吉野源三郎 「君たちはどう生きるか」を読んで

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (ワイド版 岩波文庫)

君たちはどう生きるか (ワイド版 岩波文庫)


今日、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を読み終わった。


この本、私が高校の時にうちの母が買ってきてくれた。
あんまり母が私のために本を選んで買ってくれるということはめったになくて、たいていは私が選んで自分で買うのに任せていたので、今考えれば珍しいことだったと思う。


それで、一応少しは読んだ記憶はあるのだけれど、どうもあんまりしっかり読まず、ずっと忘れていた。


ただ、今回読み直していて、ところどころたしかにその当時読んだことを思いだした箇所があった。


特に、


「いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えていく」(53頁)、


「肝心なことは、世間の眼よりも何よりも、君自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。」(56頁)


という一節は、当時確かに読んでとても心に響いて、その後の今までの自分の人生でいつも鳴り響いて、ずっと大切にしてきたことだったと確かに思い出した。


ただ、どうもこの本、きちんと最後まで当時読んだのか、最後の方は読んでいても記憶がないので、ひょっとしたら当時は途中で中断してしまったのかもしれない。


今、しっかり読み直して、きちんと最後まで読んでみると、この本は本当に良い本だとしみじみと深く感動しながら思った。


主人公はコペル君という旧制中学の二年の男の子で、学校の友人たちとのエピソードや、とても時宜にかなった人生についての深い洞察を話してくれる叔父さんとの対話を通じて、少しずつ世界や人生に対して目を開き、心を深めていくという、一種の教養小説である。
戦前のちょっと良い家庭の雰囲気がなんとなく伝わってくる。


丹念に読むとけっこう時間がかかるので、まどろっこしくなって読むのを当時はやめてしまったのかもしれないが、しかし、この本のメッセージというのは本当に深い。
岩波文庫の末尾には、この本についての丸山真男の解説がついていて、それによると昭和初期の世相の中で、一種の自由主義的・教養主義的なこの本をあえて出すというのは非常に勇気が要ったらしく、実際対米英戦争が始まるともう出版できなかったという。
いったいこの本のどこに問題があったのか、さっぱりわからないが、この本のような良質な本が出版できないほど、戦時下の言論統制はひどいバカバカしいものだったのだろう。


自分の頭で考えること。
正々堂々と生きること。
本当に豊かな心で、自分が本当に感じたことを大切に、社会の問題を考えたり、自分の身近なところから人生や自然や社会への理解を深めていくこと。


それらのことが、決して絵空事ではなく、実に生き生きと語られているところが、この本の魅力なのだと思う。
「言葉だけの意味を知ることと、その言葉によってあらわされている真理をつかむことは、別のこと」(272頁)ということに誘ってくれるところに、この本の魅力があるのだと思う。


コペル君のお母さんが、「心に思ったことをする機会は二度とないこと」の大切さを語るところ、


「人間の一生のうちに出会う一つ一つの出来事が、みんな一回限りのもので、二度と繰り返すことはないのだということも、―だから、その時、その時に、自分の中のきれいな心をしっかり生かしてゆかなければならないのだということ」
(246頁)


というセリフも、とても心に響いた。


うちの母は、あの時、私にそんなことを含めて伝えたいと思ってこの本をくれたのだろうか。


もっと早くにしっかり読んでおけば良かったかもなぁ。


ナポレオンに関してコペル君やかつ子や叔父さんが論じる箇所もとても面白く、英雄的気魄や男らしい気概の大切さと、しかしながら人類の進歩に役立つ人のみが本当に偉大な人物の名に値するという箇所は、そのとおりと思うのと同時に、昭和の初期に言うのはある意味勇気が要ったことだったろうなぁとも読んでて思われた。


「人類の進歩と結びつかない英雄的精神も虚しいが、英雄的な気魄を欠いた善良さも、同じように空しいことが多い」(194頁)


「また過ちを重ねちゃあいけない。コペル君、勇気を出して、他のことは考えないで、いま君のすべきことをするんだ。過去のことは、もう何としても動かすことは出来ない。それよりか、現在のことを考えるんだ。いま、君としてしなければならないことを、男らしくやってゆくんだ。こんなことで―コペル君、こんあことでへたばっちまっちゃあダメだよ。」
(235頁)


などの叔父さんのセリフは、本当に良いことばだと思う。
私も、この叔父さんのような言葉を、子どもや若い人にかけてあげられる人間になりたいものだ。


それにしても、この『君たちはどう生きるか』は、少し脚色して、ジブリかどこかがアニメにすればいいのにと思う。
きっと多くの子どもや若者の心の糧となるのではないかと思う。


なかなかアニメ化はまだまだされないとすれば、やはりこの岩波文庫の一冊、多くの人に今も大事に読み継がれて欲しい。
できればできるだけ若いうちに。
そうでないとしても、私の読んだその時に、深い感動やあらためて思い出すこと、教えられることが非常に多い、豊かな一冊だと思う。