クレームを利益に換える例

この物語はフィクションです。実際の登場人物や団体は架空の物であり、実在の人物ではありません。
主な登場人物


喫煙所にはいると、珍しく保全課の安藤(主任)が煙草を吹かせながら喋っていた。
聞いているのは設備課の久我山と工事課の小野寺である。
よう、と声をかけて会話に加わることにした。
「それで、俺は言ってやったんだよ。『お前はそれで疑問に思わなかったのか?』って」
「そりゃ、思わないんじゃないっすか?」
久我山が答える。小野寺は苦笑する。
「なんでだよ。保全ってのは、ただ単に言われたことをやってるだけじゃ、客に満足してもらえないんだぞ」
私は何の話かと尋ねると、安藤が客からクレームをもらったことが発端で、話が蛍光灯のランプ交換に移っているという。
「雅さんはどう思います? ランプが切れてたから交換した。なんか疑問に思います?」
久我山が質問してくる。
いまいち前後関係が分からないが、疑問に思えばいくらでも出てくるし、疑問に思わなければそのままだと答える。
「どういう疑問を持った?」
安藤と小野寺が訪ねてくる。
保全課の業務に求められているという前提で話したほうが良いか? と尋ねると、まずはそれでと答えが返ってくる。

蛍光灯のランプが切れたことによるランプ交換について、まずはランプの切れた状態を確認する必要がある旨をこたえる。
1.ランプに黒いすすが溜まっていれば、ランプの寿命を迎えたために不点灯となったと考えられる。
2.ランプに黒いすすが溜まっていなければ、ランプの寿命ではなく安定器の問題であると考えられる。
放電ランプの場合は、ランプ内のフィラメントが切れているかどうかがチェックのポイントだろうと答える。
「なるほど」
久我山が納得する。ランプがついていないからと言ってすぐに安易に交換すればよいと考えるのは、保全課の職員として力量を疑われてもおかしくない。と続け、その言葉に納得する。
「それで終わりか?」
先を促してきたのは小野寺である。明らかにまだ足らないのだろう。電気屋ではない私にあまり期待をされても困るのであるが、と前置きをして続ける。
ランプが切れたからと言って、では次にそのランプは定格寿命分の仕事をしたのかどうかが不明である旨を伝える。
「そうだ、保全課なら少なくともそこまで考えが及ばなければ、使い物にならない」
安藤が同意する。久我山はどうやらわかっていないようだ。私は言葉をつづける。
ランプというのはラビットで6000時間くらい、インバーターで12000時間。
年間常時点灯させてもラビットであれば二年は切れない、インバーターであれば4年はランプが切れないと伝える。つまり、保全の業務として前回、ランプ交換してからどの程度の年月が経っているか。オフィスであればさらにその倍の年月は寿命が持つはずだと続け、きちんと寿命を迎えてのランプ切れなのかどうかを把握することまで、保全課の安藤といった主任や、係長といった中堅社員は期待しているのではないか?と答える。
「でも、前回のランプ交換したのは何時かなんてチェックしているんですか?」
流石にこれは私は把握していない。この久我山の質問に対して小野寺が答える。
「いや、特に車のオイル交換みたいなシールを張ったり記録には残していないはずだ」
工事課だからと言って保全課と全くかかわりがないわけでは無い為か、内容について把握していたのだろうと私は思う。安藤を見ると、安藤も特に反論はしていない。
「やることやってないのに、若手にそんなのを求めるのはちょっと厳しいんじゃないですか? ランプ交換で客に何か言われたわけじゃないんでしょ?」
久我山が安藤に尋ねる。
「前にいつ交換したかまではやっていないだけだよ。今回はそれ以前の問題だったからな。俺が問題にしている本質は、客に対して『ランプ交換しておきました』ではなく、『寿命を迎えていたのでランプを交換しました』と声掛けするのが保全課としての責務だろうということだ」
「そこまでやるんですか?」
久我山は納得できないようだ。
「客に逆に質問されたとき、きちんと把握しておくべき点を把握せずに、はっきりと答えることができるか?」
「それは、、確かにそうですけど」
「答えられなきゃ、それはクレームにつながるだろ?」
「でも、雅さんはクレームはあった方がいいって」
いきなり私に振られて飲みかけのコーヒーを吹きそうになりむせてしまう。
私は久我山に想定されるクレームはない方がいいに決まっていると伝え、あくまでクレームは想定外が好ましいんだと伝える。
「そうなんですか?」
久我山はどうにも納得しない。
「雅は少し言葉足らずだな」
そういったのは小野寺である。
「想定されるクレーム、これは事故も同じで、リスクには度合いがある。クレームを想定していても、それへの対策コストに馬鹿みたいに金をかけることはできないだろう? まぁ、安藤や久我山あたりにはちょっと厳しいかもしれないが、係長以上なら少なくともコスト計算までできるようになっておかないとな」
わかるか? と続ける。
私は引き継ぐように、久我山に説明する。
ランプが切れたことによる原因究明として、どこまで自分たちの持ち出しで原因を究明するか、逆に客に原因究明のための調査費用を出させるか。ランプが切れるたびに調査をしていてはキリがない。
コストも莫大にかかってしまう。
その線引きとして、保全課は前回のランプ交換の日時まではやらないが、ランプのキレ方から寿命を迎えたか迎えていないかまではチェックする運用にしているのだろうと伝える。それ以上の原因について客から文句が出たとしても、それは甘んじて受けるという体制なんだとおもうが、どうだろうかと安藤に尋ねる。
「たぶん、そうだと思いますよ」
たぶんかよ、と私は心の中で突っ込みを入れつつ、安藤はどうやらそこまで考えたり確認したりをしていないようだ。
「たぶんじゃ、困るんだけどな」
そういったのは小野寺である。
今回の事で個人的に思うのは、安藤が今回ランプ交換した人間に対してきちんと自覚させ力量を持たせるために指導していない点と、その安藤に対しても上司がきちんと指導していない点に問題を感じている。
どうやら保全課というのは、安藤や新人を含め、自ら調べ、自ら勉強し、自ら疑問に思えと放置する業務姿勢のようだ。
「まぁ、点検項目を増やすなら、次は入力電圧の確認くらいだろうなぁ。そのくらいまでならコストに響かないだろうしな。それ以外は、別の点検で絶縁測定くらいはやるだろうし、客にも我々も無理に金のかかることをする必要はないだろ」
小野寺はそう締めくくった。


「『でも、しっかり調べろよ。プロだろ』って客先から言われたらどうしますか?」
安藤が小野寺に問いかける。
「当然、『調査費が別途かかりますよ』って答えるのも一つの手だろう」
「それって、喧嘩を売ってません?」
小野寺の答えに久我山が質問する。
「とはいえ、すべてのクレームに対して個別に対応していたらきりがないからな」
「クレームがあった場合、そこをピンポイントでやるんですか?」
「まぁ、そうなるだろうな」
「それだと、品質の改善や運営の改善にならないんじゃないですか?」
なかなか久我山は頑張るなぁと思って聞いている。少しばかし小野寺の旗色が悪くなってきた。
最初は技術およびコスト面での理論的な話だったが、感情的な部分で切り替えられると、さすがに小野寺も応えずらいようだ。


たとえ8割客が満足しても2割満足しない客がいた場合、その二割の客が悪評を流して売り上げに影響を与える。

というのはスーパーなどではよく言われる話ですよ。と、私は久我山を支援する発言をする。
井戸端会議と呼ばれる情報交換の場がある為、主婦層への配慮はスーパーといった主婦がよく利用するお店の場合はクレーム対応は生命線ともいえる。コストが掛るからと言って簡単には考えてはいけない。
対応コストだけはなく、損失までみないといけないのではないか?そう続ける。

「そうはいってもな。損失計算までは難しいぞ。それにクレームを放置するわけじゃないし」
「でもやらないのでは不満が残りませんか? そもそも先程、主任や係長に対して要求されている力量があるように、課長に対してはその損失に対する計算や判断そして個別の不満に対して解決するだけの力量が求められているんじゃないですか? 特に最終的にどうするかなんて、管理職の方が決定して内容を採決する裁量権があるんですし」

久我山君、さすがに言いすぎだと思った(現場色の小野寺にそれを求めるのは酷である。世の中には技術職と管理職と分類があり、ここにいる全員が技術畑である為、管理職畑の人間と同じレベルを求めてしまうのは責任違いというものである)が、その反面グッジョブとも思った。

当社の社風では、下の人間にはオールラウンダーであれと要求する反面、上の人間に対しては自覚も力量も『わからないんだから仕方がない。事務局が分かってて、すべてを説明し、すべてをうまくやるだけの案を持ってきて、すべて対応すればよい』という方向に進んでいる。
仮に、社内の内部コミュニケーションの範囲内で、下の人間が問題点を指摘しても、『じゃぁ、お前がやれよ』と突き返してしまうという事例が散見されていた。
これでは、内部コミュニケーションが上がらない負のスパイラルであるスパイラルダウンが発生している。

クレーム件数を増やすためには、直接顧客と会話し、その会話の中で相手先が不満に思っていることを抽出する作業を行う必要があるだけでなく、内部に対しても同じように取り組む必要があると感じている。

しかし、それだけではなく、客や内部の職員がきちんとクレームを出す、そういった仕組みづくりも取り組まなければならない。

いま、安藤や久我山、小野寺の会話で出てきているような話は、本来はISO9001やISO14001に関する対応業務を実施している私や相田といった技術管理課と、片岡のいる管理課が『仕事をさぼっている』という話に直結する。

記録には残していないが、喫煙所に出入りしているおよび社内の各所に顔を出して雑談しているのは、そういった不満や愚痴の中にある「内部コミュニケーション」を抽出する作業の一環でもある。

記録に残してしまうと、だれだれが不満を言ったという吊るし上げに繋がる為である。
世の中にはどうにも犯人探しが好きな人が多い。
そういう人たちから守るために記録には残せないケースもあるのが実態であったりする。


久我山の課長職の責任について言及され、小野寺としては面白くはないのだろう。それは違うといっていろいろ説明しているが、先に私が挙げた社風の問題が顕著に表れた範囲の説明を超えるものではなく、対応を下に丸投げしても問題ないといった言い訳じみたものであった。


対策として―――――

そう私が切り出し、二人の言い合いを―――

―――営業に丸投げるという方法もありますよ。

そう言って止めた。

小野寺としては下に要求しているようなことを課員、主任、係長時代に上から要求されているからできるはずだが、と前置きし、組織としては結局利益にどうつなげていくかという所まで本来はつなげるべき話でしょう。と伝える。

「どういうことだ? クレームを金に換えるなんて錬金術じゃあるまいし」
「いやいや、錬金術は物を別の物にかえるんであって、言葉をものに換えるものじゃないでしょ」
安藤の言葉に久我山が突っ込む。

私は気にせず、先程のコストの話とどこまで調べるかという話になりますが…………と前置きを重ねて続ける。

ランプが切れた。
ランプの寿命をきちんと迎えたのであれば、それは交換で済みます。客にも説明すれば納得していただけるでしょう。
保全としてはピンポイントから居室の一斉交換に変更し、次の交換時期を寿命と運用状況から事前に計画する手法に切り替えを客に提案する。
ランプが切れていないという状況で交換することになりますが、切れたから交換するという考えは、事故が起こったから対応するという考えと根本は同じですから、事故を起こさない、ランプが切れないという防止の方向に考えをシフトしてはどうでしょうか? と客に提案するような説明を営業にしてもらう。
まずこれが一つの解決案でしょう。ランプの交換数、その絶対数は上がるでしょうが、計画して交換するため、1本あたりの交換費用を安く済ませることができるという経営メリットもあります。計画交換なので、当社としても安定的に交換に関するため、売上の数値は事前に算出できます。人員の配置も計画に基づいて実施できるのは悪くはないと考えられる。

次にランプが定格寿命を迎えていない場合
少なくとも入力側の電圧に異常がある場合は、電源系統の保守メンテの記録を参照しなければなりません。
電源盤の電圧測定は別途実施しているでしょうから、そこの数値に異常があれば別のラインで報告が上がると考えれれます。
となると、電線路か安定器に問題があるとみてよいので、想定される範囲で回答し、照明の設置時期を確認、、、この場合は建物の建築年月日になると思いますが、それを確認して経年劣化かどうかを判断し、経年劣化であれば今後は他の照明も含めて一斉交換を提案する。
はっきり言って調査をして原因を究明しても、一灯交換するだけの費用を超えてしまうでしょうから、それなら最初から交換してしまい、今のよりも性能の良いインバーター高出力1灯型に変更してもらい、省エネも同時に図る方向で考えてもらえば、客にとっては悪い話でもないので顧客満足にもつながり、当社としてもそのまま交換工事のための契約に結び付いてWinWinの関係になる。
金がかかるから無理というなら、一室単位からもっと細分化した照明のスイッチライン単位でもよいでしょう。保全契約の中で実施することも可能でしょう。
次に考えられる問題は電線路ですが、これも絶縁抵抗測定を実施ししているでしょうから考えにくい。
ただし、築25年を超えているのであれば、線路の内部抵抗次第で交換を進めてもよいのでは?


と、ランプ1灯切れた。原因は何? というクレームからここまで対応可能なわけです。
営業に対しては、クレームが新たな契約に結び付けることが可能であるということをきちんと自覚してもらい、契約が結びつかなかったとしても顧客満足度の向上にこそなれ、低下にはならないと考えられる。
なので、営業に一旦丸投げて頑張ってもらうのも一つの手法と考えられますが―――

という説明を三人にする。

安藤と久我山な同意を示すが、小野寺は『丸投げる』という部分に引っ掛かりを覚えたのだろう。
全部を他部門に任せるのは正しいとは言えないだろうと指摘してくる。

「ただ、利益を追求するのは当然だから、やはり利益にどう結び付けるかを考えるのは重要だろうな」
そこは営業につながるから、営業グループが全く無関係とは言えないだろうとして、今回の喫煙所での会議が終了という運びとなった。


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