?と考えて(甘えん坊か?)と思い当たってクラクラした。その幼さが羨ましくて、対象的に自分が意地悪く思えて衝撃だった。
子供には、子供が当たり前に望んで良い権利があって、体調が悪くて早退するとなれば、きっとお母さんは風邪に効く夕飯を作って迎えてくれるし、ポカリを冷やしておいてくれる。弱ったとき当たり前に手厚く扶養される。もし私が同じ状況だったらば、望むも何もイメージするのは単なる荒療治な自己管理で、さっさと寝るとか、市販の薬で何とかするとか、そういうことだと思う。だから、あのとき「帰ってすぐ寝なよ」と言って諭した私は少しズレていたのだ。とっくに扶養義務者の側で、もっと社会的責任があるのだと気付いて衝撃だった。
世の中の厳しい現実には、身もふたもないほど現実的であらねば立ち向かえない。
夢を見続けている人間は、夢を捨てた人間が守っているのだ。
夕方までバイト。お昼休憩に、菓子パン的なものを食べる高校生を見かけると、すごく変な気持ちがする。決して嫌な気持ちじゃない。なんか、変な気持ちがする。動揺してしまう。
DVDを観ようと思い立ち、まっすぐ帰宅。長嶋有の小説が映画になったやつ。長嶋有の中でいちばん好き。洋子さんという登場人物が良い。洋子さんが無造作に手づかみでホットケーキを食べながら泣く大事なシーンがある。それを何度も観た。原作では、苺と八朔(はっさく)を食べながら泣く。それは淡々と続く物語にたった一箇所ある破れ目。息をのむ。
何年か前に、友達が言った忘れられない話。「チャーハンを食べながら泣くという行為が好きだ」みたいな話。 独りでチャーハンを作って、独りで食べながら音楽を聴いていたら、あまりに感動して涙がボロボロ出てきて、チャーハンがしょっぱくなった、しょっぱいチャーハンは旨かった、ていう。「涙は “出て” くるけどチャーハンは口に “入れる” みたいなところが素敵だと思う」とも言った。忘れられない。
お昼までバイト。書けない漢字が毎回一緒で、電子辞書を引くと履歴に出てくる。終業後、それぞれの生徒の記録帳に指導内容を書き込んでいると気づく分かること。私はデッサンを教えるとき、「秩序」と「抑揚」という言葉を意識的に使って説明しているらしいこと。
午後は電車に乗って、読み方が分からない駅で下車。九品仏駅。ずっと前から来たかった D&DEPARTMENT で家具を見た。片落ち感は期待通りだった。一人暮らしの際、某かここで買うだろうと思った。自分のことじゃなくて客観的に一人暮らしというものをイメージしてこんな感じが素敵だなと考えるとき、斉藤和義の歌が聴こえてくる。日々、紙に言葉を書き付けて、それを少しずつ束にしてゆくためだけに一人で暮らしているとか。そんなような。
生まれて初めて古着を購入して帰宅。
新しいテーブルを買って来た 素敵な事 書けそうで 書けそうで
新しいテーブルで何を書こう 例えば君 例えば僕 あの頃の二人
学校へ向かう道中、高校の友達に電話。誕生日だったから。プレゼントに今度のエレ片コントライブへ招待したいので予定あけておいてねと告知。ラーメンズにもエレキコミックにも反応良くてひと安心。去年超絶かなしいことあった友達を今年は全力で景気付ける。
今日は学校でプロカメラマンの先生に卒制を撮って頂いた。緊張感があり、後半やる気が湧いてきてアシストに面白さを感じた。先生が右と言ったら私にとっての左。「右に五ミリ」と言ったら本当に五ミリ動かす。次の次の行動を予想しておくこと。とにかく機材は本格的で半端なく重い。カメラマンのポーターやる見習い的なひとは大変だろうと思った。付きびととかアシスタントとか、それらの道へ歩きはじめた友達は今頃その道の師の指示に「はい!」って返事しながらテキパキ仕事してるのかと想像した。予備校時代の同期が劇団四季で監督助手になったこと思い出したりした。マユの手伝いをしていて、死ぬほど疲れて最後にトルソーを運ぶとき倒してしまって背景紙の根元が切れた。先生は「おみゃあさん、にゃろめ〜」みたいなこと言って、俺も疲れてもう目しょぼしょぼだよアハハで片してくれた。すみませんでした。
終電ギリギリで駅までタクシー。タクシーでいつも迷うこと、運転手さんと世間話になったとき、私の父もいまタクシー運転手ですって言うか言うまいか。期せずして相手の悲しい扉開ける可能性あって結局言わないのだけど、何故か今日は私が話を聞いて欲しい気持ちになった。疲れてた。
今日いちばん印象に残った言葉。「自明のものをあからさまにしない、まなざしの多義性」柏木先生が講評で言った言葉。観るひとに、何が描かれているか分からせまいとする絵の話。デザインのモチーフのこと。
「これは羊かもしれないし、雲かもしれないよ」という自由なまなざし云々の説明があったけど、後になってよく考えたら最近覚えたトートロジーに思い当たって感激した。例えば「僕は僕である」みたいな語法、同語の反復と形容の矛盾っていう面白い仕組みのこと。「明日は雨が降る、なおかつ降らない」という文言は降っても降らなくても矛盾するが、「明日は雨が降るかもしれないし、降らないかもしれない」という文言はどちらにしろ正解だからトートロジーである、みたいなこと。
帰りの車中、iPodでユニコーンのライブ映像を観てた。バンド復活後に【すばらしい日々】演奏してるやつ。初めて聴くひとは歌詞の意味が分からないと思うけど、本当は誰に歌った歌なのかを知ったとき、一気に好きになる。恋人っていうひともいるし、友達とか家族かもしれないけど、それはどんな解釈でも良くて、もしかして川西幸一じゃないかって捉えたら、一気にユニコーンが好きになる。そういうこと。
テキ棟で飼っているマイケルさん(猫)が朝ごはんを食べていた。頭蓋骨をイメージしながらおでこを触ったら、キャットフードを噛み砕く顎からの振動がゴリゴリ音を立てて私の手に伝わってきた。木の幹に聴診器を当てて水を吸い上げる音を聴くような感じに似てる気がした。
みんなが作業している横で身辺整理を始めるのは悪いけれど。山のような荷物を少しずつ捨てたり誰かにあげたり持って帰ったりして片付けた。袴レンタルのメーカーが出張で多摩美に来ていたから、マイマイと一緒に見学したけれど、おもちゃのような袴がたくさんあって面白くて笑ってしまった。係のひとは優しいおばさんだった。親戚のおばさんのようにあれこれ強引に試着させてくれて、すてきねぇすてきねぇと言っていた。こんなものかと思ってしまえばそうかもしれないし楽しければ何でも良いのかもしれない、大学は最後までお祭りなのだと思った。何か大きい流れの終点にいる今の自分が凄く馬鹿みたいに思えて楽しくて悲しい、みたいな感情が湧いてくる。卒業式を欠席する理由を考えていたら、どのみち文藝春秋の試験日だということを思い出した。明日の卒制講評会が終わったらどんな気持ちになるか想像つかない。
背中を向けたまま返事もしない俺に、宏美は「私、帰るから」とは言わなかった。「帰るから」とも言わずに帰ってしまった。
帰るから、という言葉には続きがありそうに思える。でも、帰る、という行為にはその続きがない。
彼は、彼にとっては誠実にことを進めようとする少しのうぬぼれと後ろめたさから知らないうちに意地の悪い緊張感を漂わせており、
ふたりともが思ってもみなかった冷たい声で飲み物を注文したときにそれはふたりのあいだで決定的なものを生んだようだった。
— via「発光地帯」川上未映子
今日はバイトの面接で有楽町へ行った。私大の入試が終わったら、予備校のシフトが一気に減るからその布石。場所も仕事も待遇も私にとっては好条件だから採用されたらラッキー。四月から社会人になるその前に、「地下鉄のラッシュをからだに慣らす」「ちょっと本気で販売してみる」を、一応の目標とする。有楽町といえば初めて未映子に会った街。三省堂のところで。二年前。九月のこと。
書くことの動機のひとつに、「安住を揺さぶりたい」という気持ちがあります。
基本的に自分で戦わずして得たものに安住し続ける者に対しての嫌悪感もある。
規模はさておきわたしはわたしでわたしなりの革命を夢みているところがあり、
自分でできる範囲での、革命と救済をやり遂げたい、という思いがあるんです。
ラジオにふつおた投稿。ラジオというか、エレ片ポッドキャストに読みかけの雑誌を送った。ブレーンを読んでたら、C1グランプリの募集テーマが【温泉に行きたくなるコピー】だったから、温泉好きのヤツイさんが書いたら良いのではと思い立って、お知らせのつもりで。
エッセイを書くひとはエッセイスト、コラムを書くひとはコラムニスト、だけどコラマーという妙な言い方もあるらしく、コラマーという肩書きで紹介されたひとの記事を発見して思わず二度見した。なんとなくだけど、コラムニストよりコラマーのほうが面白いコラムを書きそうな雰囲気がする。カジュアルで。ちなみにエッセイを「エッセー」と書くひとに共通するのはアルチュール・ランボーが好きだという点。
コピーライターという仕事は徹底して “部分” だから、広告で言うビジュアル&テキストのテキスト担当ということになる。最近あらゆる分野の分業制について考えていて、調べていたら、キャスティング業というキャスティング専門の職業があることを知った。そこまで細分化されたクリエイティブって何なんだろう。そこで思い出す、むかし鹿くんが言っていた言葉【結局映画を作るのは、集団の意志でなく最終的には一人の意志だ】について。【カメラはカメラに集中して、照明は照明のことだけ考えて、録音は重いマイクブームをフレームに入れないように振り回すことだけを考えていればいいようなチームワーク、スタッフのキャラ立ちっていうことでもないはずなんだ】という考え方に、無知ながら私は共感していて、それは諏訪敦彦にも通ずるところがあるからだと思う。(私は諏訪さんが好きなのだけど、先日、お会いできる機会を逃してしまった。諏訪さんが多摩美に来ていたのに講義に参加できなくて今でも心残り。)
要はどっちのほうがより面白いかということ。では、もし物書きという孤高の仕事にひとが集まったら、どういう構成ができるだろうか。落ちた鉛筆を拾ってあげる(隠喩)こと、落ちた消しゴムを拾ってあげる(隠喩)ことが、じゃあ具体的に何なのか、まだ考えているところ。
人生を共に生きる仲間や、家族と映画を作る必要がある。
監督の仕事、カメラマンの仕事、俳優の仕事などと役割で分業されたプロフェッショナルなシステムが必要な訳ではない。
必要なのは「私」と「あなた」で映画を作ること。「私」と「あなた」の関係を「世界」へ折り返し、生きることをリサーチすること。
その必要性において映画が作られるとき、映画は自己の世界を超えて、豊かで強靭なイメージを獲得するだろう。
決してナイーブで独りよがりなものではなく、クリスタルのような強さをたたえる一瞬があるのはそのためである。
映画はか弱きものの側にある。映画は我らのものである。