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投資の消費性について RSSフィード Twitter

2017-02-10

危機の構造

振り返って視界に入る範囲では、結局のところ危機の構造は皆同じだった。金融緩和が資金調達に補助金を渡し、その先で要らないモノに突っ込まれる。典型的かつサイズが大きいのは不動産だが、要らないモノを買う奴に(要らないモノの一形態として)資金供給する形で箱は連なり、全体像は確認しにくくなる中で、フローは刹那的にはポジティブに*1捉えられ、しかし減損エネルギーは確実に蓄えられる。


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ややメタな話になってしまうが、意図をもって補助金を繰り出す政府部門さえ、もちろん宇宙の法則から逃れることはできない。予言しておこう。要らない補助金中央銀行が出し続ければ、いずれ資金調達に苦しむことになる。例の話*2の、別の表現だ。

2017-02-01

伝統的為替操作国認定政策

あまりにも面白いので、とりあえずメモ。


トランプ大統領が日本の為替政策を批判 | NHKニュース

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170201/k10010860071000.html

トランプ大統領為替について言及し、「中国が何をしているかそして日本が何年も何をしてきたか見てみろ。かれらは為替を操作して、通貨安に誘導している」と述べ日本を名指しして批判しました。


トランプ大統領は「ほかの国々は、資金供給と通貨安への誘導で、有利になっている」と述べ、市場では、日銀ヨーロッパ中央銀行金融緩和策によって通貨が安くなる動きをけん制したのではないかという見方も出ています。


また、トランプ大統領は先月26日の演説でも、今後の貿易協定の中には、輸出を有利にするために通貨安へ誘導する動きを制限する強力な措置を盛り込む構えを示しています。


トランプ大統領為替政策批判 首相「批判はあたらない」 | NHKニュース

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170201/k10010860711000.html

安倍総理大臣は、アメリカのトランプ大統領が「為替を操作して通貨安に誘導している」などと日本を名指しで批判したことについて、「金融政策は、三本の矢の政策の1つとして、2%の物価安定目標到達のためのものであり、円安誘導という批判はあたらない」と反論しました。


リーマンショック以降、米国も、われわれと同じ政策をやり、経済を引き上げ、リーマンショックを乗り越えた。日本の経済がよくなっていくことは、米国にとってもマイナスではなく、首脳会談の際には、反論すべき点があれば、しっかり反論していきたい」と述べました。


日銀の黒田総裁は「G20の場でも、各国の中央銀行は国内の政策、具体的には物価安定のために金融緩和を進めるということを了解している。また、各国が行う大規模な金融緩和について、中央銀行どうしで、今後も十分、意見交換を進めていきたい」と述べました。


スティープ化とドル高 - 投資の消費性について

http://d.hatena.ne.jp/equilibrista/20161120/p1

ところで、このようにして結果的に実現した、強いドルは米国の利益である的な状況は、どこまで続くだろうか。トランプがFRBに利下げ圧力をかける方向にフリップするのか、あるいは日本を含めて片っ端から為替操作国認定して回るのか、また単にグダグダするのか。そこはまだわからない。


昨年11月に指摘した点だが、おぼろげに方向が見えつつある。再掲しよう。


  1. FRBに利下げ圧力をかける方向にフリップ
  2. 日本を含めて片っ端から為替操作国認定
  3. 単にグダグダする

3は薄れてきた。1はまだわからない。2は、また今度話そう。

2017-01-13

equilibrista2017-01-13

日銀を消す方法

一万円札は負債じゃないと嘯くセンセイ方が多い*1ことには驚くばかりだが、日本銀行あるいは「統合政府」に、返済を要求するシンプルな方法についてメモしておきたい。税金を紙幣で払うのだ。


所得税を紙幣で払う。法人税を紙幣で払う。消費税を紙幣で払う。ちょっと面倒だし、道中を狙う強盗は喜ぶかもしれないが、工夫して十分やれるさ。


紙幣の残高は100兆円、最近の税収は50兆円、多少の前後があったとしても数年で、我々が持つ紙幣はすべて政府部門に返される。実質的に、日銀は消えた。まだ紙幣は残っていると主張するなら、それらは風で飛んでいった一万円札や、火事で燃えてしまった一万円札、あるいは土に還っていった一万円札である。


もちろん政府の側だってそうなれば、すべての社会保障を紙幣で払う暴挙に出るかもしれない。戦局は一気に押し返されてしまうだろう。何せ連中は支出超過だ。


ただ、必ずしも心配は要らない。フィンテックの時代である。そのとき我々は紙幣を受け取った瞬間、ゴールドやらビットコインやらをシュッと買う、あるいはより現実的には、米ドルをシュッと買うマッハのサービスを利用できるはずだ。


ガイジンが一万円札を受け取ってくれるのかって?落ち着いて考えよう。そこはゼロイチじゃない、価格の話だ。連中だって、日本の政府部門に圧力をかけるのは面倒である。つまり残念ながら、割り引かれてしまう。円安だ。もちろん輸入物価は上がって苦しい。


というような話は、決して夢物語ではない。リヤカーを引きつつつ紙幣の引き取り手を探すような事態は、あるいはゴールドやらビットコインやら外貨に逃げ道を探るような事態は、世界各地で繰り広げられてきた。急に話が展開して、すこし混乱されているかもしれない。


戻ろう。日銀を消すことは、紙幣をもって返済を要求することは、さほど難しいことではない。いま我々は単に、そうしないことを選んでいるだけだ。

2017-01-11

誰が何をコントロールできるのか - 雨宮理事講演雑感

久しぶりに日銀にコメントしようと、そういう気にさせてくれた講演だが、ただ灰色で重い。


【講演】雨宮理事「イールドカーブ・コントロールの歴史と理論」(金融市場パネル40回記念コンファレンス)

http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2017/ko170111a.htm/


まず当ブログの基本的な考え方を再掲しておきたい。


  1. 取引されているリスク証券の流動性に比して、大きな金額を売買すれば価格を動かす
  2. 価格を動かすような取引は、そうでない場合と比べて、その本人にとって損である
  3. 誰であれ、損を永続することはできない

似たようなコンセプトは、よく注意して歴史を紐解けば、チラホラ確認することができる。今ほど市場が発達していない中で、あるいは情報を取り扱うコストが高い中で、そうした慧眼を見つけるたび、会いに行ってビールを一杯奢りたい*1気持ちになる。講演の中で(非常に簡潔に)指摘されるように、第二次世界大戦前のFRBは、ケインズの煽りにもかかわらず長期債への介入を拒否したわけだ。


このような状況が一変したのが1941年の第2次世界大戦への参戦です。国債市場では、財政赤字の拡大とインフレ亢進に対する懸念が高まり、長期金利は上昇圧力を強めました。財務省とFRBは、国債市場を安定化させ、戦費調達コストを低位に保つために、長短金利に上限を設定する枠組みを設けました。すなわち、長期金利については、財務省が2.5%の金利上限で国債を発行し、FRBが国債買入れなど市場操作によりこの長期金利上限を維持することとなりました。また、短期金利については、FRBは3か月物TBを0.375%の指値で買い入れることとしました。こうした政策のもとで、FRBによる国債保有は急激に増加しましたが、金利上限に対する信認は、戦時中を通じて崩れませんでした。


大戦の終結後、物価統制令の解除とともに消費者物価上昇率が+20%近くまで高騰するようになると、さすがに戦時のイールドカーブは維持できませんでした。3か月物TBの買入れ金利は1948年にかけて引き上げられていき、短期金利に関する上限は事実上撤廃されました。他方で、長期金利に関する上限は、東西冷戦のもとで1950年代に入ってからも維持されることとなりました。当時、トルーマン大統領はマッケイブFRB議長に対して、国債価格が暴落することは「スターリンが望んでいることにほかならない」という手紙を書いていたほどです。


非常にシンプルだ。財政が疑われ、国債が売られ始めたので、FRBが買いまくった。すると今度はFRBが苦しく*2なって、つまりドルが疑われると、物価が上昇した。


まず、中央銀行がオペレーションにより長期金利を抑制することは、よほどのインフレが起きない限り可能であったということは言えます。


まさにそういうことだ。苦しくなるまでは元気だった。ほとんど同語反復先輩、お疲れ様です。


ただし、急いで付け加えておきたいのは、これらは国債管理のために金融を抑圧する政策であり、物価安定を達成するために能動的に長短金利を操作する私どもの「イールドカーブ・コントロール」とは異なるものであるということです。中央銀行が大量に長期国債を買入れた結果、長期金利は、名目成長率よりも低い水準で推移し、いわゆるドーマーの条件が成り立つこととなりました。この点は、債務残高の発散を防ぐ方向に作用したと言えましょう。しかしその一方で、金融政策は、国債買入れという国債管理政策に制約され、十分な役割を発揮できませんでした。国や局面によって程度の違いはありますが、インフレが許容されやすい状況が続くことになってしまったのです。


金利が物価上昇に追いつかない分だけ、預金者が広義の(選挙を通過しない)税金を払ったという話だ。つまらん修飾を捨てよう。つまりこのとき中央銀行は、自らの発行する通貨を守ることができなかった。もちろん人類は馬鹿じゃない、FRBの反撃が始まる。


さらにFRBは、1953年には、金融政策の目標が物価安定であることを明確に標榜するとともに、市場操作対象をTBに限定するビルズ・オンリー政策を採用しました。ただし、このビルズ・オンリー政策は、現代の短期金利操作とは異なるもので、長短金利ともに、金利体系の決定は市場に委ねることが望ましいとの考え方に基づいています。すなわち、公開市場操作の対象証券を市場における残高が巨額でかつ取引高の多いTBに限定することによって、金利体系に対するオペレーションの直接的な影響を抑えつつ、もっぱら商業銀行の準備量の増減に影響を与えようとしたのです。


とはいえ準備預金も貸借であって、必然的に短期金利に影響を与えてしまう。


マネタリー・ターゲティングのもとでは、金利形成は市場に委ねられることとなります。マネーをコントロールしようとして短期金利が大幅に変動する中で、長期金利のボラティリティも高まりました。


「マネーをコントロール」しようとして金利に影響を与えちゃってるわけで、それ市場に委ねられてないだろと。そもそも、なぜ準備預金なのか。


ところでマネタリー・ターゲティングの考え方をとる場合、マネーストックと実質GDPや金融政策の最終目標である物価などとの関係が安定的、あるいは予測可能であることが前提条件となります。ところが、1980年代に入ると、金融自由化や金融分野での技術革新の進展に伴って、この関係が不安定化し始めました。


金融市場が発達するほど、Aを変えたいのにAじゃなくてBに働きかける、みたいなことは意味を失う。で、また金利に戻るわけだ。


この間、非伝統的金融政策とは何かということが、学界や中央銀行など政策担当者の間でも盛んに議論されてきましたが、必ずしもコンセンサスが形成されているとは言えません。ただ金融政策の操作目標とその波及ルートという観点から簡単化すれば、「短期金利の下げ余地がなくなった段階で、金融政策が働きかける対象を、他の金融変数、つまりより長めの金利や資産のプレミアムに広げた方法である」と整理できます。


1)無リスクの金利と、2)リスク負担の見返り、トレイナーの枠組みが鳴り響く。


それでは現代の高度に発達した金融市場において、中央銀行は実際に長期金利を操作できるのでしょうか。この点は約半世紀前のオペレーション・ツイスト論争においても議論となったところです。最近の実証分析によれば、中央銀行による長期国債買入れは長期金利を有意に押し下げるとの見方が支配的になっています。


帰ってきたぜ。誰でも、何でも、操作できるよ。明日のことさえ考えなければ。


まず、長期金利操作については、それが「出来るか出来ないか」というフィージビリティの議論と、「すべきかすべきでないか」という規範的な議論とを分ける必要があります。


だからここは、分ける意味が希薄なんだ。自分のカネでやれって話さ。宇宙の法則のひとつだ。


実際、欧米の学者の中には、中央銀行はバランスシートの拡大により新しい金融政策手段を獲得したので、無理に元に戻す、つまり正常化する必要はないと主張する向きも現れています。いずれ、中央銀行はかつてのような伝統的金融政策の世界に戻るのか、あるいはこの間の金融政策運営から得られた知見を踏まえて、新たな世界に移行するのかどうか、今後の検討に委ねられている大事な検討課題です。


そいつ連れてきなよ、俺がぶっ飛ばしてやる。


第三に、より当面の課題として、イールドカーブをコントロールする前提として、望ましいイールドカーブの姿をどう判断するかという問題があります。


望ましいイールドカーブなんてのは、存在しないよ。望ましい冬の寒さみたいなものが、存在しないのと同じことだ。ただ向き合うだけ。


それだけに、この政策については、財政ファイナンスあるいはマネタイゼーションではないかとか、財政運営との関係上、将来の出口が難しくなるのではないかといった懸念や批判が多く聞かれることは事実です。日本銀行としては、こうした声があることも念頭において、金融政策運営の狙いや考え方を従来以上に丁寧に発信し、市場や国民の理解を得ていく必要があると考えています。


どんなに丁寧に発信されても、俺のカネを安全以外に向けることを任せたりしない。


また、おりしも、グローバルな金融資本市場がポジティブな方向に変化してきたこともあって、マイナス金利を含むイールドカーブ・コントロールは大きな効果を発揮し始めています。しかし、この政策は、本日述べたように、これまでの金融政策運営から得られる知見を引き継いでいる面がある一方で、ここまで明示的に長短金利全体をコントロールしようとしている点では、内外に前例のない革新的な方法でもあります。理論、実践の両面で、検討を深めていくべき課題は少なくありません。


勝手に実験して、一見成功すれば手柄、失敗すれば前例のない革新だから仕方ない。逃げるなよ。中央銀行の独立性は、円の利用者のためにある。逃げられないさ。

2017-01-04

金利政策の四類型

貸したい者と借りたい者がいて、互いに綱引きしつつ貸借が成立するとき、そこに条件としての金利はあるわけで、一連のプロセスに中央銀行は特に必要とされない。にもかかわらず連中は常に介入を続けたがる、そこに存在感を示したがるわけだが、そうして(一時的に)動かされた金利と、動かされる前の、そこにあるはずだった金利との差分を、rdiffと書くことにしよう。観察することは難しいが、もちろん実在している。このrdiffの水準と変化によって、金利政策は大きく次の四つに分類される。


1)悪い利上げ rdiff > 0, drdiff/dt > 0

介入によって金利は、放っておくよりも高い水準にあって、そこから更に高い方向へと誘導を試みる。こうした引締[状態]引締[方向]のアクションを「悪い利上げ」と呼ぶことにしよう。キャッチーであることは大切で、そのためには多少乱暴でも構わない。


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金利が吊り上げられれば、要するに相当儲かりそうでなければ、新たな商売は探られない。カネを預けて寝ていた方がマシだ。こんな手が正当化されるのは、よほど世の中が過熱気味で、政府日銀のみが神のように冷静で正しく、おい待てと、落ち着けと、水をぶっかける場合だろうが、実際のところ、そんな場面は見たことがない。


2)よい利下げ rdiff > 0, drdiff/dt < 0

そうした金利が吊り上げられた状況から、だんだんと介入の手を減らし、自然に任せる方向の、つまり引締[状態]緩和[方向]のアクションを「よい利下げ」と呼ぶことにしよう。キャッチーであることは大切で、そのためには多少乱暴でも構わない。


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貸し手と借り手の綱引きによって、金利の水準が探られることは、言い換えれば、どんな新たな商売を我々は始めるのか、あるいは始めないのか、そうした判断を(政府日銀でなく)我々の全員が行っている状況である。時に間違えることもあるかもしれない。仕方ない。


3)よい利上げ rdiff < 0, drdiff/dt > 0

世界中どこでも、これまで歴史的にも、常に金利は低く誘導されてきた。そうした状況から、徐々に手を放していこうという緩和[状態]引締[方向]のアクションを「よい利上げ」と呼ぶことにしよう。キャッチーであることは大切で、そのためには多少乱暴でも構わない。


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もちろん歴史的経緯は馬鹿にできない。商売にせよ生活にせよ、比較検討するために情報の入手や記録が容易になったのは最近のことで、あるいは強引にでも哲人がインフラ整備を後押しすることが放任よりも優位性を持つほど、かつて我々は貧しかった。ただ、時代は変わる。前に進むのさ。


4)悪い利下げ rdiff < 0, drdiff/dt < 0

一番ありふれた奴だ。介入で押し下げてきた金利を、声のデカい奴に負けて、事実上脅されて、更に押し下げようとする。この緩和[状態]緩和[方向]のアクションを「悪い利下げ」と呼ぶことにしよう。キャッチーであることは大切で、そのためには多少乱暴でも構わない。


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基本的には、もうずっと我々はコレをやってきた。で、神の壁(ゼロのことだ)にまで到達してしまった。しょうもない商売も、低金利で推し進める。それでも足りなくて、更に要らないものを欲しがる。そこら中に脆弱なハコが溢れ、投機屋と無自覚なフリーライダー達は、バカ高いクルマで夜の街を駆け抜ける。


トランプ率いる米国は、今後も3)を続けられるのか、それとも途中で日和って4)に逆戻りか。そんなことを気にする2017年、あけましておめでとうございます。そうそう、微分不可能なのでは、みたいな突っ込みを入れる余裕がある皆さんは、よりキャッチーな表現あったら教えて下さい。