小人閑居

2017-11-14

坂の上から

今の職場は坂の上にある。

わたしの通勤経路は坂を下りないでそのまま坂の頂上を歩いて帰るんだけど、ふと坂の上で振り向いてみた。

晴れた夕方で陽はもう沈んでいて、残り日が空の高い位置を照らしている。その光の中に高層ビル群が浮かんでいる。高層ビルのオフィスの窓は明かりがついていて、航空障害灯がそれぞれのリズムで点滅している。

坂の下からは濃くなっていく夜が昇ってくる。

空の色は高い位置ではまだ昼間の青さが残っている。わたしの目の高さでは、アヒルの卵のような緑色。イングランドでegg shell colourとして美しい夕暮れに欠かせないものとして大切にされていた色。

空気は澄み切ってはいない。無数の細かい塵が舞っていて、高層ビル群はいつもよりも遠くに霞んで見える。

さて、この景色を見ているこのわたしの気持ち、これをいかにして表現をしようか。

…と美しい表現を考え、とつおいつ、帰宅をしていた。青春の夢の残り…は感傷的過ぎて愉快だ。遠くに来た感じ…がするんだけど、もうちょっとなんとか。ユーカリとレモングラスエッセンシャルオイルブレンドして、ちょっとだけゼラニウムを足した、ちょっと甘ったるくてすうっと向こう側に抜けていく感じの香りみたいな。

と、その時。

後ろから追い抜いて行った人が歩きながら飲んでいたビールの香り。

うん、美しい風景は美しい風景で、今のわたしに必要なのは美しいことばではなくビールだな、って、急に日常に戻ってしまう。

でも、まあ、北側の坂の頂上から晴れた秋の夕暮れに眺める高層ビル群はなかなかきれいです。

2017-10-15

なんの祭りだか。

今日は晩御飯がすごかった。

フランス産のチョウザメのキャビア丼発酵バター添え

ガチョウのフォアグラの照り焼き丼トリュフのソースと白髪ねぎ添え

世界三大珍味を二つの丼として食べちゃった。すごい贅沢。

リボ核酸・飽和脂肪酸・糖質・塩分祭り。

明日、健康診断だったら、絶対にいろいろと引っかかってる。絶対。でも、たまにはこういうとっても不健康なものを食べて、サラダとか食べないで、大食い選手権を見るのも楽しい。

2017-10-03

最近、死ぬということについてよく考える。

死にかけていても、DNRなんて言わない。何度でも蘇生してもらう。声が出る限り痛いというかわりにKの名前を呼び続ける。そして、せん妄のなかでKを探し続けて出会い続ける。

死んでもそんなことにも気が付かないでKにまとわり続ける。そして、Kの寝酒を盗んで酔っ払う。

Kが死ぬときには、最後の息でわたしは肺に入り、Kが最後に呼ぶ名前になる。

2017-09-10

久しぶりのお休み

21日間、休みが取れなかった。仕事がブラックってわけではなく、勉強会や研究会や、仕事の範囲を狭めないためにさせていただいている別件などが休日に入ってしまっていた。

今日は21日ぶりのお休み。

家にいてじっとしているつもりだったけど、冷蔵庫には翡翠煮にしようと思ってる茄子が入ってるし、秋鮭のポーチドサーモンを作ろうと思ってブラインに付け込んであるし、牛筋も買ったし、万願寺唐辛子も…!

そう思うと、いてもたってもいられなくなって、朝からずっと料理をしていた。

茄子の翡翠煮はちょっと皮の色が移ってしまったところがあってきれいな翡翠とは言えないけど、まあまあ翡翠。

秋鮭は昨日の夜にブラインにレモン塩とマヌカハニーを足したものでキュアーしていたものを、真空パックしてお湯に入れて温度管理中。

万願寺唐辛子はアンチョビとガーリック、ニンジンの千切り、しめじと一緒にさっくり炒めて、皿に広げて冷ました。冷めたら冷蔵庫へ。

これから牛筋を下茹でして真空パックして、低温調理をする予定。

冷蔵庫の中の材料が下ごしらえされて、ストックされていくと、とても安心する。レタスも芯を抜いて洗ってキッチンペーパーに包んで冷蔵庫に入れておこう。キャベツもそうしておこう。

食べたいものをおいしくいただけるというこの幸せをよくよくかみしめて、冷蔵庫の低いコンプレッサーの音を聞く残暑の台所。

2017-08-27

贅沢だな〜

仕事に関連して、ちょっと理論的な話をKとしていた。あそこがどうなってるとどういう症状が出て、あのあたりの機能的評価がこうだったからこういう対応が考えられて、とかなんとかかんとか。

いろんな情報を統合して、いろんな観点から分析して、評価して、対応を考えて。現場で実際にいろいろ動くことができて。理論的なことについてはいろいろな人と議論をする機会もたくさんもらっていて。別の職種の人とも連携しつつ、あれこれすることができて。

Kから、すごい楽しそうだね、と言われた。ああ、そうだな、大変だけど、この仕事もとても楽しんでいるなと思った。

好きなことばかりを仕事にしてきて、多分一番好きなことを最後の仕事(だと思う)にすることができて、なんて贅沢な人生を送っているんだろうと思った。

まあ、つらいこともあったことはあったんだけど、そういう記憶ってどんどん霧がかかったようにあいまいになっていく。楽しかったことはどんどん色彩が鮮やかに開放したレンズで撮った被写界深度が浅い写真みたいになっていく。だから、いま、考えると、ほんとに好きなことばっかりして楽しく生きてきたなって思う。

そして、これからも好きなことをして生きていこう。今自分がしたいこととできることをやっていこう。一生現場で、いち学徒として楽しく生きていこうって、がんもどきを煮ながら考えている日曜日。

昔、ハマショーも歌ってたしね。自由に生きてく方法なんて100通りだってあるさって。あれを繊細な思春期にカップヌードルとともに食ってきた大人って、こんな風に年取るのだ。そして、アンチョビを25缶買っちゃったりするのだ。