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投資の消費性について RSSフィード Twitter

2017-06-21

金融に未来はあるか - Other People's Money

まず日本語版への序文から引用しよう。

スチュワードシップ、つまり企業が適切なコーポレート・ガバナンス(企業統治)、有効な後継者育成計画、そして事業を展開している市場や経済圏にぴったりの戦略を整えられるよう見守ることは、もはや、投資に伴う付随的な役割ではなくなった。投資を行うということは、一義的にスチュワードシップなのだ。英国は過去20年にわたり、諸外国に先駆けてスチュワードシップを開拓し、体系化を進めてきた。これには切迫した、独自の事情もあった。英国は主要国の中で、株式保有のパターンが最も多様なのだ。続いて日本を含め、諸外国も英国に倣った。私の仕事である「ケイ・レビュー」が、日本におけるスチュワードシップ・コードの導入に影響を与えた要因の一つであると知って、光栄に思っている。どの国であれ重要なのは、単にチェックシート方式で形式的なガバナンス手順を確認することが、スチュワードシップであると考えてはいけないということだ。そうではなくて、投資決定と企業戦略の策定に、スチュワードシップを完全に組み込んでしまうことが大切なのだ。日本のスチュワードシップがどのように進展したか、教えていただく日を心待ちにしている。われわれは皆、国際的な経験から大いに学ぶものだから。


序章 なぜ、金融機関は儲かっているように見えるのか

第I部 金融化――異世界のはじまり

 第1章 金融化に至る短い歴史

 第2章 リスクと「金融のイノベーション」なるもの

 第3章 頼りない金融仲介機能

 第4章 投資銀行のおぼつかない利益

第II部 遷ろいゆく金融の機能

 第5章 世界の余剰資金は、どのように配分されているか

 第6章 預金は、どうすれば守れるのか

 第7章 資産運用会社が中心となるべきだ

第III部 金融システムをどう直すか

 第8章 改革にどうしても必要なもの

終章 金融の未来はどこに


そして、訳者あとがきから引用だ。

世界金融危機の総括本もほぼ出尽くした中にあって、ジョン・ケイ教授*1が放った本書(原題 Other People's Money)は、際立った独自性とスケールで欧米メディアや識者の絶賛を浴びた。何より新鮮だったのは、金融業界に精通した大家が、業界内の思考回路から離れ、まっさらな目で本質に切り込んだことだ。ケイ教授はホームページなどで「イデオロギーに依らず、物事を多元的に見る」「経済学を実社会に応用する」という信条を披露しており、象牙の塔にこもらない教授の視野と洞察力が、本書にはいかんなく発揮されている。


なぜ引用ばかりかと言えば、もちろん、まだ僕も全部読めていないからです。

2017-06-17

議決権を流動的に

議決権取引を、極端に容易にしてみよう。面倒なので、そもそも株式と一緒に配ることをやめてしまおう。株式を買って議決権を売った状態は、最初から実現されていて便利だ。議決権が欲しい株主は、カネを出して追加的に買えばよい。


議決権は、会社が広く一般に向けて販売している。株主総会が終わると、来期の議決権の販売を始める。売ったカネは、結局のところ株主の手元に入るので、特に矛盾していない。会社にモノを言いたいひとが、カネを出して議決権を買う。理由はさまざまだろう。


さて議決権の価格は、どのように決まるだろうか。おそらく、その議決に対して期待するリターンを、リスクで割り引いた水準だ。買い手が株主でない場合には、利益は株主から買い手に流出することになるのだろう。もちろん対価として、既に議決権代は支払われている。


この仕組みに、ものすごくおかしいところは指摘しにくい。しかし取引の公正と透明を担保するのは、現時点では難しそうだ。ただ、株主による統治が現状から大きな変化を遂げなければ、いずれ似たような状況は避けられない。


いずれにせよ資本主義は、時間をかけて進化するのだろう。

2017-06-14

議決権は誰のものか

メルカリ*1で議決権が売られているそうで、日経の記事にはイベント入場券や土産物引換券のような扱いで書かれているわけですが、もちろん普通に議決権は行使できるわけです。委任状が要るだろみたいな手続き論もあるわけですが、あるいは禁止するにしても「なあ今度ビールおごる*2から、あの議案に反対してくれよ」みたいな買収の実効性について考えるほど、どうにも釈然としない。


メルカリに「議決権行使書」出品多数 特典狙い?

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ13HAU_T10C17A6000000/


そもそも議決権て何だっけと考えると、株主の意向を表現する権利なのでしょうが、それを売っちゃダメなのかと聞かれると、よくわからない。なんとなく素朴には、商売のリスクを負担する株主に主張してほしい気もするわけですが、その権利を売って、意向を表現できない分だけカネを得ることが、すごくおかしいとは言いにくい気もしてくる。


あるいは例えば3月末時点で株主であることが、意向を表現するための資格として、バッチリスッキリ気持ちよいかといえば、そこも釈然としない。株主総会の時点で既に売ってしまっているケースや、あるいは長く持つつもりの乏しいケースだって少なくないはずで、だとすれば見方を変えれば、まず権利を買って意向を表現してから、その後に株主になることを検討する道筋があることは、すごくおかしいとは言いにくい気もしてくる。


ルール整備の方向はともかくとして、オークションで既に実際に売られているわけで、どうしても裁定*3について考えたくなってしまう。現物をロングしつつ、スワップでもオプションコンボでも、ヘッジしている者が議決権を持ち、実際にリスクを負担するものは議決権を持たない。価格と変化に目を向けるなら、配当落ち(あるいは優待落ち)には、そのとき同時に「議決権落ち」が含まれていると考えるのが自然なのだろう。


これ、少なくともアクティブな議決権行使を放棄するパッシブなマネージャは、議決権行使会社にカネを払うよりも、メルカリで議決権を売ったカネをファンドに返す方が*4忠実とは言えないか。あるいはGPIFをスチュワードに任命した覚えはないので、議決権の分だけカネ返せという加入者にも、三分の理があるとは言えないか。ともあれ釈然としない。

2017-06-11

ネバーランドの成長戦略

たった2つの産業から成るネバーランドの話*1の続編です。


半減したGDP、跳ね上がった失業率レポートにショックを受けて、ネバーランドはリーダーの叫びに従って、成長戦略を打ち出すことにした。人工知能と自動運転で、コメ農業を全自動化しようと、画餅を食べようと、国を挙げて全力で投資することにした。


かつてコメ流通に携わった人々は、スパゲティのようなプログラムを書きまくることに時間を使うことになった。コメ農業に専従していた者さえ、開発に協力して資源を割くことを余儀なくされた。投資を含むGDPは跳ね上がった。失業率は急速にゼロに潰れた。この挑戦は必ず成功させると、景気の好循環は回っていると、リーダーは鼻息を荒くした。


未来は2つあるように思われた。(可能性は小さいだろうが)運良く挑戦が実を結び、農業はオートパイロットされる未来。そのとき失業率は再び跳ね上がり、新たな別の成長戦略を探す敗者のゲームだ。あるいは実を結ばず、官製バブルは崩壊して、挑戦しなかった場合と比べてさえ貧しくなる未来。結果的なガラクタに突っ込んだ、長い時間が失われる。


ネバーランドは、挑戦すべきだったのだろうか。あるいはどのような挑戦の姿が、ネバーランドにはふさわしいだろうか。

2017-06-06

現金廃止してデジタル通貨で逃げ場のないマイナス金利が実現する際に取るべきアクション教えます

空席のFRB理事ポスト候補に、決済テクノロジーとマイナス金利に造詣が深いとされるグッドフレンド氏が挙がっている*1そうで、現在は利上げ局面の途上にあるとはいえ、のりしろ論(要するに未来の利下げ)だとか、あるいは長い金利の現状を見ても、また例えば新興国不動産市況を見ても、近い将来に活躍の場面がありそうな(どちらかといえば嫌な)予感はしないでもない。そう、僕はベアだクマー。ただ、いまいち当たらない相場観は横に置いておいても、最近のインド*2やテロ対策の例を挙げるまでもなく、これまでになく紙幣廃止論の気運は盛り上がっていて、同時にフィンテックみたいなセコい看板も、いまのところ錆は目立っておらず、教科書しか扱ったことのないイノセントな先生方は、紙幣さえなくなれば逃げ場がなくなってマイナス金利を実現できるなどと吹かれる場面もチラホラ見かける。もちろん生活者としては、そのとき預金が減っていけば単に腹立たしく、当然対策を講じたいわけだが、今日はそうした方法について具体的に書いてみたい。


さて、やり方は簡単だ。そのマイナス金利よりも高い(例えばゼロ)金利で、自分が預金のようなものを集めるのである。銀行と明言してしまうと業法に触れて問題があるわけだが、ファンドであれポイントであれ円天であれ、実質的に実現する方法はいくらでもある。元本保証という看板の果てしない力強さは、金融の現場にいたことのある人間なら誰でも知っている。「預けていただいたカネは減らしません」と言えば、それだけで営業力は半端じゃないのである。もちろん、そんなこと自分でやるのは面倒だという方は少なくないだろう。もちろん、そんな方のために簡単スキームを用意する、トールキーパー的な仕事も取るべきフィンテックなアクションのひとつである。いくつかクリックするだけ箱をこしらえて、営業サイトから資金の流れまでつくってしまうコスト激減サービスだ。集めたカネをどうするのかって?何でもいいんですよ、そんなの。パッと思いつくのは債券株式を買うことだが、多少増減したりするかもしれないが、そのくらい日銀だってやってる。問題があると指摘され摘発されるには、大分時間がかかるだろう。それ以前に極端な話、使い込んでしまう連中だって少なくないはずで、要するに相対的にマシでありさえすれば、あとは逃げ足の問題だ。で、チョコチョコ報酬を取っていく。これ。


というわけで、これまでにも読んでいただいたことのある方には繰り返しになるわけだが、マイナス金利など存在しない。こうしたアクションを、もちろんスイカやナナコも含め誰もが狙う事態を、具体的に想像してみてほしい。こうした玉石混交のゼロ金利ファンド群から、時に交通事故を起こしながらも、政府部門も含め互いに切磋琢磨するなかで、例えばリスクの取引*3を応用しつつ、時間をかけて、やがて本物のゼロ金利ファンドが現れるだろう未来を、具体的に想像してみてほしい。価格を決めるのは需要と供給である。そもそも紙幣に例えば日付を書き込むことは、技術的には容易であって、つまり満期に100円が返される紙の債券を101円で取引することに、21世紀のイノベーションは特に必要とされない。ゼロ金利「制約」の理由を紙に求めることが、本来の筋と違っていたのだ。グッドフレンド氏や、あるいは皆さんのニャンコ先生が、この件について何を言うのか、よく聞いておこう。おかしいなと思ったら、俺に電話をくれ。一緒に未来をつくらないか。