「ひっかかり」と「はてな」

坂本龍一さんがBBC NEWSの記事「Top scientist's fears for climate」における「世界はすでに気候変動の危機的状態に突入した」というJohn Holdren博士の指摘を受けて、次のように書いている。

これがぼくの実感に近い。
地球シミュレータで2050年ごろに起こると予測されている事態が、
もう既に起こっているようにしか見えない。

坂本龍一のブログ「ひっかかり」http://blog.sitesakamoto.com/

坂本さんが「実感に近い」と述べるBBC NEWSのインタビュー記事が伝えるJohn Holdren博士の「診断」を抄訳してみた。


  • 現在すでにグリーンランド氷河の溶解はかなり深刻であり、早急に思い切った手段をこうじなければ、今後ますます熱波、自然火災、洪水が増える。

  • 現在のペースで氷河の溶解が進行すれば、今世紀中に海面の上昇は、従来の予測をはるかに上回る4mに達し、破滅的な事態が生じる可能性がある。

  • そしてさらに進めば、グリーンランド氷山の溶解だけで、世界中の海面上昇は7mに達する。これは世界の多くの都市が水没することを意味する。

私が興味を持ったのは、John Holdren博士の診断内容以上に、それにいわば動物的に反応している坂本さんの鋭敏な感覚のほうである。「実感」という何気なく使われている言葉は非常に重たい。地球環境や気候変動といった人間にとって最大スケールの問題に対して「実感」を語ることができる者が世界中に何人いるだろうか。坂本さんは以前から地球シミュレーターの予測には違和感を抱き、もっと早いペースで地球環境は悪化しているという実感を持っていた。それがあったからこそ、John Holdren博士の診断がピンと来た。やっぱり、そうだよな、というわけだ。だから、興味深いことは、坂本さんが最先端の科学者による診断以前に、それと同等の実感を得ることができたということである。おそらく、坂本さんの中ではいつも文字通りの地球規模の想像力が働いていて、地球を自分の身体のように感じることができるのだ。

そのような身体=地球感覚を身につけているからこそ、坂本さんはコンサートでも可能なかぎりの省電力に取り組んだり、自宅では風力発電による電気を購入したりして、仕事や生活の基盤にまで、驚くべき知的な配慮を行き届かせることができるのだと思う。そういえば、「はてな」は風力発電で営まれているんでしたね。偉い!既存の会社や産業のあり方に「はてな=疑問符」を突きつけ続ける変な会社「はてな」と近藤社長の精神は、地球規模で色んな「ひっかかり」を追求しつづける坂本龍一の精神に共通のものを感じる。

個人の行為の積み重ねの人類的総和が地球規模の一定の「結果」を生むのだから、気候変動の問題は「精神」の問題、個人の「欲望の持ち方」の問題、誰一人として本当は避けて通れないはずの問題に繋がっている。選挙における自分の投票行動が、自分の生活を脅かすことになるかもしれない政府の政策と繋がっているように。

今日の朝日新聞朝刊には、南極ではなく北極海をおおう海氷に200km×500kmの巨大な「穴」が開いた、つまりそれだけの氷がすでに解けたことが確認された、という記事が載っている。
「北極異変 200キロ×500キロ海氷に穴」2006年9月3日 朝日新聞(朝刊)2面
その「穴」は明らかに私たちの「身体=地球」に現れたおかしな兆候のひとつである。それを少なくても自分の顔に大きなシミが出来たときと同程度の身近なショックとともに認識できるように想像力を鍛えることは、家人が欲しがっているけど品薄で手に入れられないでいるニンテンドーDSで脳を鍛えることより面白いことだと私は思っている。